望海風斗&真彩希帆コンビ率いる雪組が弾ける!宝塚歌劇雪組公演『20世紀号に乗って』
ミュージカル『ファントム』で絶大な歌唱力を披露した宝塚歌劇雪組のトップコンビ望海風斗&真彩希帆と、雪組選抜メンバーが挑んだブロードウェイ・ミュージカル『20世紀号に乗って』が、渋谷の東急シアターオーブで上演中だ(7日まで)。
『20世紀号に乗って』は、1978年にブロードウェイで初演され、トニー賞5部門を制覇したブロードウエイ・ミュージカル。1930年代のシアトルから全車両コンパートメントの豪華列車「20世紀号」に乗り込んだ個性豊かな人々が、ニューヨークに向かう16時間の汽車旅の中で繰り広げる大騒動と恋模様が賑やかに描かれる。日本では1990年に大地真央主演、宮本亜門演出で初演され、ショーアップを得意とする宮本の演出と、大地の輝くスター性と比類なきコメディエンヌぶりが好循環を生むヒットになった。また、ブロードウエイでも2015年のリバイバル上演がトニー賞にノミネートされるなど、長く愛される作品となっている。今回の雪組公演はそんな作品の宝塚歌劇での初演で、当代一の歌唱力を誇る望海&真彩を擁し、原田諒の演出でシアターオーブに初お目見えを果たすことになった。
【STORY】
世界恐慌から脱した1930年代初頭のアメリカでは、ブロードウェイの劇場街にもようやく活気か戻り、一攫千金を狙う興行師たちがしのぎを削る日々を送っていた。
その1人である、舞台演出家兼プロデューサーのオスカー・ジャフィ(望海風斗)は、かつてはブロードウェイの花形だったが近年ヒット作に恵まれず、シカゴでの公演も失敗に終わり、借金取りに追われる日々を過ごしていた。そんなオスカーから、「シカゴとニューヨークを16時間で結ぶ豪華列車『20世紀号』の特別室Aを確保しろ!」との指令を受けた腹心の部下オリバー(真那春人)とオーエン(朝美絢)は、どうにか先客を追い出して特別室Aを確保。借金取りから逃れ、走る列車の外壁をつたうという荒業で合流したオスカーと共に、車掌のフラナガン(彩凪翔)の取り仕切る20世紀号に乗ってニューヨークへと向かう旅に出る。
そうまでしてオスカーが20世紀号の特別室Aにこだわった理由はただひとつ。隣室の特別室Bに、ハリウッドの大スター女優リリー・ガーランド(真彩希帆)が乗り込んでくるとの情報をつかんだからだった。リリーはかつて名もないピアノ弾きだった頃にオスカーが舞台の主役に大抜擢し、今や銀幕の大スターとなっている女性で、かつて恋仲でもあったリリーを再び自分のプロデュースする舞台に立たせることが、オスカーが窮地を脱する為の唯一の道だったのだ。
だが、オスカーとの恋愛関係が破綻した折のいざこざを深く根に持っているリリーは、偶然を装って再会したオスカーを歯牙にもかけず、現在の恋人ブルース・グラニット(彩風咲奈)との汽車旅に夢中。そんな時、再三のアプローチを撥ね付けられ絶望するオスカーの前に、20世紀号の乗客である製薬会社会長の老婦人レティシア・プリムローズ(京三紗)が、芝居のスポンサーになろうと名乗り出てきて……
これまでの作品群を見ていても顕著に感じられていたことなのだが、比較的硬派な作品を手掛けることの多い作・演出家の原田諒が、最もその真価を発揮するものに、レビュー場面の演出がある。盆や銀橋など宝塚大劇場や東京宝塚劇場の機構をフルに活かしたレビュー場面は、MGM映画華やかなりし頃を彷彿とさせる見事さがあって、『華やかなりし日々』や『ベルリン、わが愛』等、大劇場のオリジナル作品にも大きな見どころを加味する要因になってきた。そうした原田の良い面が、東急シアターオーブ公演のこの『20世紀号に乗って』にも生きていて、原田作品お馴染みの装置の松井るみが、立体的な車両そのものを回転させて瞬時にコンパートメントを出現させると言った、歌舞伎の手法に通じるある意味でアナログかつダイナミックな転換を用いたことが、作品の時代感を高めていて、おおらかな見応えを生んでいる。
衣装の有村淳の1930年代を意識したアール・デコ調のゴージャスなドレスも美しく、それを見事に着こなすタカラジェンヌたちが醸し出す優雅さ、華やかさにも特段の彩りがある。何よりもこれまでちょっとニヒルな香りを持つ個性から、色悪に通じる役柄や、悲劇的な作品を多く演じてきたトップスター望海風斗が、カリカチュアされた可笑しみに溢れたコメディーを実に楽しそうに演じているのは、観ている側にも幸福感を振りまいてくれる大きな要素になったし、『ファントム』からわずかにひと月半で、休憩込み3時間超のタップダンスも満載のブロードウェイ・ミュージカルを立派に完成させた雪組選抜メンバーの地力には、ただただ頭が下がる思いがする。実際、出演者一同の不断の努力なくしては、この公演はとても成立しなかっただろう。その1点を取っても宝塚歌劇の底力が、隅々にまで立ち上る舞台には深い敬意を感じる。
ただ、やはり本来この作品は本邦初演が大地真央主演だったことで明らかなように、ヒロイン、リリー・ガーランドが主役の物語だし、サイ・コールマンの書いた楽曲が総じて非常に音域が広く、更に迫力あるミュージカル唱法を期待している分、女性だけで、つまりは女声だけですべての楽曲を歌う必要がある宝塚歌劇での上演を難しくしている面がどうしてもある。勿論宝塚歌劇のセオリーに乗っ取って、オスカーが立つように細かい配慮がなされているし、本来自ら「三銃士」を自称するオスカー、オリバー、オーエンのトリオに、当初当然そうなるのではないか?と予想していた望海、彩風咲奈、彩凪翔を配置するのではなく、オリバーに真那春人、オーエンに朝美絢を持ってくることで、オリバーとその部下二人という図式にハッキリ落とし込んだのも、影の主役とも言えるほど大きな役柄であるレティシア・プリムローズにエネルギッシュなパワーを持った演者ではなく、敢えて品良くおっとりした貴婦人タイプの専科の京三紗をあてたのも、オスカーを真ん中にする為の周到な目配りなのだと思う。そうした配慮は勿論功を奏しているが、やはり最も華やかにショーアップされたシーンを担うのはリリーの真彩希帆になるし、原田の良さがそうした場面に生きることも手伝って、全体のバランスには宝塚歌劇としての厳しさも残る。
『ファントム』のクラシカルな楽曲では、リリックな歌唱で誰をも黙らせた真彩の輝くソプラノの、そのリリカルな軽さが、パッショネイトな迫力を求めるリリーのナンバーとはもうひとつフィットしないこともあって、努力の跡が前に出ることも、その努力の凄まじさが分かるだけに切ない気持ちが芽生えた。ただ新しい時代の娘役像を感じさせていた真彩が、こうした道具立ての中でやはり「宝塚のトップ娘役」としてのカテゴリーから出なかったのは、逆に美しい発見でもあったし、おそらくリリーをオスカーと対等に演じることに怯まない人材を探すとしたら、近年の宝塚歌劇では昨年退団した愛希れいかくらいしかいなかっただろう。だからこの公演は、似合い過ぎるほと似合う口ひげをたくわえた、余裕綽綽の大人の男の風体の中で、ジタバタと可愛らしさを覗かせるオスカーを、演技巧者ならではの可笑しみで演じきった望海の功績と、その望海に今は立場を異にしている大スター役として体当たりしつつも、ちゃんとトップスターを凌駕しないトップ娘役だった真彩の現雪組トップコンビが、これまでにない役柄で舞台を生きたことを、何よりの美点として記憶したいものになった。このコンビに海外ミュージカルを演じさせたいのは至極最もだし、コンビのコメディーを歓迎した観客の喝采が、舞台を更に弾ませていった相乗効果にも、やはり宝塚歌劇ならではの舞台と客席が創り出す美しい交感がある。
そんな中で、リリーの現恋人ブルースに扮した彩風咲奈の柔軟な軽やかさが、役を更に際立たせている。延々とドアにぶち当たると言ったかなり古いコメディを自在に見せ、ピンクのスーツ姿があまりに似合うだけに可笑しいというのも、彩風がこの役どころに入った故の効果になっている。望海との声の相性もよく、男役二人の掛け合いがよく響いた。
20世紀号の車掌フラナガンに回った彩凪翔も、この役に彩凪が扮しているからこそタップシーンが大きくクローズアップされた結果になったことが、ミュージカルとしての作品の楽しさを深めていて、ポーターの橘幸、諏訪さき、眞ノ宮るい、星加梨杏と共に、まさに殊勲賞の出来栄え。タップの振付に、本邦初演時にこのポーター役の1人に扮していた本間憲一が参加していることも、作品にとって大きな助けになったに違いない。
オリバーの真那春人とオーエンの朝美絢は、運命共同体としてひたすらオスカーを立てていく、忠実な部下の造形で宝塚版の特色を支えている。演技派の真那はもちろん、朝美が『ファントム』の支配人役に続いて、役者魂を感じさせたのも頼もしい。ブロードウェイのヒットプロデューサーとして登場するマックスの縣千が、如何にも売り出し中の新進男役らしい押し出しで目を引くし、レティシアの京三紗は期待された役割に大役を綺麗に収めたベテランの妙を見せた。ドクター・ジョンソンの久城あすもポイントの出番ながら、非常に目立つ役どころを達者に演じていて、中心となる役柄が限られる海外ミュージカルを宝塚の舞台に乗せる為の、見本のような存在になっている。
ただ一方で、同じポイントの出番でも下院議員グローバー・ロックウッドの透真かずきに要求した、太っていて髪が薄いという設定は、宝塚歌劇としては全く的外れで、これは原田に猛省を促したい。こういう身体的な特徴で笑わせようという自体が趣味の良いものではない上に、宝塚歌劇の男役にこれをさせて喜ぶ観客は誰もいない。特に透真はコメディーリリーフに専科から助演をたのんだ人材という訳ではなく、雪組の貴重な男役の1人だけに、観ていて辛いものがあり過ぎた。時によっては女役に回って大役を演じるよりも、群舞で良いからカッコ良い男役姿を観ていたい、という声さえあがるのが宝塚歌劇という世界を愛する観客心理だということを、是非もう1度再確認して欲しい。
そんな透真も含めて、絢爛豪華な列車の装置の前で男役が颯爽と、また娘役が華やかに踊るフィナーレの楽しさは格別で、やはり原田には1度レビュー作品も手掛けて欲しいと思うほど弾む場面の連続。その歌唱力の確かさ故に歌に特化されることの多い望海&真彩のデュエット・ダンスも美しく、最終的に宝塚を観た!満喫した!と思えるマジックに満ちた舞台となっている。
【公演情報】
宝塚歌劇雪組公演
ブロードウェイ・ミュージカル『20世紀号に乗って』
ON THE TWENTIETH CENTURY
Book and Lyrics by Adolph Green and Betty Comden
Music by Cy Coleman
Based on a play by Ben Hecht and Charles McArthur and also a play by Bruce Milholland
“On the Twentieth Century” is presented by special arrangement with SAMUEL FRENCH, INC.
潤色・演出◇原田 諒
出演◇望海風斗 真彩希帆 ほか雪組
●3/22〜4/7◎東急シアターオーブ
〈料金〉S席 8,800円 A席 6,000円 B席 3,000円 (全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉宝塚歌劇インフォメーションセンター 0570-00-5100
【取材・文・撮影/橘涼香】
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