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【一十口裏の「妄想危機一髪」】第69回 住む世界

柔らかな夕日と、
周囲のビルに灯り始めた澄んだ明かりが、
モザイクのような複雑な木漏れ日を作っていて、
私はそれをぼんやりと眺めていた。

鼻を垂らした子供たちが金切り声をあげて騒ぐ、
そんな公園しか知らなかった私は、
その木漏れ日にあまり照らされないように、
後ずさって木陰に隠れた。

だからスラっとしたシルエットが近づいてきても、
私はそこから動かなかった。
「ごめん、ちょっと遅れたかな」
「ううん…、ごめんなさい……」
「あれ? …どうしたの?」
「……」
「え? なにかあったの…?」

俯く私に届くその声は、
いつものように優しく微笑んでいた。
浩二に会うまで、
こんなに柔らかい声を、私は知らなかった。
そのスーツの衣擦れも、革靴の靴音も、
まるで初めて聴く管弦楽のように優雅で心地よく、
誰よりも洗練されていた。

私の声は、この風景に溶けていかない。
でも今日は、話さなきゃならない。
「…なに? もしかして、嫌われちゃったかな」
「そうじゃない。そうじゃないけど……」
近づいてくる浩二を制して、私は言った。
「わたしたち、住んでる世界が、違い過ぎるの」
「え?」
「だからごめんなさい」

それが、私が出した結論だ。
「浩二はなんだか、次元が違うの」
「え?」
「次元が違うの!」
「どういうこと?」
浩二には分からない。きっと思ってもみないこと。
だからこそ、この違いは埋められない。
私の決意は固かった。

そこに公園の掃除婦らしき女が声を掛けてきた。
「あら、浩二くん、今日はもう、
お仕事ぉォォォ…わぁァァァ…リィィィ…?」
浩二のすぐ横を通り過ぎるとき、女は浩二の次元に巻き込まれた。
「ィィィィィィィィィィィィィィィィィィ~?」
女は有り得ない方向に、有り得ない長さで伸び縮みしながら、
未知の方向に歪んで、霞んだりトグロを巻いたり、点滅を繰り返した。
やっぱり浩二の次元は違う。
私と浩二の次元は、相当に違う。

「ジャあァぁぁ…また明日ね」
女の姿は浩二の横を通り過ぎると、元の姿に収束し、
女は何事もなかったように、掃除を掃き続けた。
「ああ、また明日」
爽やかに答える浩二に、私はもう一度言った。
「浩二とは次元が違うの」
「だからどういうこと?」
「だから……」

私は浩二を真っ直ぐに見た。
陽が落ちて暗くなると、
浩二の周りがほんのりと、発光して見え始める。
次元の歪みがうっすらと、不思議な光となって見え始める。
それが想像もつかない異次元の方向に、ゆっくりと渦を巻く。
絶対的に違う次元に生きている浩二は、その渦に揺蕩っている。
どうしてなんだろう。住む世界さえ同じなら。
だったら私はその胸に、迷わず飛び込むというのに。

「あれ?うそ、浩二じゃん!久しぶり」
親しげに近づいてきた男が、唐突に浩二の背におぶさってきた。
「え、なに?彼女?
おい、紹介シィロォヨォォ&ォ%オ#’”、
8’エ”&&~%$タD、イJッ$#、イJッ$#、イJッ$#、」
すると男の身体は、別次元との狭間で、激しく振動し始めた。
「ィ%ッ#、ィ%ッ#、ィ%ッ#、ィ%ッ#」
やがて男は周囲の空間ごと、浩二の次元に巻き込まれた。

「やめろよ、からかうなよ」
そう爽やかに笑う浩二の周りに、
無数の男が出現と消滅を繰り返した。
「あ、こいつ、大学時代の同級生なんだ」
「$%$%$%$%$%$%$%$%$%$%$%$%」
男は何か言っているようだったけど、
その声は沢山の光と陰の気泡となって、
湧いては弾けるばかりだった。

いつしか私の目には涙が溜まっていたらしく、
浩二の周りで浮かんでは消える無数の男の姿が、
更に歪んで見えてきた。
「ごめんなさい…、やっぱり次元が違いすぎる…」
やがて男は小さな糸くずか煙のような姿となり、
チカチカ煌めいたと思ったら、完全に消え去った。
そこには何も残っていなかった。

「あれ…?」
不思議そうにその空間を見つめる浩二に、私は言った。
「あなたと居ると、自分が自分でなくなるの、
だからさよなら!」
そうして私は踵を返して走った。
「待って…!」
背後から迫ってくるチリチリとした微振動を感じながら、
それを振り切るべく走った。
懸命に走った。
「お願いだから…!」
しかし浩二のスラリとした腕は、私を絡め取るように、
優雅に伸びて、私の腕をしっかりと捉えた。
「順子…!」

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その瞬間、見たことのない地平が、私の目の前に広がった。
有り得ない方向に右腕が伸び、有り得ない方向に左腕が縮み、
上下左右内外のすべてに向かう渦巻きに、両足が巻き取られる。
逃げようともがいてみようにも、体はすでに反転している。

そして未知の方向に向かって、崩壊していくように、
顔が伸びていく。どんどん伸びていく。
「私xィ、あなtど居るどぉォォォォ……」
無限に伸びていく喉と口から、声が飛び散り,放射さレ,
ああ、アだすが、ァだすで、だぐダッtいgg。

やがて背ゴから抱キ〆らレt、アだsは激sk振動wKKK、
あ&#%”’テに9&”、$”ウDJW、KしSYゴ6ま%ギWHHHH。
そんn8y%#Y’G&6’&TS(‘て、Gッ#”、Gッ#”、Gッ#”、Gッ#”

「順子は順子だよ、いつだって…
だからお願い…、いつまでも、僕のそばに居てよ…」
そしt浩二h、hehU$%$”’&、Gッ#”、Gッ#”、Gッ#”、Gッ#”、
””%私が、&(‘(‘%%,%”&”#&))))’’’))””、消え&&#&&#&、
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【著者プロフィール】
一十口裏
いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長
げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。
意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。
また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。

げんこつ団公式サイト
http://genkotu-dan.official.jp/

 

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