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【植本純米vsえんぶ編集長、戯曲についての対談】ギュンター・アイヒ『ザベート』

坂口 ギュンター・アイヒ、ドイツの人ですね。
植本 詩人としても有名な方なんですね。今日のは放送劇集、いわゆるラジオドラマなんですね。彼がラジオドラマを文学の域まで高めたと言われてるらしいですよ。
坂口 1950年の作です。
植本 戦後すぐですね。
坂口 菊田一夫の『君の名は』(編注:52年〜54年)とか。
植本 アメリカ中がパニックになったっていう、『火星人襲来』って、いつ頃なんですかね。
坂口 ラジオドラマの中の臨時ニュースという形で、火星人が来たと報じられたやつですね(探す)1938年ですね。
植本 編集長はラジオドラマって聴いてました?
坂口 子どもの頃は聴いてましたよ。家族揃って、ラジオの前で。『赤胴鈴乃助』(編注:57年〜)とか。余談ですが吉永小百合が出てたらしいですね。
植本 ふーん。

植本 今回はギュンター・アイヒ放送劇集2の中から、僕が先に二つ選んで編集長にどちらかを選んでくださいと。
坂口 はい。
植本 『買収された試験』と今日やる『ザベート』ってやつなんだけど。編集長は『ザベート』を選ぶだろうな、と思ってました。でも二人で対談するにあたって話しやすいのどっちかなと思ったら、『買収された試験』の方なんですよね。
坂口 僕もそう思いましたよ。『買収された試験』はまさに戦後の日本に置き換えてもいいような。物資不足の世の中で、生徒が先生に賄賂(大量のコーヒーとバター)を渡して、
植本 試験の点数をごまかしてもらって卒業して、そのあと先生が悩むみたいな。
坂口 これはものすごいわかりやすかった。でもやっぱり選んじゃいけないなって思ったんですよ。
植本 話しにくい方を選びましたね。編集長なら当然だと思います。
坂口 『ザベート』っていう作品なんですけど、話しにくい以前によくわかんない。
植本 あ、そう。
坂口 なんか自分の気持ちの中になかなか・・・おちてこない。「え〜〜そ〜?」みたいな。どうですか?
植本 (笑)これラジオドラマなんですけど、極めて映像的っていうか。もちろんラジオだと想像力を掻き立てられると思うけど。例えば影絵とかでもいいだろうなって思った。絵本でもいいかもね。

坂口 ちょっとその・・・どんな話かっていうのを簡単に言ってくれません?
植本 俺が?(笑)。まあ、小学校の教室でエリーザベトという女の子が突然ね「喋るカラスをみた」って言って。同級生たちがざわざわしてる中でね。女の先生が、ちょっとこの子見過ごすわけにはいかないと。

 

【本文】
(前略)
エリーザベト ううん、わたし何も言ってない。
子ども 言ったわ! わたしたちのところにも大ガラスがいて、人間みたいに話せるって。
女教師 そんな馬鹿な! いいえ、そんなものはいません。あなた、本当にそんなことを言ったの、エリーザベト?
(静寂)
自分で考えただけなんでしょう?
エリーザベト 違うわ。
女教師 (笑いながら)そういうの見たことあるのかしら、そういう大ガラスを。それに話すのを聞いたことがあるの?
エリーザベト はい。(騒ぎ)
女教師 静かに! どんな姿をしていたか話してちょうだい、エリーザベト!
エリーザベト 黒くて大きくて。
女教師 どのくらい大きいの?
エリーザベト すごく大きいの。ちょうど先生ぐらい。ううん、もう少し大きいかな。
(『ザベート』ギュンター・アイヒ/松籟社刊より引用)

 

植本 家庭訪問しなきゃってなって。田舎なんですよね。エリーザベトの家は農家なんですけど、行ってみると自分も大ガラスに出会ってしまい気絶してしまいます。
坂口 お父さんもお母さんも割と普通にザベート(大ガラス)と話をしてますよね。もちろんエリーザベトもね。
植本 で、女の先生は「これは記録にとるか」って。(笑)この女の先生面白いですよね。野心家なの?
坂口 はい。
植本 このことを記事にできたら私は出世街道にのるかもしれない、って言って。先輩の校長先生に「カメラマンとして同行してもらう」と。それで校長先生も大ガラスに会う事になるんですけど。
坂口 でね、校長先生は記録として現場で写真を撮るんですけど、全ての写真に大ガラスだけが写っていない。

坂口 作者がね、何を意図してこの物語を書いたのかなって、ちょっと思うじゃないですか。でも実際は作者は・・・
植本 上手に逃げてるでしょ?(笑)。
坂口 特別に意図してない、みたいな。
植本 みんな、あの大ガラスは何を象徴しているんだって質問するけど、私はそれに答えるつもりはない。だって私は大ガラスを見たことがあるからって(笑)。
坂口 ザベートに家族が会っているシーンとかは割とストレートに仲良くしたりとか。エリーザベトが一箇所だけ、
植本 小学校の女の子ね
坂口 が、一緒に空を飛ぶシーンがあって象徴的なシーンですけども。
植本 ザベートの足につかまってね
坂口 青くて暗いけど
植本 輝く闇、ね。

 

【本文】
(前略)
エリーザベト(飾り気なく自分で作ったメロディで歌いながら)
森の大ガラスさん、
畑の大ガラスさん、
家の大ガラスさん!!
(大声で呼ぶ)ザベート! ザベート!
(こだま)
ザベート (遠くから近づいて)エリーザベト! エリーザベト!
エリーザベト あなたね!
ザベート 飛ぼうよ、エリーザベト。
エリーザベト 飛ぶって? あなたは飛べるけど、私は飛べないわ。
ザベート ぼくの足につかまってごらん!
エリーザベト いいわ。
ザベート しっかりつかむんだよ! それから、注意して聞くんだよ、飛び立つ前にぼくが君の名前を呼ぶからね。
エリーザベト どうして?
ザベート あとで君が笑えるようにだよ、エリーザベト。君にはいつも笑っていて欲しいんだ。(大声で)エリーザベト!(羽ばたく音)
エリーザベト あら、もうあなた飛んでいるのね。
ザベート 二人で飛んでいるんだよ。怖い?
エリーザベト いいえ、でもここはどこなの、ザベート?畑も樹木もすぐに見えなくなってしまったわ。ここはどこ、ザベート?
ザベート 質問しないで! 何が見える?
エリーザベト なんにも。
ザベート ほんとうになんにもないかい?
エリーザベト まわりは青くて暗いわ。あんまり青くて暗いから、まぶしいくらい。
ザベート こんなにも青くて暗いんだよ、永遠の世界は、エリーザベト。
(『ザベート』ギュンター・アイヒ/松籟社刊より引用)

 

坂口 それが一つの象徴的なイメージにはなってるけど、あとは農作業したり。
植本 そうなの。お父さんの手伝いをしたりね。
坂口 奥さんと「存在とは?」みたいな会話をしたりしてるでしょ。
植本 僕がやっぱり一番印象に残ったのはザベートが人間と交わる、親しくなることによって色んなものを失っていく、ってことかなって思うんですけどね。
坂口 この物語の中の曖昧さを、どう受けとめたらいいのか。自分でもよくわからないんですよ。話はね、農夫たち一家と仲良くしていた大ガラスがいなくなっちゃった。とってもわかりやすいですけどね。でも全体的にはもやもやした。野暮は承知で聞きますが、これは狙いなんですよね?
植本 うーーん、そうなんじゃない? 特にラジオドラマってことを考えると、例えばこれ夜放送してそのまま「なんだろうあれ」って思いながら寝てほしいとか(笑)。

植本 最初ね、大ガラスがいっぱいいて、もしかしたら全部で一つかもしれないっていう考え方が・・・。この作家、大学で中国文化を専攻していて、東洋思想がちょっと入ってるって何かに書いてあって。全体が個、個が全体、みたいな考え方もあるのかなって思いますね。それらがはみ出した時にどうなるのか、意思疎通ができなくなるっていうね。
坂口 ザベートも自分しか見えなくなっちゃたって、言ってますよね。
植本 向こうから自分は見捨てられたっていう考え方かな。
坂口 それはなぜかといったら、人間の言葉を覚えて、覚える先から、忘れていくことになって。
植本 覚える=忘れるってことを覚えたっていうことで、それによって今まで一度も感じてなかった不安とか恐怖とかを感じるようになった。自分は見捨てられたんじゃないか、とか。それまでは考えたこともなかった。

坂口 これラジオで聴いててわかるかなぁ。なんか暗示的ですよね。
植本 ね。当然さ、この人ドイツだから、ナチスとかも体験してると思うんですよ。
坂口 50年だから、ちょうど戦争が終わった後ですよね。
植本 この人アメリカの捕虜になってるでしょ?
坂口 そうらしいですね。
植本 で、この人あんまり資料がないんだけど、誰かが書いてた中には、最後までナチス寄りだったことをオープンにせずに死んでいった人って書いてる人がいて。どうなんだろう、本当のところはわからないけど。
坂口 まあ、あの時代にドイツで生きていたら、多くの人が表面的にはナチス寄り、だよね。日本でも同じようなことがいえると思いますけど。
植本 まあね。
坂口 作家として、その件について一言あって然るべき、ということでしょうかね。

植本 22年前にギュンター・アイヒの『夢』っていう芝居に出ました。KERAさんの演出でね。貨物列車にずっと閉じ込められてる家族の話なんですけど。この本もそうですけど、釈然としない部分があって。夢って釈然としないじゃないですか(笑)。つじつまが合わない。
坂口 だから夢なら夢でオッケー。でも夢オチにしない根性がこの作家にはあるわけでしょ、そこは大切で、読んでて素敵だなって思うんです。ああ夢だったんだ、じゃ嫌だから。これ妙に現実味をおびた話でもあるでしょ。
植本 そうですね。
坂口 ザベートのことを理屈で分かろうとする先生たちが、彼のことを一番理解できない存在で、農夫のお父さんと奥さんはある程度理解できる。それで、小学校の娘さんはもっと理解できてる、というか仲良くなれてるっていうのは・・・。
植本 象徴的ではありますね。ザベートを通して、ある世の中のポジションっていうか、そういうのを見せているのかなあ、という風にもちょっと思えて。
坂口 だからこの作品、上手な演出家がやれば別の事でカタルシスが作れると思うんですよ。なんだかわかんなかったけど面白かったねって。
植本 認識のズレとかでね(笑)。
坂口 最後に「第九章エピローグ」の一部をご紹介しましょう。

 

【本文】
(前略)
女教師 ザベートがわたしたちのところにやってきたあの頃と同じ冬。全てはいつも通り、農夫たちは雪に覆われた庭先に座り、雪が降り、木々は枯れている。黒い客たちの情報は広がらなかった。時々、悪魔が姿を現した、などと言われることもあるが、その噂がどこからでているのか知るものは僅かにすぎない。
(中略)
外に雪が積もっているこの頃、授業中だというのに、彼女はよく席を立ち、窓辺に行くことがある。見ていると、白い霧の中に目を凝らし、どこかに降り立ったカラスの群れを見詰めているのだ。わたしはこの子をびっくりさせたくないので、声を落として呼ぶ。
「エリーザベト!」
すると、彼女は振り向いて私を見つめる。動物のまなざしのように荒々しく、しかも悲しげに。
(『ザベート』ギュンター・アイヒ/松籟社刊より引用)

 

坂口 で、今回の結論は、なんて言えばいいのかな?
植本 え?(笑)。編集長の心にあんまり響かなかった。
坂口 ちょっと違うかな。読んでよかったなあっていう・・・
植本 ほんと〜?
坂口 最近4コマ漫画しか読まないので、そういう人間にとってこの作品に対応するのは、なかなか手強かった。
植本 4コマ漫画の奥深さに行ったわけだ。
坂口 (笑)。なので、けっしてつまんないとは思ってないです。
植本 この時期、リーディングとか朗読とかで素材を探してる方いっぱいいるので、そういう方は一読していただければな、と。
坂口 あ、そうですね。
植本 やりようによってはすごい想像力を掻き立てられる。
坂口 作り手の腕のみせどころですね。
植本 素材としてはとても良いと思います。

 

〈対談者プロフィール〉
植本純米
うえもとじゅんまい○岩手県出身。89年「花組芝居」に参加。以降、老若男女を問わない幅広い役柄をつとめる。主な舞台に東宝『屋根の上のヴァイオリン弾き』劇団☆新感線『アテルイ』こまつ座『日本人のへそ』など。

 

 

【出演情報】
ケムリ研究室 no.1『ベイジルタウンの女神』
作・演出◇ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演◇緒川たまき 仲村トオル 水野美紀 山内圭哉 吉岡里帆 松下洸平
望月綾乃 大場みなみ 斉藤悠 渡邊絵理 依田朋子 荒悠平
尾方宣久 菅原永二 植本純米 温水洋一 犬山イヌコ 高田聖子
9/13~27◎世田谷パブリックシアター
10/1~4◎兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
10/9・10◎北九州芸術劇場 中劇場
http://www.cubeinc.co.jp

坂口眞人(文責)
さかぐちまさと○84年に雑誌「演劇ぶっく」を創刊、編集長に就任。以降ほぼ通年「演劇ぶっく」編集長を続けている。16年9月に雑誌名を「えんぶ」と改題。09年にウェブサイト「演劇キック」をたちあげる。

 

▼▼▼今回より前の連載はこちらよりご覧ください。▼▼▼

 

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