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【植本純米vsえんぶ編集長、戯曲についての対談】新美南吉『ラムプの夜–学芸会のための一幕劇』

坂口 今回は新美南吉さん。
植本 俺ね、名前をきいてもピンとこなかったですわ。
坂口 『ごんぎつね』を書いた人ですね。
植本 それでわかりました(笑)。
坂口 今回の戯曲はとても短いです。
植本 『ラムプの夜』というタイトルで、副題が「学芸会のための一幕劇」。読んだら15分もかからないです。これ自分が教えていた女学校で公演したんですね。
坂口 それは知りませんでした。この人結構苦労してますね。
植本 家庭環境が複雑でね。29歳(1913〜1943)で亡くなってます。
坂口 まあ、昔はそういう方も少なくはない、宮沢賢治は37歳(1896〜1933)ですかね。
植本 時代は少しズレてるけど、北の賢治、南の南吉って言われることもあって。新美は愛知県の半田市の出身ですね。
坂口 二人とも作品は没後に多くの人に知られますね。そして二人とも自分が教えていた学校のために台本書いてます。
植本 前にやった宮沢賢治の『饑餓陣営』がそうですね。
坂口 はい。生徒にやらせてるわけでしょ(笑)。すばらしい。

【人(登場人物)】 


旅人
法螺吹きの泥棒
少年

【所】
森の近くの一軒家。姉妹にあてがはれた小さい勉強室

【時】 
春になつたばかりの風の夜

(机を向ひあはせて姉と妹が、一つのスタンドの光で勉強してゐる。机上には桜草の鉢がおいてある。)

(風の音)

妹  ひどい風ね。

(汽車の音)

妹  九時の上りかしら。
姉  さうぢやないわ、八時十分の下りよ。
妹  ああ、早くお父さん達帰つていらつしやらないかなあ。

(スタンド消える)

妹  あら、停電よ。
姉  電球がきれたんぢやないか知ら。

(スイツチをひねつて見る)

妹  停電だわ。いやんなつちまふ。
姉  ぢき点《つ》くからぢつとしてらつしやい。

(新美南吉作『ラムプの夜——学芸会のための一幕劇』より)

 

植本 おっとり型の姉としゃきしゃきしてる妹がほぼ出ずっぱりですね。小学校の高学年くらいの設定かな? 姉妹のやりとりが軽妙で性格の違いがはっきりわかって面白い。
坂口 場面は、森の近くの一軒家で、姉妹の小さな勉強部屋ですね。
植本 机に向かい合って勉強しています。
坂口 夜汽車が通りますね。遠く汽車の音って叙情があっていい、ラジオドラマなんかの定番ですね。
植本 警笛なのかわからないですけど、あの音がするとあれは何時の汽車よって時間もわかるし。
坂口 だんだん状況がわかってくるっていうのがね、上手。二人は留守番をしていて、お父さんたちの帰りを待っている。
植本 お父さんはなにしてんだっけ?
坂口 船に乗ってみたいな話が出てくるから。船乗りかな・・・。
植本 二人が勉強してると停電になるんですね、そうすると「お父さんがフランスの横町で買った骨董のランプ」があったのを思い出して、それを点けるというところから始まります。
坂口 「フランスの横町」ですからねぇ。やりすぎじゃねえ?っていうくらいメルヘンチックな話を自分の学校の女学生にやらせてる。
植本 ちょっとマニアックっていうか(笑)。
坂口 ちょ〜っと・・・危ないよね(笑)。でも詩情はただよっている感じです。で、停電してランプを取りにいくんですね。
植本 姉が一回ランプを取りに、はけてます。
坂口 ランプを持ってくる。そうするとここで弟がいたっていうことがわかります。
植本 昔、弟を含めて三人で影絵遊びをしたっていうね。
坂口 っていうのが・・・「ランプをとろうとしたら弟の写真を倒しそうになって、弟もう二年前に死んじゃったね」、っていう話を姉がして、上手に流れを作って状況がわかっていく。基本だよね芝居の。
植本 さりげなく状況説明したいものですよね(笑)。それで昔、三人で影絵遊びしてって、ここからファンタジーが始まります。

 

妹  それよ、きつと。もう二年にもなるのね、ユキ坊が死んぢまつてから。はやいもんだなあ。
姉  あ、それから、ほら、みんなであれをしたぢやないの。
妹  何? あれつて。
姉  ほら、影絵。影絵を壁にうつしたぢやないの。
妹  うん、さうそ。
姉  もう一ぺんやつて見ようか知ら。もう出来ないか知ら。(手をくみあはせて見る)ちよつとその紙で三角の帽子を折つて、のせて頂だい。(妹さうする)ああ、これでいいわ。どつかの、さびしい広野を一人でゆく旅人。
旅人よ、旅人よ
路を急げと
海べをくれば波の音
野末をゆけば蝉の声……
妹  わたしはあんとき泥棒をうまくつくつたわね。
姉  さう。でも、ちつとも悪いことの出来さうもない泥棒だつたわ。手ばつかり嫌に大きくつて。
妹  そんなことないわ。凄味《すごみ》があつたわ。もう出来ないか知ら。(やつて見る)ほら出来た。うまくうつつたでしよ。
姉  何だか鶏を見てびつくりするやうな泥棒ぢやないの。ユキ坊ちやんも何かしたわね。
妹  うん。ユキ坊はいくら指でやつても指がちつちやくてちつとも出来ないもんだから、童話の本の絵を切りぬいて来てうつしたわ。あれが一番上出来だつたわ。

(新美南吉作『ラムプの夜——学芸会のための一幕劇』より)

 

坂口 最初はなんだろうって観客は思いますね。でも途中で、ああ影絵のキャラクターたちが登場してるんだなと・・・、
植本 二人目で気づくと思いますけどね。泥棒が登場するところで。
坂口 そうね。気づくように、気づくように作られていくから賢い人なんだよね、この作家はね。
植本 でも、出てくる影絵達、実体化している影絵達は現実離れはしていて。
坂口 マジカルな感じですね。
植本 きっと29歳で亡くなっててもっと若い時に書いてると思うんだけど、なかなか含蓄のあることを言ったりもしてますね。
坂口 女子高生がやってるわけでしょ? 泥棒役の女の子とか出て来たら結構かわいいと思うんだよ。
植本 それはね、編集長の変態性?
坂口 えーー(笑)。で、最後に亡くなっちゃった子どもの・・・キャラクター?
植本 ゆき坊?
坂口 ゆき坊が作った人形のキャラクターが出てくる。

植本 そうそう。『家なき子』の主人公のルミー少年ね。その子は弟が生きていると思ってやって来て、彼と遊びたかったのに〜って言ってますね。
坂口 ルミー少年は、お姉ちゃんが刺繍を入れたゆき坊の手袋を忘れていきます。
植本 ルミーがその手袋を置いていっちゃうんだけど。後々、あ、これ死んだ弟のだっていうのが出てきて。ネタばらし的なことになるでしょ? それ要らないと思った(笑)?
坂口 全然いいと思いますよこれは。
植本 要は、ここで私たち幻を見ていたのだわっていう。自分達の影絵を見てたんだ、って説明して終わるのだけど。
坂口 いやいやいやこれは言った方がいいんです。
植本 (笑)これはいいんだ!
坂口 いつもは説明的なシーンを嫌がるけどね(笑)。
植本 あ〜そこはいいんだ
坂口 うん、すごくいい。
植本 (笑)。最後にお父さん達が帰って来たらしいところで終わります。

 

妹  おや、これ、見覚えがあるわ。ユキ坊の手袋よ、たしか。
姉  さうね。ユキ坊ちやんのだわ。ここにユキタと糸でぬひとりしてあるわ。これわたしがしてやつたのよ。
妹  ユキ坊の手袋……

(間)

姉  (腰かける)わかつたわ。
妹  あたしにも。
姉  影絵だつたのね。
妹  さう。一番はじめの旅人が姉さんのつくつた影絵。次の泥棒がわたしのつくつたの。そして今の子はユキ坊の「家なき児」だつたのよ。あたし達、幻を見てゐたのだわ。
姉  さうね。

(自動車の警笛)

妹  おや、お父さん達が帰つていらした。

(二人立ちあがる)


(新美南吉作『ラムプの夜——学芸会のための一幕劇』より)

 

坂口 これは彼が演出したの?
植本 わからないけど。
坂口 でもやっぱ女子学校の先生はこういうの書いてほしいな。
植本 (笑)でも逆に、今やるとなったら難易度高いよね。やる方の女学生がこれ渡されてやれって言われたら、自分の中にそんな無垢なものあったっけって中学生でも思うんじゃないかな。
坂口 これは戦前の話だからね。やっぱり時代の空気が違うから。
植本 それは全然違うね(笑)。

植本 あ!これを元にして15分の劇を1時間に伸ばして作劇したって人がいた。
坂口 これを?すごいね。
植本 これを基に書き直しているようだけど。
坂口 引き伸ばせる場面はあると思うけど、これはこれでいいんじゃない?
植本 俺もそう思う。短いのが悪いわけじゃないから。
坂口 そうだよね。よくまとまってるっていうか。なんだろう音楽で言ったら、ピアノの小曲っていう感じで。
植本 そうそう。
坂口 ポロンポロンってやったら終わるって感じが良いですね。
植本 こんなこと言うのは野暮ですけど何が言いたいんですかねこの作品(笑)。
坂口 メルヘンは良いな〜って。
植本 そういうこと?
坂口 だからさあ、自分の生徒にやらせたかったんだよ。
植本 (笑)。
坂口 かなり個人的な趣味だと思うんだなぁ。
植本 ああ、きっとこのときの南吉は幸せだったでしょうね。
坂口 戦前の女学生だったら、叙情があっていやらしくて良い!
植本 (笑)・・・どうした編集長、今日は。
坂口 え、でもこれ読んだときは、普通にメルヘンチックにやってると思ったもん。それはそれで良いと思ったけど、これ女学生にやらせたら、
植本 全員女の子って事ね?
坂口 そう。お芝居が複雑になって、いやらしくて(褒めてます)、いい。
植本 絶対書いてよこれ。
坂口 (笑)当時のね。子達にやらせたら素晴らしいと思うな。宮沢賢治が生徒と作った『饑餓陣営』も良かったけど。
植本 賢治の戯曲も面白かったよ。
坂口 今回は、短くて楽(らく)したけど、面白かった(笑)。
植本 この作品、一応二回読みましたよ。
坂口 僕も。
植本 何か読み落としはないだろうかって。短いだけに(笑)。
坂口 そうだよね(笑)。良かったなあ、と。
植本 良かった。清々しい。空気が澄んでいる作品っていうか、
坂口 自分達と遠く離れた世界があって・・・
植本 いやいや、僕たちの中にもまだあります(笑)。
坂口 ・・・(笑)。

〈対談者プロフィール〉
植本純米
うえもとじゅんまい○岩手県出身。89年「花組芝居」に入座。以降、女形を中心に老若男女を問わない幅広い役柄をつとめる。外部出演も多く、ミュージカル、シェイクスピア劇、和物など多彩に活躍。同期入座の4人でユニット四獣(スーショウ)を結成、作・演出のわかぎゑふと共に公演を重ねている

 

【出演予定】

 

 

 

 

 

 

 

海の音楽劇『プリンス·オブ·マーメイド』
8/5~8@スペース·ゼロ

『赤シャツ』
9/5〜20@Brillia HALL
9/25〜28@森ノ宮ピロティホール

 

坂口眞人(文責)
さかぐちまさと○84年に雑誌「演劇ぶっく」を創刊、編集長に就任。以降ほぼ通年「演劇ぶっく」編集長を続けている。16年9月に雑誌名を「えんぶ」と改題。09年にウェブサイト「演劇キック」をたちあげる。

 

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