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快調なテンポで展開される知的な笑いの宝庫『嘘と勘違いのあいだで』上演中!

コメディの巨匠アラン・エイクボーンが、ひとつの嘘からはじまった勘違いの連続を、人の愚かしさ故の愛おしさを盛り込んで描いた名作『嘘と勘違いのあいだで』が、六本木トリコロールシアターで上演中だ(28日まで)。

『嘘と勘違いのあいだで』は二組の男女の嘘と勘違いが、物語を予期せぬ方向に転がしていく、アラン・エイクボーンの傑作コメディ。日本でもこれまでに『こちらがあたしのお父さん』『とりあえずお父さん』などの邦題(原題「Relatively Speaking」)で上演が重ねられてきたが、今回は演出を担当する保科由里子の新翻訳による上演台本での公演で、タイトルも『嘘と勘違いのあいだで』という絶妙な邦題となり、休憩を挟まずノンストップ約2時間の、スピーディな会話劇が展開されている。

【STORY】
とあるパーティで知り合い恋に落ちたグレッグ(辻本祐樹)とジニィ(新垣里沙)は同棲生活を送っている。二人は早く結婚するべきだと考えるグレッグは、ジニィの両親に挨拶に行きたいと再三頼むのだが、ジニィは色よい返事をしてくれない。しかも部屋の中に別の男の影をうっすらと感じ取ったグレッグは、ある休日「両親に会いに行く」というジニィの後を追う。
だが、ジニィが向かったのは年上の不倫相手・フィリップ(栗原英雄)の家だった。ジニィもグレッグとの出会いに運命を感じていて、フィリップとの関係をハッキリ終わらせようとしていたのだ。
そうとは知らないグレッグは、予定の列車に乗り遅れたジニィよりも先に「両親の家」に着いてしまい、応対に出たフィリップの妻・シーラ(水夏希)をジニィの母親だと思い込む。互いに勘違いをしたまま何故か二人は意気投合。噛み合っていると思い込んでいる二人の、実は全く噛み合っていない会話がフィリップの誤解を生み、更にそこにジニィが到着!嘘からはじまったそれぞれの勘違いは、思わぬ方向へと事態を転がしていき……

イギリス発のコメディには、常に登場人物はただ懸命にそれぞれの人生を生きていて、決して敢えて笑いを取りにきてはいないのに、その懸命さ、愚かさこそが可笑しい上質な笑いがある。この『嘘と勘違いのあいだで』もそのセオリーに乗っ取っていて、観客側はひとつの嘘からはじまった勘違いによる物語の展開、そのどんどんズレていくシチュエーションを全てわかっていて、なんとか嘘をつき通そうとしたり、勘違いしたまま一喜一憂している登場人物たちの言動に笑ってしまうという、大人の愉しみが詰まっているのがなんとも粋だ。

特に、今回作品が上演された六本木トリコロールシアターが、グランドピアノも設置されたオシャレなカフェの階段を昇って行くと、キャパ200席のシアターに到着する抜群の雰囲気を持ったロケーションなことも手伝って、グレッグとジニィが同棲するアパートからはじまる舞台をまるでその世界に共にいるように感じさせる効果を生んでいた。窓から差し込む太陽、古風な電話、ティーセットにベッドという細かいしつらえにも目が行き届いていて、作品世界にスムーズに観客を引きこんでいく保科の演出力が光る。特に、そこから舞台がフィリップとシーラの緑いっぱいのガーデンテラスへと移る折に、敢えて照明を完全に落とさず、ファブリックを引き抜いたり、小道具を差し替えたり、更に壁が動かされるといった転換の妙を見せたことが実に面白く、演劇の想像力を高めてくれる。これによってグレッグとシーラが客席に示す「見事な大木」が本当にあると感じられる、客席までをすっぽり含めた演劇世界が展開される様が素晴らしかった。

そこに登場するキャスト4人の魅力がそのまま、この作品の魅力を更に大きく高めてくれている。非常にネタバレ要素が高い為、書けないことが多いのだが、まず冒頭に登場してくる辻本祐樹のグレッグが、太陽のように伸びやかで目を引かれる。展開のほぼすべてはグレッグの思い込みから生じていくのだが、辻本の明るさ、この上もない好人物を思わせる個性が、グレッグの全ての勘違いと思い込みに、愛すべきものを加えたのが作品のカラーを決めたと言って間違いない。ジニィの言動をどこかで疑っていても、その嫉妬に全く陰湿なものが感じられず、どんどん発展していく勘違いに次ぐ勘違いが「そんな馬鹿な」ではなく「この人ならあるだろう」と思わせ、しかもその姿が滑稽ではなく微笑ましいのだから恐れ入る。身体能力の高さもグレッグの動きの漫画チックな楽しさにつながっていて、まさに適役。グレッグの出身地がセント・メアリー・ミード村というのも、アガサ・クリスティーファンには泣かせる設定で、あの村ならこういう嫌味のない良い子が育つ!と思わせてくれた辻本に拍手を送りたい。

そのグレッグに愛されるジニィの新垣里沙は、持ち前のキュートさ全開で魅了する。この人のついた嘘が物語の発端になっているのだが、奔放に生きてきたジニィが人の好いグレッグに出会って、人生を真剣に考え始めた、という流れに説得力があり、かつ軽やかでポップなのが「人生とは!」と深刻に考える類の芝居ではないこの作品にピッタリと合う。クルクルとよく動く表情が豊かで、しかもどんな表情でもチャーミングなのもジニィにベタ惚れのグレックと、彼女からの別れ話に難色を示しているフィリップの存在を納得させる要素になった。ショートカットのビジュアルも良く似合い、ポンポンと歯切れの良い台詞術も快調だった。

そんなジニィに未練たっぷりでありつつ、良き妻シーラとの結婚生活を解消する気はさらさらないフィリップの栗原英雄が、地位も名誉もある大人の男のズルさをきちんと表出しつつも、徹底的に嫌な奴には決してならない造形に優れている。こうしたイギリスの喜劇は、登場人物たちの置かれている状況は実はかなり悲劇的というケースが多く、この作品の中でもその流れに一番近いのはフィリップかな?と思わせるが、それでもどんどん広がっていく勘違いが、栗原の柔軟な演技で重くならないのが良い。特にこの人の台詞口跡の確かさが、軽妙な会話劇に効果的だった。

そして、イギリス郊外で夫と庭の世話をやきながら、のんびりと人生を謳歌しているシーラの水夏希が、この座組にいることが大きな柱になっている。宝塚時代のシャープで切れ味の良い男役っぷりはもちろんとしても、女優としてのこれまでの活躍の中でも、ここまで呑気で、人好きのするおおらかな女性を演じている水を見るのは初めてなだけに、非常に新鮮な感動がある。普通この状況でグレッグを受け入れるかな?と思ってしまいかねない展開、つまりは勘違いがはじまっていく最も重要なパートをシーラが握っているのだが、やや当惑しながらも、自分なりにちゃんとグレッグを好人物だと認めて納得していく過程を、水がシーラというおおらかな女性の中にちゃんと示しているのが作品を支えている。更にシーラの持つ懐は深いけれども敏い、というところが物語にとって非常に重要になってくることに、幕が下りてから深く納得するのは水の芝居力故だ。様々な見方ができる作品だが、是非水の一挙手一投足に注目して欲しい。

この実力も魅力も十分な4人のキャストの丁々発止の芝居で、とにかくずっと笑っていられる二時間があっという間。敢えて幕を切らなかった保科の英断が作品に与えたテンポ感も素晴らしく、結末を知ってから各キャラクターの視点に立って再見するのも非常に楽しいだろう、妙味にあふれた公演になっている。

【公演情報】
ショウビズ企画公演
『嘘と勘違いのあいだで』
原作◇アラン・エイクボーン「Relatively Speaking」
翻訳・日本語上演台本・演出◇保科由里子
出演◇辻本祐樹、新垣里沙、栗原英雄、水夏希
●7/17~28◎六本木トリコロールシアター
〈料金〉7,800円(全席指定・税込・未就学児童入場不可)
〈公演公式サイト〉http://www.show-biz.jp/usokan/

 

【取材・文/橘涼香 写真提供/ショウビズ】

 

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