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新コンテンツスタート!《橘涼香の名作レビュー館》その1 『テンダー・グリーン』

              ご挨拶 
新型コロナウィルス感染予防で公演が行われず、寂しい思いをされている方々も多いと思います。演劇キック「宝塚ジャーナル」のサイトでは、そんな日々に宝塚を愛する方々への娯楽の一端にでもなればと、宝塚やミュージカル取材などでおなじみの橘涼香の編集により、いくつかの新コンテンツをお届けすることになりました。

毎週土曜の更新で、様々な企画を予定していますが、まずファースト・コンテンツとしてお届けするのは、《橘涼香の名作レビュー館》。宝塚歌劇の作品、中でも記録媒体がまだ残されていなかった時代の公演などを中心に、今や伝説となっている作品に光りを当てて、サイト内で振り返って行こう!という企画です。
公演をご覧になった方は懐かしく、ご覧になっていない方は舞台を想像しながら、楽しんでいただければ幸いです。

「心の翼」に乗せて描く等しい命の愛おしさ 『テンダー・グリーン』

1985年に花組で上演されたミュージカル・プレイ『テンダー・グリーン』。つい先日、花組新トップスター柚香光プレお披露目公演、稲葉太地作・演出 『DANCE OLYMPIA』─Welcome to 2020─で、花組メドレーの掉尾を飾った記憶も新しい「心の翼」はこの作品の主題歌で、正塚晴彦の大劇場デビュー作品でもありました。

正塚作詞、高橋城作曲による「心の翼」は、宝塚で長く歌い継がれている名曲中の名曲で、むしろ作品の方がセピア色になっている感覚があります。それも無理がなく、当時の東京宝塚劇場は宝塚専用劇場ではなかった為、大劇場作品でも東上しないものが年に2本はあったのです。そんなひとつがこの作品で、1983年から花組トップスターを務めていた高汐巴と、二代目相手役になった秋篠美帆の新トップコンビ披露公演。二番手スターには、現在の感覚ですと龍真咲トップ就任時の明日海りおが一番近い、準トップスターとも言える大きな存在だった大浦みずきがいる布陣での上演でした。ということで、こんな機会ですから完全ネタバレでの、ストーリーをまずご覧下さい。

◇STORY◇
現代より数百年後の地球。人類はハイテクノロジーを駆使しドームの中に都市文明を築いていたが、いよいよ資源枯渇が限界に近いことを悟ったナーク(但馬久美)を長とする支配階級者たちは、多くの人類と地球を捨て他の天体に移住する計画を密かに推し進めていた。その為に彼らは「新人類」と呼ばれる遺伝子選択により生み出し、プログラムの細分化と情報の遮断によって、個体特性のみを引き伸ばした、移住計画に必要な駒となる進化型人類を管理、育成していた。

その一人、新人類第一世代の「戦闘要員」であるソーン・ドレイク(高汐巴)は、人間の感情を極度に抑制し、戦闘能力のみを伸ばすよう高度な訓練を受けていたが、抹殺を命じられた政治犯の子供を撃てなかったことから自分の出生に疑問を抱き、自らが戦闘要員として生み出された「道具」に過ぎないことを知ってドームを脱出するも、エアビーグルの故障で不時着。大怪我を負って意識を失う。

そんなソーンを助けたのは、カイト(大浦みずき)とメイ(秋篠美帆)をはじめとした、二百年以上前に文明を捨てて「森」に入った一族の末裔で、地球上には既に死滅したと信じられていた植物と共に「村」を形成して生きていた。いつしか彼らは言葉がなくとも心を伝え合えるテレパシーを有し、植物と同化することで生物反応を消し、ドームの管理から逃れた暮らしを営んでいたのだ。身体が完全になるまで、いたいだけここにいればよいというカイトや、長老のアズ(あごう沙知)らに勧められるままに、ソーンは一族と共に暮らし始める。

木々と語り合い、楽しげに歌い、村の人々と心を通わせるメイに世話をされながら、日々を過ごすうちに、ソーンの心の中で抑制されていた感情が動き出す。やがて長老が逝き、涙を流す人々の中でソーンは一度も泣いたことがない自分をも顧みる。更に、メイを密かに愛していた村の青年スタウト(瀬川佳映)が想いをぶつけてきたことによって、ソーンは「愛しい」という感情にも目覚め、メイに心を開き二人は深く結びついていく。

ところがその刹那、ソーンはドームからの追っ手に捕縛されメイと共に都市に連行されてしまう。ナークたちは、ソーンが反逆した理由と、隠れ住んでいた場所の全容を知ろうとサイコスコープでソーンとメイの心に侵入。多数の仲間と植物の存在に驚愕する。だが一族の秘密を守るために心を閉ざしたメイは、データを取ろうとするサイコスコープによって精神を破壊されてしまう。絶望し共に死のうとするソーンに、同じ「戦闘要員」のカーン(朝香じゅん)は逃亡を勧める。不審に思いながらも、カイトたちの不思議な力があればメイの精神を蘇られせることができるかも知れない、という望みに賭けたソーンは、ドームを脱出し森に向かう。

だが、予想通り後をつけてきたカーンたち戦闘員のセンサーにも、植物と同化しているカイトたちは反応しない。メイを脅すようにして森の奥へと走らせたソーンは、科学的にあり得ない状況に戸惑うカーンに、自分たちはただの道具に過ぎないとの真実を告げる。混乱したカーンはソーンを撃とうするが、その瞬間、突然戻ってきたメイがソーンをかばって撃たれる。たちまちにして辺りに異変が起こり、森の一族に取り囲まれ、恐ろしい苦痛や安らぎという、感情を知らされたたカーンたちを、カイトは二度と我々の領域に踏み込むなと警告して追い払う。けれども瀕死の重傷を負ったメイを助けることはできなかった。ソーンに銃口が向けられた刹那正気に返ったメイは、カイトをはじめ森の一族が止める間もなく、ソーンをかばったのだ。初めて涙を流したソーンをカイトが促し、一族はメイの亡骸と共に更なる森の深みへと消えていった。
◇ ◇ ◇

改めて書き進めてみて、今から35年も前にこの作品を、しかも大劇場で上演していた宝塚歌劇というのも、本当に奥深いな…と感じます。プログラム掲載の作者言にも「アマゾンも近頃はどんどん開発されていて、樹木の量は激減しているとか。東南アジアの密林もしかりです。そのためかどうか、大気中の二酸化炭素の量が増えているそうで、それが異常気象につながっているのかもしれません」という、2020年の今まさに世界が直面している問題がすでに書かれていて、正塚晴彦が見つめていたものを感じさせられます。
更に作者言には要約すると、「人間が幸せに生きていくためには、自然を犠牲にするしかないのか。そうだとしたら、これから先人類は喜びの半面、常に絶望をつきつけられて生きなければいけない。もし、そんなことのない世界があったらどうだろう。植物も人間を含む多くの生物も、一生懸命生きて、誰も飢えたり戦ったりせず、いたわり合いながら生きていける世界があったとしたら、せめて彼らと通じ合える心だけは持っていたい」というメッセージが綴られているのです。
やはりここには劇作家・正塚晴彦の理想がストレートにあって、彼が書き続けて行く物語の数々が持っている「それでも明日はやってくる」「人はこの世界に生まれてきたことだけで既に奇跡だ」という明確なテーマさえが、どこか達観にも思えるほどです。そういう意味でも、作家の大劇場デビュー作品ならではの、あらゆる意味での若さも横たわっているのです。

だからこそ、初めて大劇場でこの作品に出会った時にはかなりびっくりしました。今振り返ると決してそうではないのも更に驚きなのですが、当時としてはまず台詞を話すメインキャストが少なく感じられましたし(今の作品にはもっと少ないものもたくさんあります)、不時着したソーンを森の人々が助けているシーンだとのちにわかっていくオープニングで、「この世に生まれ、同じ空のもと、同じ大地を踏んで生きてゆく」と大浦みずきが語って「心の翼」を歌い始めるバックにいる、「マインド」と役名のついたアンサンブルの下級生たちの緑の衣装は、まさに頭まですっぽり覆われたスピードスケートのウェアさながらのデザインでした。宝塚歌劇で目にするのはかなり稀なその衣装によって緑化された人々が、生命力と同時に抜群の個性にあふれた司このみによる振付で歌い踊るだけでも、まず相当に異色だったのです。

全体の作りも、ひと場面が終わるとカーテンが閉まって、幕前の芝居が続けられている間に本舞台の転換をする…が主流だった時代に、ライトでアクティングエリアを区切って、メインとなる森から、ドームの都市や、ソーンの回想シーンがシンクロして描かれる手法が用いられている斬新なもので、とにかく「なんだこれは!?」感が強くありました。
特に岡田敬二による併演のレビュー『アンドロジェニー』が、宝塚の男役をある意味超越した、中性的な魅力「アンドロジェニス」に正面からぶつかっていった、こちらも異色中の異色作品だっただけに、公演全体を通じて面食らったのも大きかったと思います。ちょうど同じ時期に当時は「実験劇場」と銘打たれていた宝塚バウホールで、ドイツの一公国の公子カールが、ハイデルベルク大学遊学中に宿の娘と愛し合うものの、王位継承の為に悲しく別れるという名作「アルト・ハイデルベルク」を脚色した阿古健脚本・演出、紫苑ゆう主演の星組公演『カール・ハインリッヒの青春』が上演されていただけに、この演目と劇場は逆ではないのか……と、クラクラしたのをよく覚えています。

でもじゃあ『テンダー・グリーン』が所謂トンデモ作品だったのか?と言うと、決してそうではなくて、主題歌が名曲として残るだけの魅力をこの作品は持っていました。私などはこの作品以降、森林や緑の木々を見る目が確実に変わり、植物は共にこの地に生きるものという意識と、愛おしさが改めて芽生えたほどです。作者の想いが何しろストレートで、その想いに正面から胸をつかまれた感覚が強く、最近でいうと作品そのもののテイストは全く似ていないながら、明日海りおの退団公演だった、植田景子作・演出の『A Fairy Tail─青い薔薇の精─』が持っていた精神性に近い気がします。正直、人を選ぶ、好き嫌いの分かれる作品ではありますし、何しろ大劇場のあの大きな空間で、主人公以外の主なメインキャストがテレパシーで会話する人々(つまり台詞が断片的)というのも、相当に無理がある設定ですから、それを押し通した正塚晴彦の若さをやはり思わずにはいられません。けれども、選んだ世界観や手法は別にして、理想の世界を正面から描ける場所=宝塚歌劇の根幹は押さえられていたデビュー作品だったと思います。

その作家の挑戦を支えたのがキャストで、主演の高汐巴は、理想の男性像をカッチリと作り込んでいくことの多い宝塚歌劇の男役としてはちょっと型破りな、力みのないノンシャランとした大人の雰囲気を自然に醸し出せる独特の個性の持ち主で、どんな作品も高汐色に染め上げることのできる懐の深さがありました。それがこうした冒険作品を受け止める力になりましたし、ソーンが森の人々とは異なる世界から来た異質感も自然に表出されていました。
また、退団した若葉ひろみからトップ娘役の座を引き継いで、この公演から高汐の相手役になった秋篠美帆も、まず何よりもの美しさと同時に、技術面ではこれと言った武器を持っていない分、ひたむきに、一直線に、役に体当たりしていく娘役で、そんな彼女にとって、ひたすらに健気なメイ役はトップ娘役披露にピッタリでした。

そして、今もこの名曲と共に忘れえぬ楔を残している亡き大浦みずきは、言うまでもなく宝塚の、花組の伝説を担うダンサートップスター。高汐と共に花組の中核メンバーだったこの時代から、ほとんどの作品でダンスシーンは大浦が中心になっていたと言っても過言ではない存在でした。この『テンダー・グリーン』でも、前述のプロローグから、長老のアズの死、そしてラストシーンへと「心の翼」を歌い踊る大浦のカイトの大きさ、温かさが、自然と共に生きることを選んだ一族の要として輝き、作品の根幹を支えていました。

他にも、ソーンと同じ「新人類」で、ドラマの流れの中では敵でありながらも、ソーンがたどった疑問に自らも気づいていく深みのある役柄カーンの朝香じゅんの、男役として恵まれたビジュアルとスケール感。森の学校の先生であるフィールの宝純子の、如何にも先生に相応しい穏やかな個性と名歌手ぶり。ソーンに「愛」を気づかせる重要な鍵を握るスタウトの瀬川佳映の、実直な演技と定評の高かったダンス力。ドームの支配階級でドーム側の世界観を双肩に担った、ナークの但馬久美の敵方としての存在感など、当時の花組の面々と、それぞれの役柄が、演者の個性にあてて描かれているのが改めてよくわかります。

ちなみにこの公演の新人公演のキャストはソーン・真矢みき、カイト・友麻夏希、メイ・水原環、カーン・安寿ミラ、フィール・三ツ矢直生、スタウト・舵一星という面々で、のちの花組トップスター安寿と真矢は本公演でカーンの部下のコマンダーを演じていましたし、最下級性で真琴つばさ、愛華みれも出演している作品でもありました。

こうして振り返ってみると35年前の作品だとは思えない、現在でも十分通用する世界観の作品だけに、機会が巡り来たら再演してくれないかなと夢想します。「心の翼」が主題歌として大劇場に蘇る日。ちょっと素敵だと思いませんか?

【公演データ】
1985年 宝塚歌劇花組公演
ミュージカル・プレイ『テンダー・グリーン』
作・演出◇正塚晴彦
出演◇高汐巴 秋篠美帆 大浦みずき 他花組
1985年9月20日~11月5日◎宝塚大劇場

【文/橘涼香】

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