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【植本純米vsえんぶ編集長、戯曲についての対談】北村想『寿歌』

『寿歌 全四曲』北村想著  白水社刊

坂口 北村想さんの寿歌(ほぎうた)です。
植本 初演を観たの?
坂口 初演は名古屋ですよね。
植本 プロジェクトナビとは違う団体なんだよね、その後に東京に来ますけど。
坂口 その東京のを観て、とっても楽しい時間を過ごしたという印象でした。
植本 40年くらい前になりますかね。
坂口 いま読んでても新鮮ですよね。
植本 ちゃんと読んだのは初めてですけど、それでも登場人物のゲサクとキョウコ、リアカーが出てきて、核戦争後の話っていうのは知識としては知っていました。それぐらい小劇場界の大ヒット作ですよね。
坂口 小劇場界のことが当時わけわかんないとか、跳んだりはねたりとか、いろいろ言われていて。それがプラスやマイナスの評価になっていたけれども、これはその代表的な作品ですよね。しかも三人しかでてこない。小さな劇場向きのお芝居ですね。
植本 わけわかんないの一方に大劇場向きの野田秀樹さんっていう人がいてね。
坂口 しかも見た目の雰囲気がどちらも明るいですよね。当時一部の人たちが「明るい不条理劇」とか言ってましたね。で、この作品は核戦争が終わって2年位経った、
植本 荒涼とした関西のどっかの地方都市を芸人の男女ゲサクとキョウコがリアカーに荷を積んで当て処のない旅? 当て処がないわけではない・・・、

【登場人物】
ゲサク(男)
キョウコ(女)
ヤソ(ヤスオ)(男)

【景一 花火】
核戦争の終わった、ある関西の地方都市。
ザ・ピーナッツの『ウナ・セラ・ディ東京』が聞こえている。
家財道具をリヤカーに積んで、
ゲサクとキョウコがやって来る。

 キョウコ あ、また光った。今度はあっちや。ゲサクどん。またミサイルやろか。
ゲサク ああ、キョウコはん。ミサイルや。(気のない返事)
キョウコ 何でや。何でやのんゲサクどん。戦争は終わったんちがうんか。
(以下略)
(北村想著『寿歌 全四曲』白水社刊より引用)

坂口 本人たちは興業の前宣伝といってますけどねぇ。だけど、行き当たりばったりで当て処はある様な、ないような。もう世界が核戦争でほぼ壊滅しているわけですもんね。
植本 道々で芸を見せて稼げたらって感じなんですけど、でもそこに人はいないみたいなね。けど気配はある・・・。
坂口 そこにヤスオという(キリストをイメージしている)人が加わっての三人旅になります。
植本 珍道中です。
坂口 本当に珍道中って感じですよね。でもこれ、最後にヤスオと別れて吹雪の中をゲサクとキョウコがリアカー引いてモヘンジョ・ダロへでもいこうかなっていう話になって、ト書きに「地球すべて雪」。
植本 はい。
坂口 「その日より氷河期始まる」って。ふと書いちゃえば書いちゃうかもしれないけど、ちっちゃい100人にも足らないような劇場のお芝居で、氷河期が始まるっていうお芝居を、正々堂々と描くということの素晴らしさ!
植本 読んで感動しました。この戯曲の文学性、詩的世界にね。ト書きが上演だとわからない部分があって、大体ト書きを越えるってなかなか出来ないじゃないですか、実際の上演では。
坂口 実演者の実感ですね(笑)。これ素晴らしく面白い台本ですよね。お芝居観てるときは、僕が迂闊だっていうのもあるんですけど、特に核戦争ってあんまり頭に・・・。「原爆おちた、ミサイルが・・・」とかセリフで結構言ってるんだけど面白げに言ってるから、俳優さん達も。
植本 切実な感じがあまりしないんですね。
坂口 はい。で、まあ最後雪が降ってきてってところではさすがにおお、っていう風になりますけどね。
植本 台詞にもあるけど、死の灰って出てきますけど、想さん的には核戦争もそんなに意識してないみたいなんですよね。決して反核ではないってことをおっしゃっていて。
坂口 観ていてもあんまりそういう感じはしなかったと思います。読んでる方がそういう部分を刺激されますよね。本当に全編しょうもない言葉のやりとりなんですけどね。

植本 舞台の設定が荒涼としたところを旅するんですけど、その設定だけじゃなくて文章自体がすごく透明な感じがして、空気感が・・・。なんでしょうね。
坂口 かっこつけてない台詞のやりとりがあって。しかも歌とかすごく上手にいろんなところに入ります。最初と最後にザ・ピーナッツの『ウナ・セラ・ディ東京』が。まあ、僕らの世代ではヒット曲なんですけどね。「あの人はわたしのこと忘れたのかしら」、みたいな歌なんですけどね。
植本 あと途中かかる曲なんでしたっけ?
坂口 泉谷しげる。
植本 泉谷さんね。
坂口 どんな曲だったかなって今日聴いたら、素晴らしく泉谷はシンガーでした。うるさいおっちゃんだけだと思ったら。
植本 想さんがね、泉谷しげるを何で入れたのかなって、当時のこと思って。改めて読んでみたり曲を聞いみたら、あ、ぴったりだって言って(笑)。
坂口 自分で入れたのにぴったりだって(笑)。
植本 そうそう。わからなかったんだって、自分でもなんでこれが・・・。
坂口 『夜の陽炎』という曲ですね。機会があったら聴いてみてください。泣きそうでした。キョウコが劇中で何回か歌う「寿歌」(ほぎうた)というテーマソングもありますよね。

「寿歌」
〽けぶる朝しろい うねる光きないろに
 ぬれて草みどりよ ふみいくあなたの影は
 何いろ
 待つ私うたう寿歌
(北村想著『寿歌 全四曲』白水社刊より引用)

植本 かけ漫才のところもテンポがいいですよね。まぁ、全体にテンポがすごくいいです。
坂口 これ絶対飽きないという作りになってます。
植本 これ校正なしなんだってね。いきなりボールペンで原稿を書き出してそのままなんだそうです。で、書かれたのが27,8才でしょ?
坂口 すごいですね。しかもエピソードひとつひとつがおもしろい。可愛らしい下ネタとかもけっこうあったりして。おしっこネタとか。ストリップまがいの芸とかもね。
植本 芸人だから、芸をみせるんですけど、キョウコさんが見せる芸っていうのが、ちょっとストリップまがいで、ちらちら着物のすそからみえるっていう。
坂口 出雲の阿国みたいなイメージですよね、囃子語りにあわせて踊ったり。そういうこう、深読みまでいかないけど「お、これは、これは・・」っていうエピソードがいっぱい入ってきますね。
植本 漫才にしても・・・中略漫才? 逆転漫才でしたっけ? 2つ先の台詞を言ってしまう、また最後までいったら、戻ってくるみたいな(笑)。
坂口 その理由は相方が台詞を覚えないからっていうオチがついてる(笑)。

*

植本 途中から入ってくるヤスオがキリストを思い起こさせるんですけど、唯一できることが物の引き寄せ? なにか元があれば、例えば欠片があればその品を自分のポケットから出せる、ただ元がないとダメ。
坂口 (台本を見て)物品引き寄せの術って言ってますね。一応キリストみたいな人だから・・・。
植本 ただあとは別に秀でてるとか、人に説教たれるとかそういうことではなくて、神様なのかもしれないけどゲサクとキョウコと並列っていうか。新参者でもあるし。
坂口 でもまあ、言ってみれば実在した(?)神様ってそんなもんでしょうね。偉そうに神様を語る奴はいるけど、神様そのものは多分こういった存在なんじゃないかなって。偉そうにするやつはおしなべてインチキですよね。そんな気がしますけどね。
植本 なんかね想さん書いてたけど、その頃ちょっと精神状態が良くなくて熱っぽかったから最後に雪を降らせることだけは決めてたんだって、熱をさげるために。って本人おっしゃってて。
坂口 (笑)。

*

植本 でも他は全然決まってないから、例えば櫛がでてきたけど、あれとかは辞書をパラパラってやって、櫛っていう字がでてきたら櫛を入れたっていろんなところで書いてらして。
坂口 すごい意味ありげですよね。僕も櫛が気になってちょっとネットでみたら、櫛屋の宣伝で、江戸時代は櫛が愛情の表現、男が愛を告白する物品だったんだって。しかもつげの櫛だから髪をとめるっていうようなことが。
植本 髪飾りですね。
坂口 書いてあって、そういうことなの? みたいな。次から次に連想していける台本なんですよね。ちょっと、すげー楽しかった。
植本 色んなエピソードがでてくるので、旅をしてるっていう中で、蛍が出てきたり、天児(あまかつ)でしたっけ?
坂口 子供を守るお守り? とかの話が出てきたり、宮本武蔵の話も出てきましたね。二刀流を使ったのは宍戸梅軒(鎖鎌の名人)と戦ったときだけだとかね。プチ情報が楽しい。
植本 (笑)。
坂口 あとの方になるけどヤスオが芸をしてロザリオを出しますよね。
植本 キョウコが付けていたものなんですけど、それをヤスオが増やして民衆に配る。しかし、その配ったロザリオに雷が落ちて人が死ぬっていう(笑)。
坂口 で、三人が追い詰められる。
植本 意味ありげで迫害されてるみたいですよね。
坂口 次々に出てくるエピソードがたのしい(笑)。

植本 やっぱり原発事故のあった3.11以降に上演が増えたんだってね。
坂口 でもあんまり関係ないよねえ?
植本 関係づけたい人がいるから。それ以前も全国でやられてたけど、増えたんだって。
坂口 へぇえ〜。あんまりそこは・・・むしろ、事件、戦争は話のプロローグっていう感じかな。最後に氷河期になっちゃうっていう話ですからねえ。
植本 戦争っていうことだけじゃなくて、想さんが言ってたのは、何もなくなってしまった、全てを失った事への優越感って書いてあって、ああ〜って。
坂口 誰が優越感なの?
植本 失った人の「何にもないんだよ」っていう優越感かなぁって言ってて。
坂口 凡人には素直に受け止められない部分もあるけど、なんかいいですね。
植本 舞台で何にもないってどうすんだろうね。荒涼さをだすためにどうしてんだろうね。
坂口 一応ミサイル飛んだり、
植本 螢が光ったり。
坂口 でもリアカーさえあれば、なんとかなると思うんだけど。
植本 随分前に宮沢賢治の戯曲取り上げたじゃないですか。で、想さんのもう一つの代表作に『想稿・銀河鉄道の夜』っていうのがあって、なんか、宮沢賢治の透明感に似てるなって思ったんですよね。
坂口 なるほどね。
植本 『饑餓陣営』だっけ。あの滑稽さがこれにもあるな、と思って。
坂口 宮沢賢治はオペレッタが大好きだったんでしょ、繋がりはありますよね。

坂口 でもこれやるとなるとなかなか難しい。
植本 でもほんとに挑戦しがいのあるものだと思うし、これ演劇界の宝ですよ。
坂口 これ誰かに書けっていってもちょっと書けない。世界中で上演して欲しいですね。
植本 ご本人も言ってるもん。どうやって書いたんだこれって。
坂口 そういうときの方がいいんですかねぇ。
植本 戯曲も四部作になって出版されていて、しかも『寿歌』自体が長くないので、ぜひ読んでみてください。ト書きがまた素晴らしいので。
坂口 そうね。今はお芝居観るより、台本読んだほう面白いかもしれないね。
植本 ・・・時々それ言いますよね
坂口 読んで面白がって、それでいいんじゃないですかねぇ。氷河期で終わるお芝居を。
植本 そうねえ、核戦争後っていうト書きから始まって、氷河期で終わるんだもんねぇ・・・。
坂口 そう、核戦争で荒廃した世界を、芸人二人がリアカーひいてさ。向かっていく先がエルサレムかモヘンジョ・ダロか? で、しかもこの日から氷河期なるんだよ。
植本 ちっちゃい劇場でやればやるほど、実際リアカーは動かせないからそれがまた演劇の面白さですよね。旅してるように見せなきゃいけないんだから。
坂口 ・・・そこまで考えませんでした。

植本 (笑)あ、そうだ、唐十郎さんの『少女仮面』もでてきたね。
坂口 一部引用されてました。
植本 現役の作家さんの引っ張ってくるってありなんだね。きっとその時は『少女仮面』は大ヒット作だったわけでしょ? だからだよね。
坂口 江戸時代の芝居なんかでもヒット作を弄ったりしてそうですよね。くどいけど、面白がりながら表現とか歴史に対してとかの示唆に富んだ台詞がね、ちりばめられているのがたまんなく嬉しい、読んでてワクワクしますね。
植本 こんだけ示唆に富んでると、読んでる人、観てる人は深読みしたくなるところがあって、そうすると、見終わったり読み終わったりした後に、人と話したくなりますね(笑)。
坂口 自分なりに解釈するのは観客や読者の特権だもんね。
植本 そうそう。
坂口 だからとても楽しいと思いました。
植本 このコーナー何年やってるかわかりませんけど、やっと『寿歌』に辿り着きました(笑)。
坂口 最後に、ラストの部分を少し引用させていただいて、終わりにしましょう。

 (前略)
キョウコ あ、ゲサクどん雪や。
ゲサク ほんまでっか。
キョウコ えらいきたない雪や。
ゲサク ホーシャノウの灰ですわ。
キョウコ でもポツポツと白いのがあります。
ゲサク ほんまや。
キョウコ とけるとける。掴むととけるわ。ほんまもんの雪ですよこれは。
ゲサク ほな、行きまひょか。
キョウコ うん。・・・ゲサクどん?
ゲサク はあ?
キョウコ エルサレムは雪やろか。
ゲサク さあ?
キョウコ モヘンジョ・ダロは雪やろか。
ゲサク さあ? ・・・

 かなたは吹雪、その雪にむかって動き出すリヤカー。
 音楽、ザ・ピーナッツの『ウナ・セラ・ディ東京』。
 その日、世界は雪。
 地球すべて雪。この日より氷河期始まる。
 (北村想著『寿歌 全四曲』白水社刊より引用)

 

〈対談者プロフィール〉
植本純米
うえもとじゅんまい○岩手県出身。89年「花組芝居」に参加。以降、老若男女を問わない幅広い役柄をつとめる。主な舞台に東宝『屋根の上のヴァイオリン弾き』劇団☆新感線『アテルイ』こまつ座『日本人のへそ』など。

 

 

【出演情報】
四獣x玉造小劇店 トライアル・リーディング公演
『ワンダーガーデンSeason2』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作・演出◇わかぎゑふ
出演◇桂憲一 植本純米 大井靖彦 八代進一/曽世海司(Studio Life)
10/19(木)〜11/1(日)◎シアター711

 

坂口眞人(文責)
さかぐちまさと○84年に雑誌「演劇ぶっく」を創刊、編集長に就任。以降ほぼ通年「演劇ぶっく」編集長を続けている。16年9月に雑誌名を「えんぶ」と改題。09年にウェブサイト「演劇キック」をたちあげる。

 

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