【フォトグラファースギノユキコ with えんぶ WEB CLOSE to my HEART】15 石黒麻衣
えんぶにて脚本家・演出家・俳優を撮り続けて約20年(長期中抜け有り)。
いわゆる非日常を創作する彼ら・彼女らの姿を
日常的でありながら、そっと風変わりな目でつかまえるスギノの写真。
このコーナーではえんぶ誌面では掲載しきれなかった
“スギノお気に入り”の写真達とともに演劇人を紹介。
インタビュー&写真から現れるその心にフォーカス。
File.15 石黒麻衣
(2021年4月取材/撮影)
まずは自分のことを知ってもらって…
2019年秋、池袋の外れの小さなスタジオで上演された全編茨城弁の舞台『病室』。白いカーテンが微かに揺れる中、ポツンポツンと4つの台の上で佇むパジャマ姿の4人の中高年の男性患者たち。見舞いに来て帰るを繰り返す家族たちと織りなす朴訥とした世界と、たまにそこからはぜる心情。2013年の劇団普通の旗揚げ以来、この作品を上演するために試行錯誤してきたという石黒麻衣。今でも胸に残るこの作品が、今年の夏、三鷹市文化芸術センター星のホールで上演される。作った人のことが知りたくて、石黒麻衣にインタビュー。
何か発散するようなことを
――演劇を始めたきっかけは?
大学を卒業後、就職して、趣味というか、人と違うことをやってみたいなと思い、演劇教室に通い始めたのがきっかけです。
――社会人生活に行き詰まったということですか?
いや、そんなことはなく(笑)。その頃はずっとプログラミングをする仕事だったので、とにかく体を動かしたくて。ボクササイズとか、何か発散するようなことを探していました。
――大学では何を専攻されたのですか?
哲学科でした。
――なるほど……。で、就職してから演劇教室に入ったと。
はい。インターネットで調べて、社会人でも時間的にできて、お金もかからなそうなところを見つけました。週に1、2回通って4回くらいワークショップ公演に出た後は、太田省吾の戯曲の一節、最初の10ページくらいを2年程、ずっと稽古だけしていました。
――すごいですね。それはそこの方針ですか?
演劇教室の中で、もっと深くやりたいなってメンバー2、3人と、もうちょっと踏み込んで稽古しようかってやってました。
――それでいきなり旗揚げになるわけですか?
そこでたまに、15分くらいの一人芝居をやってたんです。それがとっかかりになって自分の書いたものをやってみたいなって気持ちができて、旗揚げしました。
まずは信頼関係を
――旗揚げ公演の後も、劇場ではなく、ギャラリーとか小ペースで、年に2、3回のペースで公演をされていますが、わざとそういう場所を選んでいたのですか?
はい。当時、演劇界にスタッフさんも役者さんも、知り合いがいなかったので、制作、照明、客席作りも全部自分一人でやっていて。出てくれる人も知り合いのツテで何とか集めてやってたので、自分のできる範囲のスペースじゃないと無理だと思って。
――それほどに創作意欲が強かったわけですね。
やるのは小さな公演だったんですけど、本当に楽しくて。
――公演を打つって、大変ですよね?
まず大変だったのは、本当に知り合いがいないことでした。とにかく、できない約束をしないようにして、絶対人との約束をやぶらないで、信頼関係を築くことを一番大事にしていました。
――なるほどね。確かに信頼と演劇界って、ちょっと距離はありますもんね。
え?
――さすが社会人経験者ですね。
そんなそんな(笑)。周り見てとかではなく、まず自分って人間を知ってもらえたらくらいの気持ちでした。
親友になるような 気持ちで
――一人でやってらっしゃるから、皆さんで共通の認識が出来るには時間がかかりますよね。その辺のご苦労はあるんですか?
ありますね。皆さんに、どんなことをやりたいかっていうことを最初に話して、気兼ねなく何でも聞いてもらえるように、とにかく私が自己開示をしています。飲みに行けたときには飲みに行ったりして、すごいしゃべります。演出だけで喉壊すくらい……。演出というよりは、一つ一つ私のプレゼンテーションだと思っていて「こんなことをやりたい、面白いと思ってるんですけど、どうですか?」って提示して、納得してもらいたいので、毎回、すごいエネルギーが必要です。
――元々そういうことが得意なんですか?
いえ、全く。友達も少なくて(笑)。仮に10人いたら10人と親友になるようなつもりでやっています。
――そういう現場は貴重かもしれないですね。
できていればいいんですけど、自分ばかりがそのつもりだといけないなと……。
――でもそういう風に思って進んで行く現場って大切ですよね。
ずっと心に残っている 『病室』
――2019年に初めて拝見した『病室』が素晴らしくて、ぜひお話を伺いたいと思っていました。入院患者を演じた4人の魅力的な男性俳優陣がいたから、あの面白い芝居が出来たと思うんですけど、その背景にいる家族の方などの女性陣がすごく面白いって思ったんですよ。
ありがとうございます。今から10年くらい前に、父が入院したとき、実際に病室にああいう患者さん達がいらして、その経験を元に書きました。
――人ごとじゃない感じがしました。松本みゆきさんが演じられた妻の「お父さん」って茨城弁のニュアンスがずっと心に残ってるんですよ。
(笑)。
――病状は深刻なんだけどコミカルな患者さんたちの様子があればこそなんだけど……。離婚して、新しく何かを始めたい娘が見舞いに来たりもして、ものすごく応援したくなっちゃって。そういうことを相当意識して作られたんですか?
全員が等しく存在としてあるようには、すごく考えて作りました。
思い切って書いたシーン
――家族以外の、看護師さんと理学療法士さんのシーンもとっても印象的で。微笑ましいだけじゃなくて、切なさも感じて。
あの若い2人のシーンは、患者さんたちとは違って、完全に私の想像です。家族の外にいる人の目線が欲しくて作りました。
――2人が帰り道、理学療法士が、池に浮かんで死にかけた魚に石をぶつけるでしょう。患者さんの体を治す人がって、ちょっとショッキングでもあったんです。
あれはですね……稽古場に行く途中、川沿いの道があって、実際にぷかぷかしてる鯉がいたんですよ。すごい深い堀の下だったので、もうどうすることも出来なくて。その時に感じたもどかしさ、「いっそ」みたいな気持ちが元になってる部分があります。
――このシーンも現実の出来事をフィードバックしていったんですね。
何とか出来るんだったらするんですけど、もうどうしようもないって部分にある……そのいかんともしがたい複雑な思いを、「えいっ」て思い切った感じで書きました。
違和感がなるべくないように
――本当に病室のように感じられる空間でしたが、ベッドが木で作ったベンチみたいなのでしたよね。
はい。
――本当のベッドじゃないのに、本物の空気感があって不思議な感覚でした。
私が舞台上にリアルな物があると、そこと他の差異が気になってしまうので、なるべく抽象的にしたくて。最終的には何にも無くてもいいって思うんですよ。
――後ろにあったカーテンや照明の色もすごく印象的でした。
全体的な色合いや質感を統一するようにすごく意識しています。違和感をできるだけ消していくように。
今からとても楽しみ
――『病室』は、7月末から再演されますね。新しくとか別の視点やお考えはありますか?
初演の時はシーンも時系列もバラバラに書いて、シーン毎に稽古していて。本番直前の通し稽古で、初めてみんなが自分のシーンがどういう目線で見られるかを知ったっていうくらいギリギリで。とにかく必死で作ったので、もっとできることはあるな、と思っています。その時に、完成形が一つ見えているので、もっとこうできるな、ああできるな、っていうのは自分の中になんとなく課題は……。
――次の会場は三鷹市芸術文化センターなので、何をやってもいいような空間ですよね。そういう意味では、楽しみですね。
はい。どんな風になるんだろう、ととても楽しみです。
――いいですね、ご自身が一番興味を持って作ってらっしゃるわけですからね。なんか、すごく、大丈夫でしょう(笑)。
すごいドキドキしますね(笑)。
【石黒麻衣プロフィール】
いしぐろまい○劇作家、演出家、俳優。劇団普通主宰。2013年に劇団普通旗上げ。以降、全ての作品の作・演出を手がける。俳優としてシンクロ少女やMCR、劇団肋骨蜜柑同好会、遠吠え、など外部出演も多い。近年は外部作品への脚本提供・演出などでも活躍中。
【活動予定】
MITAKA“Next”Selection 22nd
劇団普通『病室』
7/30(金)~8/8(日)◎三鷹市芸術文化センター 星のホール
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王子小劇場
『佐藤佐吉演劇祭2022〜ワレワレのリターン!〜』
劇団普通 参加
2022年4月下旬◎王子小劇場
詳細▶https://en-geki.blogspot.com/2021/06/2022.html
【スギノユキコプロフィール】
すぎのゆきこ○神奈川県出身。
日本女子体育短期大学舞踊科卒業。
在学中に演劇好きな友人に連れられ
初観劇。たまたまその公演後オーディションがある事をチラシで知り、
勢い余って受けた事がある為、今でも爆風スランプRunnerが耳に入るとゾワゾワする。
通信社等を回り、写真を学ぶ。
instagram▶https://www.instagram.com/sugino_yukiko/?hl=ja
【インタビュー◇坂口真人 構成・文◇矢﨑亜希子 撮影(人物)◇スギノユキコ】
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