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【植本純米vsえんぶ編集長、戯曲についての対談】ジャン=ポール・シャルル・エマール・サルトル『墓場なき死者』

植本 今回はジャン=ポール・シャルル・エマール・サルトルさん。オフィスコットーネさんの上演台本で岩切正一郎さんが翻訳された物を使用させていただきます。
坂口 サルトルってこんなに名前長かったんですねえ(笑)。
植本 哲学者なんで難しいかなと思ったんですけど、読んでみたら読みやすいしエンターテインメントな作品でした。
坂口 今回読んだのは『墓場なき死者』。サルトルと戯曲って自分の中ではあまり結びつかなかったんですけど、むかし浅利慶太が日生劇場でやった『悪魔と神』というサルトルの芝居を観てました。
植本 ミュージカル路線になる前の劇団四季ですね。
坂口 二代目尾上松綠が出ていて歌舞伎役者ってすごい存在感だと。今回の話とは関係ないですね(笑)。
植本 この戯曲、1944年が舞台なんですけど、46年にはもう初演されてるって書かれてて。まさに太平洋戦争が終戦した翌年ですよね。
坂口 戦争中のギリギリの話で、戦後すぐに上演されたってことですね。
植本 フランスにドイツ軍が侵攻してきて、多数を占めていたドイツに従う親ドイツ派と、それに抵抗するレジスタンスとの話なんですけど。
坂口 どちらもフランス人なんだけど敵対していて、この芝居では拷問する側とされる側になってます。
植本 1944年なので全体の情勢としては、ちょっとドイツ軍の旗色が悪くなってきてる時期なんですよね。

 

【登場人物】
–レジスタンス運動員–
フランソワ
ソルビエ
カノリス
リュシー
アンリ
ジャン
–親ドイツ派民兵–
クロシェ
ランドリュ
ペルラン
コルビエ

【舞台装置】
第一景 屋根裏部屋およびそこに収納できる雑多な物。子どもの車、古い旅行用トランク等々、それから、マネキン。
第二景 教室。壁にはペタン元帥の肖像が掛かっている。
第三景 第一景の屋根裏。
第四景 第二景の教室。
(『墓場なき死者』上演台本より引用)

 

坂口 2つのエリアが上と下にあるイメージですね。最初の場面は拷問される側がいる屋根裏部屋。
植本 レジスタンスが捕まっている上の部屋ですね。
坂口 その次の二景は、下の部屋で教室って書いてありますね。
植本 そうですね、ここは元学校なんですね。
坂口 そこで取り調べ(拷問)をしている、ドイツ軍に肩入れしてる民兵がいます。
植本 もう一度これが繰り返されるという全部で四景の芝居で、まあ構成としてはわかりやすいでしょ?
坂口 事情がいろいろある割には、話もわかりやすいですよね。まずは、屋根裏部屋にいる捕虜達が、
植本 5人いて、女性が1人、男性が4人。
坂口 その人間関係も結構複雑だったりしますけどね。
植本 リュシーという唯一の女性と、その弟で15歳のフランソワという子どもが交じってるんですね。
坂口 それも前半のポイントになってきますね。
植本 順々に下の部屋に呼ばれて「リーダーの居場所を教えろ」と拷問を受けていく、次は誰なんだろう、次は誰なんだろうっていうところがドキドキしますね。
坂口 待ってる人達の焦燥感、「次は俺なんじゃないか」「しゃべっちゃうんじゃないか」っていう色んな恐怖感が語られていきますね。演じる側としてはいやでもキャラが立ってきますね。
植本 皆追い詰められてるので、自然にそうなりますよね。

坂口 いま日本でやるとしたらね、その状況がどう伝わるかちょっと不安ですね。当時でいうと、たった二年前のこのエグイ出来事を、まさにそこにいて殺し殺された人達がやるっていうのと、
植本 演じる側も、観客もそうですからね。
坂口 痛さが違いすぎますからね。
植本 サルトルさんけっこう詰め込んだよね。
坂口 戦争のまっただ中でありったけの「困ったなあ」、っていうギリギリの状況が詰め込んでありますよね。戦場ならともかく、普通(?)に対面しているのでなおさら苦しいですよね。
植本 こんな緊迫したどうしようもない状況の中でも、ジャンという後から入ってくるリーダーとリュシーというのが恋人なんですな。この場において、だからかもしれませんけど、アンリが「俺も本当は好きだった」って言い始めるじゃないですか(笑)。
坂口 なんか読んでいると、この場ならではのリアリティがありますよね。

 

【第二景】
学校の教室。長椅子と机。壁は漆喰の粗塗り。奥の壁にアフリカの地図とペタンの肖像。黒板。左に窓。奥にドア。窓のそば、棚板の上にラジオ。
(『墓場なき死者』上演台本より引用)

 

植本 で、第二景は下の拷問する部屋に移って。こっちの人達も面白いでしょう?
坂口 クロシェとランドリュとペルラン。性格付けも三者三様で上手にできてますよね。
植本 単に拷問する側っていうよりも、ドイツ軍に加担してるけど、自分達の旗色が悪いっていうのもわかってきていて、その中でも拷問する側に回ってるっていう立場ですね。
坂口 同じ国の人間を拷問するし、さらに自分達も追い詰められている。行き場がない状態ですよね。でもそれが、彼らの現実なんですね。
植本 何が普通で何が本当なのかもわからなくなる状況なんでしょうね。
坂口 ずっと拷問の場面だけじゃなくて、上の階で心配してる捕虜と交互の場面展開でハラハラする、もうこれ以上観るのがつらいというところで、場面が変わる。作劇として面白いですよね。
坂口 第二景では何人かの人を拷問するシーンがあって。一人死んじゃいますね。
植本 そうなんですよ、早々退場なさる人もいて。あらあなたもう死んじゃうの、みたいな感じで。本人は精神的に勝つ為なんでしょうけど、窓から身を投げる。
坂口 拷問する側は「しまった」みたいな感じもあって。結構感情の行き来が面白い。三人の性格の違いみたいなのも見えて細かい描写ですよね。
植本 死なせたことが誰のせいなのかみたいになりますよね。
坂口 これ以上きつい状態は無いっていう場面が続くのに、色んなことが書き込まれています。
植本 ユーモアっていうかコメディ要素っていうか、演出するときも役者がやるときも、クスってさせられる部分の余地は残してますよね。

坂口 これは切実な作品にしなきゃならなかったサルトルがいて、出演者達もやるしかないっていう状況で。うっかりすると、なにぬるいこと言ってんだって話になっちゃうんだと思うんですよ。
植本 なんなら出演者達自身がそんなんじゃなくてもっと酷いはずだ、みたいに言いそうだもんね(笑)。
坂口 かなり本当に血管キレそうなくらいのお芝居。観てる方も、なんなら自分も舞台に出て行ってもいいって思っちゃう。100%魂を揺さぶられたと思う、観ててもやってる人も。だから、そこですよね。国も時代も違うから、僕は読んでるとエグさが伝わってきて、ちょっとしんどい。

 

【第三景】
屋根裏。フランソワ、カノリス、アンリは、互いに身を寄せ合って床に座っている。くっつきあって閉じているグループを形成している。声を潜めて喋っている。ジャンは彼らの周りを不幸な様子で回っている。時折、彼は、会話に溶け込もうとでもするような動きをする。それから、気を取り直し、歩行を続ける。
(『墓場なき死者』上演台本より引用)

 

坂口 三景は捕虜が捕まってる屋根裏部屋に戻ります。
植本 ここは子どものことが絡んでくるのでね、読んでてまあ大きなポイントだなって思ったんですけど。
坂口 15歳の子どもはこの状況が耐えられなくて、
植本 拷問に耐えられないっていうか、自分からね、リーダーと対決とかして「あんたのために死ぬのは嫌だ、自分から告げ口してやるよ」みたいなことを言うんですけど。そこではたと空気が変わるというか。皆がね「こいつはしゃべっちゃうな」って思ったときに「じゃあ死んでもらうか」って、仲間の中で殺人が起こります。
坂口 それもまあ、戯曲を読んでると分かるような気もするけど、起こっていることはとても怖いです。
植本 その場には本当のお姉さんもいますしね。
坂口 戦争って人殺しが誉められるシステムで、そういうこともあるとは思うけど、それにしても身内の弟が仲間に殺される場面は・・・
植本 誰も憎いと思ってるわけでもないし嫌いでもない、ただコイツは口割っちゃいそうだなって・・・
坂口 この場面とかどうやって観てればいいんだろう。やってる人は夢中だからいいですけど。
植本 夢中(笑)。
坂口 いたたまれないと思うんですよ。
植本 さっきの飛び降りて死んだ人もそうですけど、ここで子どもが殺されるのも割とあっさりとっていうか、あっけなく人の命は消えていきますね。

 

【第四景】
幕が開く前、怪物的な低俗な声が歌っている。「Si tous les cocus avaient des clochettes」
幕が上がると、教室。翌朝である。ペルランは[生徒用の椅子と机の]長椅子に座って飲んでいる。疲れ果てた様子だ。教壇ではランドリュが飲んでいる。彼は半ば酔っている。クロシェは窓際に立っている。彼は欠伸をする。ときどき、ランドリュが哄笑する。
(『墓場なき死者』上演台本より引用)

 

坂口 で、子どもが殺されちゃって、最後は第四景だ。また下の階の拷問する教室に戻りますね。する方の三人も辛くて酒飲んでたり、変なラジオ聴いてたり正常ではない状態ですね。
植本 全然口を割ってくれないからイラついてもいるし、自分達が一緒に戦っているドイツ軍の旗色もどんどん悪くなって。
坂口 でもこの3人はチャンスをくれたっていうか、
植本 リーダーの居場所を吐くか吐かないか、全員一致の意見にしろって捕虜たちに相談させてますね。
坂口 結構このシーンが長いです。
植本 与えられた時間が15分て言われてますけど、あと5分だとか2分だとか言われてて、
坂口 結局彼らは嘘の場所を言うんだけどね。
植本 はい。
坂口 皆で言いましょうってことになって、言って。
植本 じゃあ、捕虜の命どうするみたいなことを三人で話し合おうとしてると、ちょっとイっちゃってるクロシェっていうのがすでに射殺命令を出していて、気づいたときには全員殺されて終わってますね。
坂口 銃声が間をおいて2回か3回するっていうのがなんかリアリティがあるというかなんというか。それで終わりですね。
植本 ・・・本当に救いのない話で。

坂口 当時の人たちはどう思うんだろうって。その中で一緒に観たいような、怖いような・・・
植本 悲惨な体験が全く癒えてないのに、また悲惨なものを舞台表現として観なきゃいけないっていう・・・
坂口 自分たちの過ちを突きつけられたみたいな感じじゃないですか。そういう表現って今あんまりないでしょ。
植本 僕、初サルトルでした。「ああ、こういう物を書く人なんだ」って
坂口 こういうものも書くっていう感じなんでしょうかね。
植本 この機会だからと思って、サルトルのこととかもwikipedia程度ですけどみたりするじゃないですか、そうすると伴侶がボーボワールさんとか、あとカミュとすごい論争になって絶交したとかね(笑)。面白いな〜って。
坂口 (笑)。

 

〈対談者プロフィール〉
植本純米
うえもとじゅんまい○岩手県出身。89年「花組芝居」に入座。以降、女形を中心に老若男女を問わない幅広い役柄をつとめる。外部出演も多く、ミュージカル、シェイクスピア劇、和物など多彩に活躍。同期入座の4人でユニット四獣(スーショウ)を結成、作・演出のわかぎゑふと共に公演を重ねている。

 

坂口眞人(文責)
さかぐちまさと○84年に雑誌「演劇ぶっく」を創刊、編集長に就任。以降ほぼ通年「演劇ぶっく」編集長を続けている。16年9月に雑誌名を「えんぶ」と改題。09年にウェブサイト「演劇キック」をたちあげる。

 

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