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【植本純米vsえんぶ編集長、戯曲についての対談】『なよたけ』加藤道夫

 

 

 

 

 

 

植本 加藤道夫さん『なよたけ』。こんなに有名なものを今まで通らずにきてしまいましたね。なんでこれやろうと思ったの?
坂口 前にやった木下順二さんの『風浪』がすごく面白くて。戦争行く前に当時の若者が頑張って書いたみたいな状況が似ていて、だからそういう時代の・・・いつ死んじゃうかわからないような若者の作品に興味がありました。
植本 編集長に「ちょっと長いけど」って言われたから覚悟して読んだけど、割とすらすら読めました。
坂口 あ、そうですよね。これ平安時代の話だけど台詞は割と現代風です。「芸術」とかそういう言葉が出てきたりするから読みやすい。

植本 この作品って、以前このコーナーでも取り上げたジャンジロドゥの『オンディーヌ』に材を取ってるんですけど、その『オンディーヌ』自体も100年くらい前にできたドイツの作品から材をとっていてね。巡り巡ってる感じがおもしろいですね。
坂口 そうなんだ〜。
植本 ヒロインが浮世離れしているというか、常識が通じない感じという点では似てますね。
坂口 この世のものではないような・・・、
植本 でね、このコーナーの『オンディーヌ』を読み返してみたの。そしたらやっぱり俺はオンディーヌのことをよく思ってなかったの、この女めんどくさいなって言ってて(笑)。やっぱり「なよたけ」もそういうとこあるな、と(笑)。
坂口 そうね、よくわからない。実在しない人みたいなことも書いてあります。

 

【前文】
『竹取物語』はこうして生れた。
世の中のどんなに偉い学者達が、どんなに精密な考証を楯にこの説を一笑に付そうとしても、作者はただもう執拗に主張し続けるだけなのです。
「いえ、竹取物語はこうして生れたのです。そしてその作者は石ノ上ノ文麻呂と云う人です。……」

【人物】
石ノ上ノ綾麻呂(いそかみのあやまろ)
石ノ上ノ文麻呂(ふみまろ)
瓜生ノ衛門(うりゅうのえもん)
清原ノ秀臣(きよはらのひでおみ)
小野ノ連(おののむらじ)
大伴ノ御行(おおとものみゆき)
讃岐ノ造麻呂(さぬきのみやつこまろ)・竹取ノ翁(たけとりのおきな)
なよたけ
雨彦
こがねまる
蝗麻呂(いなごまろ)
けらお
胡蝶(こちょう)
みのり
衛門の妻(声のみ)
陰陽師
侍臣
その他平安人の老若男女大勢

【合唱隊】
(舞台裏にて、低い吟詠ぎんえい調にて『合唱』を詠うたう。人数は少くとも三十人以上であること)

【時】
今は昔、例えば平安朝の中葉
(加藤道夫『なよたけ』より)

 

坂口 この作品は竹取物語がベースになってます。
植本 そう、この物語の最後で文麻呂が竹取物語を書いた、みたいになるんですね。それは構成として面白いじゃないですか。
坂口 文麻呂はなよたけがいなくなって、お父さんの赴任先の相模の国で、なんとなくぼんやりしてるんだけど、だんだん回復していくみたいな話で、回復したらこの物語を書いたってこと?
植本 そう、終盤の終盤で物語を書いたって言ってるから、竹取物語を書いた、という提示だと思います。
坂口 なるほど。前文の『竹取物語』はこうして生れた。で始まる一文がかっこいいですね。
植本 この作品は文麻呂が竹取物語を書くまでの話、なんですね。

 

【本文】
第一幕
例えば平安京の東南部。小高い丘の上。丘の向う側には広大な竹林が遠々と連なっているらしい。前面は緩い傾斜になっている。
ある春の夕暮近く——
舞台溶明すると、中央丘の上に、旅姿の石ノ上ノ綾麻呂と、その息子文麻呂。
遠く、近く、寺々の鐘が鳴り始める。
夕暮の色がこよなく美しい。

綾麻呂 さあ、文麻呂。時間だ。
文麻呂 なぜです、お父さん。まだです。
(以下略)
(加藤道夫『なよたけ』より)

 

坂口 東国に左遷されていく父と子の別れの場面です。台詞は現代口語調ですね。
植本 ある春の夕暮れ近く。
植本 悪者のポジションで大納言大伴ノ御行って人が後から出てくるんだけど、たぶんその人の策略で石ノ上ノ文麻呂のお父さん綾麻呂が左遷される。
坂口 別れのシーンから始まります。いいですね。
植本 万葉集のくだりとかね。
坂口 おまえは歌なんかよりもっと実学を勉強しなさいって父が言うと、
植本 文麻呂は自分のやってるものはそんな生半可なものじゃないって、万葉集をお父さんに読ませるとお父さんは「あ、こういう歌なら許せるかな」みたいなことになってます(笑)。

坂口 これは全体として音楽劇ですよね。
植本 合唱が随所に出てきます。
坂口 子どもたちの歌とか、それから行者のかけ声みたいなのとかいろいろね。
植本 合唱隊は少なくとも30人以上であることって指定があります。
坂口 劇的にも盛り上がってくるような仕掛けにしています。
植本 幕ごとにいろんな音楽が入ってますね。
坂口 基本的に文麻呂は権力に対して反感を持ってます。
植本 かなりアウトローです。
坂口 世の中のだめさ加減について彼は批判的です。それと、お父さんが左遷されてしまったっていうことと、素敵な女性の恋敵が大納言だっていう。彼が反感を持つ理由がたくさんでてきてますね。

植本 お父さんは任地に旅立つんですけど。そこで友人の清原くんが登場します。いい伏線というか(笑)。
坂口 うまいよね。なよたけのことを好きになるという。その仲をとりもってあげようと文麻呂くんは思うわけです。
坂口 ここで文麻呂の純情さがわかる。最初からあの女イイっていくのとはずいぶん違いますよね。キャラクター付けが上手いですね。じゃあなよたけのいる竹藪に行ってみよう、っていうことで二幕になります。

 

【本文】
(前略)
文麻呂 元気を出せ! 清原! 元気を出すんだ! なよたけと貴様の恋は死んでもこの俺が成就させるぞ!……親父の名誉にかけて俺は誓う!
清原 石ノ上、有難う。……だけど、僕はもう駄目だ。……なよたけは本当に怒ってしまったんだ。………
文麻呂 何が駄目だ! おい、しっかりしろ! 勇気を出すんだ! そんなことでへなへな気が挫けるようでどうする。……戦いはこれからだぞ。清原! 貴様の恋敵が分った! 貴様の恋敵だ! 誰だと思う?
清原 恋敵?
文麻呂 そうさ、清原。……貴様の手からなよたけを奪いとろうとしている憎むべき男がひとりいるのだ。
清原 (その言葉にきっとなり、………むしろ傲然と)それは誰だ!
文麻呂 大納言、大伴ノ御行だ。
清原 えッ!
文麻呂 (快心の微笑をもって)大伴の大納言様だよ。
清原 (全身の力、一時に消滅し、気絶するもののごとく、文麻呂の胸によろよろと倒れかかる。………)
文麻呂 (支えながら、狼狽《ろうばい》し)おい。清原! 清原! 清原!……衛門ッ!

烈しい強風の中に………
(一幕終了)

第二幕 一幕より数日後
第一場
竹取翁(たけとりのおきな、讃岐ノ造麻呂(さぬきのみやつこまろ)が竹籠を編みながら唄う「竹取翁の唄」が次第に聞えて来る。なよたけの弾く和琴(わごん》の音が美しくも妙にその唄の伴奏をしている。わらべ達の合唱が、時々それに交る。
(加藤道夫『なよたけ』より)

 

坂口 このときも竹取翁の歌とか、なよたけの和琴、童たちの合唱が入りますね。
植本 わくわくします(笑)。
坂口 竹藪もしっかり作らなきゃいけない。
植本 指定もいっぱいありますよね。袖幕の指定とか。
坂口 けっこう細かいです。
植本 だからただの読み物じゃなくて、本当に上演を目指してるんですよね。
坂口 凝り性なんだね、彼は。
植本 (笑)!なんか、俺たち軽く片付けてる気がする。
坂口 (笑)で、大納言が「なよたけ」を口説きに竹藪にくるのか。
植本 そう、二人がそれを待ち伏せして邪魔をします。
坂口 大納言はほうほうのていで、葵祭の日に迎えに来るって言い放って逃げていく。というのが第二幕の終わりです。
植本 大納言を竹藪から追い返しました。

坂口 この場なんですけど、なよたけと子どもたちが遊ぶシーンは長いよね。虫がどうのこうのがずっと続くんだもん。
植本 ここ面白かったけど確かに分量としては・・・子ども一人一人のエピソードが続くから。
坂口 いっくら読んでても終わんないから、うっとうしいなってちょっと思っちゃいました。
植本 (笑)だからさ、心血注いで・・・。
坂口 なにを?
植本 心血注いで書いたから(笑)。
坂口 ああ(笑)。でも心血注いで書いたら、心血注いでカットもしなきゃ。
植本 そうだね、その判断は必要だね。
坂口 なんにも出来ないやつが偉そうに言うなって,言われちゃいますね(笑)。
植本 (笑)。

 

【本文】
(前略)
蝗麻呂 僕、蝗をたくさんとって来て、片っ端からお醤油をつけて焼いて食べた。……
なよたけ まあ、むごたらしい!……そんなことをするから、後の世の人達が食べなくてもいいものまで食べるようになってしまうんだわ。……じゃ、こがねまる! お前は?
こがねまる (非常な躊躇)……おら、……おら、……
なよたけ いいから、云いなさい!
こがねまる おら、……いつだったか、お薬鑵の中に黄金虫を一杯つめ込んで、……お湯をかけて、焚火で沸かして、……「煎じ薬」だよってごまかして、胡蝶に飲ましちゃったイ。
胡蝶 (急に思い出して、火のついたようにおいおい泣き出す)
なよたけ 胡蝶! 泣かなくってもいいの! もうこがねまるはあんな悪いことは二度としないわね?
こがねまる (素直に)ん、……しない。
(中略)
なよたけ さあ、それじゃもうここには「あんなあな」はひとりもいなくなった!……もう悪い子はひとりもいなくなった!……みんな黙って、静かーに、お天道様を拝んでごらん!そうして、みんな心の中で何度も何度も云ってごらん!あたし達はみんなお天道様の子です!あたし達はみんなお天道様の子です!あたし達はみんなお天道様の子です………
(加藤道夫『なよたけ』より)

 

坂口 なよたけと子どもたちが戯れてるシーンに「あんなあな」っていうフレーズが何回も出てくるでしょ、あれなんなのかわからない。
植本 俺も読んでて都合の良いように使われてる言葉だなって思ったけど、何か悪いことが起こると全部「あんなあな」のせいにするから。子どもたちが悪いことして虫を殺したりすると、自分に「あんなあな」がついたからだって弁明したり。この後ですけど、途中からなよたけや大納言が「あんなあな」だったりするから。
坂口 よくわかんないですね。
植本 「あんなあな」検索してみたんだけど、出てこないから作った言葉なんだろうなと思います。
坂口 いま検索しても・・・
植本 (笑)。

【本文】
第三幕
第一場
都大路の一廓。……とある辻広場。
葵祭の日の午後。うららかな五月の祭日和である。
舞台の両端には美しい花の咲き乱れた葵の茂みと小柴垣がある。
そぞろ歩きの平安人達が、あるいは左から右へ、あるいは右から左へと、会話をしながら往来する。その他、無言の通行人、行商人等も多勢往来する。
誰も彼もが華やかに着飾り、それぞれ美しい花のついた葵の鬘をかけて、衣裳には葵の蘰をつけている。……
遠くで、神楽の笛がひびいている。街は人々のさざめきに充ち溢れている。
(加藤道夫『なよたけ』より)

 

坂口 で、三幕は葵祭の日、ここで場面の雰囲気がバンって変わります。誰もが華やかで、庶民の会話が出て来ておもしろいですね。
植本 学生同士の会話とか、
坂口 町の人たちの噂話とかね。
植本 このシーンもけっこう長い。
坂口 でもまあ、当時のイメージも少しわかるので、学生の試験問題の話なんかもでてきてね。
植本 そのなかで文麻呂くんが噂話をまき散らしていた。
坂口 「大納言がなよたけを嫁にするために連れてくる」っていう噂話は文麻呂がいろんな場所で噂になるように仕掛けていた。

 

【本文】
女4 (右より)そういうお噂なんですって。
女5 まあ、……大納言様が?
女4 もっぱらよ。
女5 でも、まあ、奥の方のお可愛想なこと!
女4 それに、今度の御相手は、なんでも、竹籠作りのお爺さんとかの娘で、それもまだ十七、八のとんだ賤しい田舎娘なんですって!
女5 まあ、呆れ果てた!……ね、どなたからお聞きになったの?
女4 ……さる御方からね。
女5 ねえ、どなたなのよ。
女4 さるやんごとない御方。……ふふ。……それは秘密。
女5 まあ、憎らしい。(左へ退場)
(加藤道夫『なよたけ』より)

 

植本 文麻呂が大納言の評判を落とすためにね。
坂口 この時点で、清原は文麻呂の過激さについて行けず逃げ出してます。
植本 しかも話の展開も急ですよね清原が抜けて、一方文麻呂はなよたけのことが好きで好きでたまらなくなっていて。
坂口 仲間に指摘されてはっきり自覚するシーンもありましたね。
植本 で、三幕の第三場で意外な展開になります。

 

【本文】
第三場(幻想の辻広場)
(前略)
ひざまずいている文麻呂を前にして、平安人達が男女群をなして取り巻いている。嘲笑、私語。気違い、気違いなどと囁き合っている。……文麻呂の背後には、正装した大納言大伴ノ御行。……
舞台中央には、華麗な御所車が一台止っている。美麗な装飾をほどこした竹簾がかかっていて内部は見えない。

御行 そう云うわけで、皆さん、間もなく皆さんの前に連れ出してお目に掛けますが、あの御所車の内にいらっしゃるお姫様も、やっぱり多少この辺が(と頭に手をやって)どうも、……妙ちきりんなのです。

また哄笑が爆発する。一通り哄笑が終ると、一同は改まって、大納言に慇懃な御辞儀をする。それが済むと、再び私語・囁き。

御行 分りましたかな?……そう云うわけですでな、……こちらにいらっしゃるこのお若い汝夫(なせ)の君と、あちらにいらっしゃるそのお姫様とを、ひとつ、皆さんの前でめあわせてみたらどうか、とまあこう考えてみたわけなのですよ。

また哄笑が爆発する。それから、一同改まって大納言に慇懃な御辞儀。……

男4 大納言様。それは本当に面白いお考えでございます。
女6 本当に面白い思いつきでございますわ。
(加藤道夫『なよたけ』より)

 

坂口 なよたけが乗った御所車が来て、大納言は町の噂話から言い逃れようとなよたけは自分のために連れてきたんじゃない、文麻呂と夫婦にするために連れてきたんだ、って、みんなの前で説明してますね。世の権力者は時代を問わずズル汚い。
植本 ここらへんから文麻呂の妄想が始まっていて、という風にも受け取れます。

 

【本文】
(前略)
なよたけ (やっと文麻呂に気がついて)……文麻呂! (文麻呂の胸にすがりつくと、急に気がゆるんだように、大声を上げて、泣き出す。……)

男女の哄笑、再び爆発。
突然、物凄い電光と同時に、天地の揺らぐような雷鳴。……あたりはみるみるうちに暗くなった。烈しい豪雨が降り出した。男女の群集、恐怖の声を上げて、消え失せる。二人の外には、大納言だけが仰天したような顔をして、残る。
(加藤道夫『なよたけ』より)

 

坂口 この場面は天候の変化が激しい。なよたけは月から来た娘だからかな?
植本 まるで天候を自分で操ってるかのようなね、自然を味方に出来る能力があるのかどうかわからないけど(笑)。
坂口 晴れていたのに一気に雷が鳴って嵐になっちゃうんですね。大納言の言うことを真に受けて二人を嘲笑していた群衆が散っていって、最後大納言も怖くなって逃げる、なよたけと文麻呂の二人だけのシーンになるんですね。
植本 うんうん

 

【本文】
(前略)
御行 (空を見上げ、歯の根も合わぬ震え声)ああ、こ、これは大変な天気になって来た! あ、あなた方も、さ、早く!……なにをそう呑気に抱き合ったりなぞ、しているのです! こ、これはひどい雨だ! さ、さ、あなた方も早く……

再び、前よりももっと烈しい電光と、続いて雷鳴。大納言は叫び声を上げて消え失せる。
二人は何の物音も感じないかのごとく、驟雨の中に、寄り添って立っている。……もう一度最も烈しい電光。……雷鳴なし。
やがて、……
烈しい雲脚が次第次第に薄らいで行く。……あたりがだんだんだんだん明るくなって来た。……
長い間、身動きせず、無言のまま寄り添って、二人は立っている。
再び至福の太陽が雲間から、輝き出た!
雨に濡れて、あたりは金色に輝くごとく……
見よ! 大きな虹があらわれた!
きらきらと輝く御所車の上つかた、斜めに天空へかかっている。
なよたけは文麻呂の胸に埋めていた顔を上げる。なよたけの涙も止った。輝かしい、この上もなく輝かしいなよたけの微笑み。

文麻呂 なよたけ!
なよたけ 文麻呂!

文麻呂はなよたけの胸をかたく抱き締めた。

なよたけ (ふと、訝しげに)文麻呂! なぜなの?……なぜ、あたしをそんなにきつく抱き締めるの?
文麻呂 お前が好きだからだよ! 死ぬほど好きだからなんだよ! もっともっと、つぶれるほど強くお前を抱き締めてやりたいんだよ!
なよたけ 待って! (抱擁から脱れる)ねえ、文麻呂! 聞えない?……わらべ達があたしを呼んでるんだわ! あたしを見失ったわらべ達が呼んでるんだわ!
(加藤道夫『なよたけ』より)

 

坂口 とてつもないラブシーンになってます。二人は風雨なんて感じないで寄り添っていると、段々明るくなって太陽がでて虹がでる。本水とか使うとおもしろそう。
植本 (笑)。
坂口 子どもたちの歌が聞こえてきて・・・なんだけど、なよたけには聞こえているんだけど、文麻呂にはだんだん聞こえなくなってくる。
植本 童たちの、なよたけは大納言の手先だぞって声が聞こえてくるのも不思議だなって。だれが悪者なの?童たちはなよたけの味方だと思っていたらそうでもないのか?って。

 

【本文】
第四幕
第一場

開幕前、「合唱」が低く聞えて来る。

静かに幕があがる——
竹模様に縁取られた額縁舞台。
額縁舞台には緑色の薄紗が幾重にも垂れ下っている。
その奥の方から、竹を伐る斧の音が忘我の時を刻むごとく、ひびいている。……
前舞台、左手より旅姿の石ノ上ノ文麻呂が現れる。しばらくは、耳を済ませて立止っているが、斧の音に吸い寄せられるかのように、額縁舞台の方へ歩み寄って行く。音もなく緑色の薄紗が次々に繰り上って行く。

文麻呂 お爺さん!
竹取翁 (斧を振う手を、ふと止めて、訝しげに、後向きのまま耳を澄ます)
文麻呂 お爺さん!……ここです。ここですよ、お爺さん!
竹取翁 (「そうっと」振りかえって)どなたかな?こんな山奥に……

(竹取翁は姿も声も全く第二幕と同じ讃岐ノ造麻呂であるが、翁の「面」をつけている。話し振りは非常にゆっくりと穏かに)
(加藤道夫『なよたけ』より)

 

坂口 四幕です。額縁舞台、竹模様に縁取られた額縁舞台、ただの竹藪ではない・・・能みたいな感じかな?
植本 そうね、竹取の翁のお面つけてるっていうのも合わせ技なのかもしれませんけど。
坂口 なよたけは竹の中から生まれて月の都からこの世に送られてきた天女だって、翁が文麻呂に言ってますね。
植本 で、まあ、自分はそろそろ死ぬのでこの夢を語り継いで欲しいと頼みます。そうすると、文麻呂の方は、いやいや現実だよ俺たち愛し合ってるし、と言いますね。
坂口 あ、そうか。これは文麻呂の幻想だって思えばなにが起こってもいいのか。
植本 そうです、そんな気がします(笑)。
坂口 翁と文麻呂の長話が終わると、
植本 文麻呂文麻呂〜ってなよたけの声がしてね。
坂口 なよたけは果てしもない夜空の元にいるらしい。
植本 深遠なる宇宙とも書いてあります。
坂口 冴え渡った星空を背景に華麗な衣裳を着てなよたけが立っている。奇妙に清らかな死相を感じさせる。う〜ん。で、激しいラブシーンになります。

 

【本文】
(前略)
二人は肩を寄せ合ったまま、深遠なる星の夜空を仰ぎ見る。

文麻呂 僕達は自由だ。……なよたけ! もう、僕達の幸福を邪魔するものは何ひとつありはしないんだよ。
なよたけ 文麻呂!あたしをしっかり抱いて!文麻呂!あたしをもっとしっかり抱いて頂戴!
文麻呂 どうしたの?なよたけ……
なよたけ 文麻呂!あたし達はしっかり抱き合っていないと、この大空の中にすべり落ちてしまうわ。……どこまでもどこまでも限りなく遠い大空の果まで落ちて行ってしまいそうな気がするの。
文麻呂 (彼女を胸の中に抱き寄せて)何を云ってるんだ、お前は。……
(加藤道夫『なよたけ』より)

 

坂口 いくら幻想的なシーンとはいえ、けっこう生っぽい台詞ですね〜、ここらはしっかりやらないと、恥ずかしい。
植本 でまあ二人が会ってこの先どうするみたいになったときに、お父さんのいる東の国に行こうか、ってなるんだけど、なよたけが体力に自信がとかって。「あたしやっぱりこの竹藪から離れられない、それが運命な気がする」と言い出しますね(笑)。
坂口 女はわがままだからね(編注:個人的な感想です)。
植本 そこに行っちゃうんだ(笑)。
坂口 まあまあ、人間を超えた存在なのかもしれないわけでしょ。というかここでは明らかにそうだよね、夜空を背景に立ってるわけだからね。
植本 それでとうとうなよたけから月ってワードがでてしまうわけです。それで文麻呂が、ああ〜やっぱり月に帰ってしまうのかって思うんですね。
坂口 帰るかどうかはわからないんだよね。
植本 死んじゃうから。
坂口 簡単に死ぬって言ってますよね、具体的な説明はなく死んでるでしょ?
植本 そうです。
坂口 そこらへんも、まあ、まあ、そうなんすかね。
植本 普通だったらここで終わってもいいかな、って感じなんだけど、このあとエピローグ的な場面があります。
坂口 ここまですごく時間経ってるから、見てる人はしんどいですよね。
植本 (笑)難しいんだよね。
坂口 第5幕の30分?は物理的にけっこう辛いと思います。まあ、最後は明るい感じで終わるんですけどね。

 

【本文】
第五幕(終幕)
東国のある丘陵地帯にある石ノ上ノ綾麻呂の任地。約二ヶ月後の七月初旬。
幕が上ると、場面は緑の丘陵が遠々と拡がっている、例えば相模ノ国のある風景。
舞台左手は小高い丘。右手にかけて、なだらかな傾斜が続いている。
丘の頂上には、雑木の丸太で作った粗末な掛台がひとつ。石ノ上ノ綾麻呂がその上に腰を掛けて、前方右手の方を遠く放心したように眺めている。雨雲が晴れる前の、何やら落着かぬ雲行である。
(加藤道夫『なよたけ』より)

 

坂口 文麻呂は東国にいる父親のところに来ていますが、元気がない。
植本 お父さんとしては息子に立ちなおってほしいから、じいやになんであんなことになってるんだと聞くと、恋です、おなごです、と、ね。
坂口 お父さんは妙に納得してるでしょ。
植本 女か〜〜〜って(笑)。
坂口 まあそうなんですけどね。
植本 単純にエピローグとしては長いですけど、作品全体を読んでみるとスケールもでかいし、なるほどこういう話かって思いました。『なよたけ』ってタイトルしか知らなかったから。
坂口 長いけど、なんとか曖昧さも含めたニュアンスを伝えたい、という作者の誠実な気持ちは新鮮ですね。
植本 でも文麻呂くんは幻想なのか妄想なのかわからないけど、なよたけをすごく近くに感じながら生きていくんだろうなって思います。
坂口 そうか、それで彼は竹取物語を書くんですね。
植本 うんうん。本人は割と満足してそうじゃないですか?本人がよければいいのかっていうね(笑)。読めて良かったです。危うく『なよたけ』を知らないまま死ぬところでした(笑)。
坂口 (笑)よかったですね。

#編集部注:合唱など音楽に関する部分は長さの関係で引用しませんでした。興味のある方は青空文庫(無料で閲覧できます)で読んでみてください。あまり経験したことがないようなフレーズをたのしんでいただけるかなと思います。

植本純米

 

 

 

 

 

 

 

うえもとじゅんまい○岩手県出身。89年「花組芝居」に入座。以降、女形を中心に老若男女を問わない幅広い役柄をつとめる。外部出演も多く、ミュージカル、シェイクスピア劇、和物など多彩に活躍。同期入座の4人でユニット四獣(スーショウ)を結成、作・演出のわかぎゑふと共に公演を重ねている

坂口眞人(文責)
さかぐちまさと○84年に雑誌「演劇ぶっく」を創刊、編集長に就任。以降ほぼ通年「演劇ぶっく」編集長を続けている。16年9月に雑誌名を「えんぶ」と改題。09年にウェブサイト「演劇キック」をたちあげる。

 

▼▼▼今回より前の連載はこちらよりご覧ください。▼▼▼

 

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