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【一十口裏の「妄想危機一髪」】第75回 煌めく世界

〜 この夏、婦人服売り場に、左右も上も果ての見えない、巨大ミラーが登場!
さあ、あなたも世界との、コーディネートを楽しみましょう。 升丸百貨店です。〜

町や駅や電車内。付けっ放しのテレビ。
そういえばあちこちで、そんな広告を見た気がする。
見た気はするけど、興味はなかった。どうせ、たいしたことはない。
今や誰が行ってるんだろう。そこは、そう思うような百貨店だった。

私の住むアパートは、住宅街の中でも、ちょっと小高い丘の上にあった。
最上階の部屋からは、ちょっと遠くに整列する、ビル群の上半身だけが見えた。
その向こうには、ちょっとだけ離れてまたビルの頭。ちょっとだけ離れてまたビルの頭。
それが、ぴょこんぴょこんと背伸びをするように覗いた。
そしてその頭と頭の隙間には、背の低いビルの頭頂部が、
満員電車の乗客のように、ひしめき合っていた。

私はそんな風景が気に入っていた。
喧騒の音は勿論聞こえないが、なんとなく活気を感じた。寂しくなかった。
しかし日曜日、いつものようにカーテンを開けると、それがきれいになくなっていた。
代わりにそこには、多分公園の緑や、あとは家の屋根屋根が、延々と続いていた。
その上空を、二機の飛行機が静かに横切っていた。

その飛行機は同じ機体で、同じ方向に、ぴたりと並んでゆっくりと進んだ。
よく見れば、ちょっと遠くに整列するビル群の、一番手前のずんぐりとしたビル。
それだけがポツンと、残っていた。

ああ、あれは升丸百貨店。そういえば、言っていた。書いてあった。
左右も上も、果ての見えない、巨大ミラー。
この夏、婦人服売り場に登場するという、巨大ミラー。
ああ、こちらの世界を映している、あれは、鏡だ。

あそこに見える、ちょっとだけ小高い丘。
その上に、ちょっとだけ見える白い建物。
遠くて小さくてまったく見えないが、
きっとその米粒のような窓からは、私が外を眺めている。
まだカーテンを握りしめたまま、私が外を眺めている。

私は堪らず駅まで走り、その婦人服売り場に行ってみた。
そこにはゆったりとした、優雅な音楽が流れていた。
多くの人が、鏡を眺めた。ただ呆然と、鏡を眺めた。
店内を歩いてみれば、幾人かは、店員に向かって大声をあげていた。
しかしそんなものより、多くの人が、鏡に目を奪われた。
それにそこには各国各地から、あらゆるブランドの服が揃えられていた。
トラッドなものからカジュアルなものまで、文句のない品揃えだった。

世の中は、一時は騒然となった。しかしそれはそのうち、治まった。
鏡が現れたあとにも、空には太陽が現れたし、陽が暮れれば月が現れた。
鏡の向こう側に住む母とも、以前と変わらず連絡が取れた。
鏡の向こう側に住む友人の近況も、以前と変わらずSNSで伝わった。
鏡の向こう側にも、太陽が昇り、月が出ているという。

そうして私は、ちょっとお洒落になった。
着こなしと身のこなしが、ちょっと優雅になった。
どこに居ようとも、鏡は世界と私を映す。
鏡から遠く離れようとも、部屋の中に居ようとも、鏡は世界と私を映す。
母も友人も、お洒落になった。鏡の向こうも、鏡のようだ。

この鏡は電波を遮らない。むしろその反射で電波が強まる。
どんな時にも私たちは、どんな所へ行き、どんなものを食べ、どんな風に過ごしたか、
写真を撮って、言葉を添えて、逐一、報告し合った。
また遠く離れた地で起きた事件や紛争の数々に、
どれだけ心を痛めたかを伝えあった。
鏡の中に映る私は、素晴らしい私だった。
そうして私は、世界とのコーディネートを楽しんだ。

やがて地球から遠く離れた宇宙を飛ぶ惑星探査機から、いくつも写真が送られてきた。
ニュースで見た、その写真には、どの写真にも、惑星探査機自らの姿が映っていた。
なんとなく誇らしげに見えるそれに、私は思わず微笑んだ。
どういう仕組みか分からない。どこまで続いているのか分からない。
ただ、人々の生活は、前より有意義になり、前より活性化していた。

最初は英国の高級百貨店、ハロッズが始めたという、巨大ミラーの設置。
それがやがて、同じく英国の、セルフリッジ、リバティ、そして中国のSKP、
フランスのボンマルシェと広まり、世界各国の百貨店で、設置がおこなわれた。
東京郊外の升丸百貨店まで飛び火したそのブームは留まる所を知らず、
それぞれがその大きさを競い合った。

それは互いに乱反射を起こし、世界中が煌めいた。
なんと美しい。なんと煌びやか。私も一層、煌めいた。
世界の各地では、痛ましい事件もあった。紛争もあった。
だが彼らもとても、煌めいていた。世界とのコーディネートを楽しんでいた。
我々は競ってそれを、世界に発信し続けた。

誰よりも輝きたい。輝く私を見て欲しい。
眩い乱反射の中で、更にお洒落に磨きをかけた私たちは、
やがてその反射光が集まる海が干上がり、
更に反射光の集まる大地が燃え始め、
その火と熱がごうごうと全てを覆って全てを焼き始めるまで、
キラキラと、素敵に煌めき続けた。

 

【著者プロフィール】
一十口裏
いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長
げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。
意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。
また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。

【公演情報】
げんこつ団『 サ ラ ダ 』
2019年11月14日(木)〜11月18日(月)@駅前劇場
脚本・演出/一十口裏 振付・演出/植木早苗
出演/
植木早苗 春原久子 河野美菜 池田玲子 望月 文 三明真実
皆戸麻衣 丹野 薫 し じ み 三枝 翠 天笠有紀 藤岡悠芙子
− 朽ちる家 蔓延る柱 溢れ出す収納 押し黙るサラダ −

げんこつ団公式サイト
http://genkotu-dan.official.jp/

 

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