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【一十口裏の「妄想危機一髪」】第77回 最後の戦い

俺は誇り高き、タムラムヤーの末裔。
ヤーは少数民族の一つ。
つまりヤーの、タムラムだ。

田村は、そう告白した。
あれは、大学1年の夏だった。

田村の住むボロアパートに入り浸っていた俺は、
サークルの合宿に行くつもりがないという田村の言葉を聞き、
驚愕して田村に食ってかかったのだ。
何故なら1年は俺一人で。
いや、小池とかいう気持ちの悪いのが居るには居たが、
そんなのとは一緒に行きたくなかったし、
俺は田村と一緒に行きたかったのだ。

だから俺は田村に食ってかかった。
ゲームのコントローラーを投げ捨て、
マンガを読んでいた田村の背中に突進し、
思いっきりタックルを食らわせた。
なんでだよなんでだよと、田村の上半身を振り回した。
互いのメガネがずり落ちて、それでも何も言わない田村を、
俺はとにかく振り回した。

その時だった。
無理やり立ち上がった田村は、
脱げかかったズボンを細かく左右に揺らしながら上げたのち、
俺にそう、告白したのだ。
互いのメガネがうっすらと曇る熱気のなか、そう、告白したのだ。

そうして田村はゆっくりと、俺に語り始めた。

ヤーは弥生時代に大和王朝が開かれるより遥か昔から、
高度な文明を誇っていた。
その人数、およそ5名。
いわゆる、ターラムの神々……。

田村の声は、とても静かだった。

彼らは8畳程の小さな土地しか持たなかった。
そんな我々ヤーは、他民族からの迫害を避け、
ターラムの神々を祀ったその地とその血筋を、
密やかに密やかに、守ってきた…。

はあ?

何の話か分からず、俺は、はあ?としか言えなかった。
しかし田村はここで、俺をキッと見据えた。

それが、この地だ。
我々はこの地を、死守してきた。

俺は部屋を見回した。
田村はいったん唇を噛み締め、続けた。

しかしその所有はなかなか、叶わなかった。
時代がいくつも移り変わり、その法的所有車が何度変わろうとも、
我々は…、家賃を払い…、そこに、住み続けた…。
本来、我々の土地であるはずのこの8畳に、…毎月、家賃を。

うなだれて、そう言いおわった田村は、
この部屋の8畳の畳を見据えた。
いや実際には、マンガの詰まった本棚とボロボロのタンスと衣装ケース、
テキトーに畳まれた布団の合間から見える、2畳ほどのスペースだったか。

ああ…この神聖なる1丁目6番地の2。
ここに全てのヤーの先祖が眠っている…。
そしてそれが、祭壇だ。

え、これ、タンスじゃねえの?

田村の指差した方を見て、俺は思わず言った。
しかし田村は俺を無視して、話を続けた。

両親はとうの昔に、その祭壇に眠った。
半月前に死んだ兄ちゃんも、そこに葬った…。
そしてこの俺こそ、その最後の末裔。
今は俺しかヤーは居ない。つまり、最後の一人だ…。

田村のいつものくぐもった声は更にくぐもり、
いつもの荒い鼻息は、更に荒くなった。

この部屋にはちょっと大き過ぎるタンス。
古くて、ちょっと湿気た匂いのするタンス。
その前で多分、田村は涙ぐんでいた。
曇ったメガネでよく見えなかったが、
多分、田村は涙ぐんでいた。
田村の声は少し震えていた。
震えた声で続けた。

だから俺は、立ち上がろうと思う。
紀元前約10世紀頃からずっと日陰の身だった、
嘘をついてきた、それを余儀無くされてきた。
我々は3千年もの長きに渡り、この世界から無き者とされてきた。
しかも、この誇り高きタムラムが多民族に…、月、7万もの、家賃を…。

俺は再度、部屋を見渡した。
ボロアパートにしては確かに高い。
でもそれは、駅近物件だからで。
人気の路線の人気の駅の、駅近物件だからで。

しかし時は来た。今こそ、俺は立ち上がる…。
誇り高き民族、タムラムヤーの解放のために…!

田村は続けた。
続けて、時に裏返るほど、声を荒げていった。

我、タムラムの戦士…!
武器を持って死を恐れず、何者にも立ち向かう。
ヤー、ターラム! ヤー、ターラム!

低い天井にぶら下がった黄ばんだ電気の傘を揺らして、
田村は拳を振り上げた。何度も振り上げた。

その度に柔らかくなった床が沈んで、田村も俺も一緒に揺れた。
その振動の残る中、俺は続く田村の言葉を聞いた。

だからごめん。合宿はいけない。
大学もやめた。バイトもやめた。
もう遊べない。さようなら。

田村はきっぱりとそう言った。俺は慌てた。
大学も辞めたとは。信じられない事だった。

俺は田村の両肩を掴み、何を言ってるんだと叫んだ。
互いのメガネは完全に曇りきり、互いが全く見えなくなった。
それでも田村はそのまま続けた。

無茶は承知だ。だがそれでいい。
死をもって、我々タムラムの誇りを世界に示す。

いや、そんなことはどうでもいい。
いや、そんなことは大学を出て、それから考えればいい。

俺はいつの間にか号泣していた。
大学に入って出来た、唯一の友達、田村。
一生の友達になるはずの、田村。
それが何を言い出すのか。

タムラムの男の平均寿命は、それほど長くないんだよ。

しかし田村はそう言って俺を振り払うと、
タンスに向かい、その引き出しを開けた。

あっ、やっぱりそれってタンス…

ターラムの祭壇は、タンスとしても使用できる。

田村はそう言うと引き出しを上から順に開け始めた。
開けて何かを探し始めた。
俺はそれを見つめるしか出来なかった。
そして、やっぱりそれってタンスじゃないかと思った。

しかし一番下の引き出しを開けた時だった。
部屋中に信じられない、
甘いような酸っぱいような臭いが広がった。

あ、兄ちゃん……

田村はそう呟いたまま、動かなくなった。
あまりの悪臭に、俺は思い切り嘔吐いた。

嘔吐きながらも恐る恐る、半歩近づき覗き見れば、
そこには確かに、腐敗しつつある、人間の身体があった。
そしてその下には、白骨化した人骨らしきものが、
幾重にも折り重なっているように見えた。

あれは、何なのだろう。

あれが、3千年もの長きに渡り、
祭壇に葬られてきた、田村の先祖たちなのか。

この8畳の地に生きてきた、田村の先祖たちなのか。

俺の身体は震えた。

動かない田村の背中を斜め後ろから見てみれば、
田村の背中は驚くほど静かに、深い呼吸をしていた。
いつも荒かった鼻息の音は、まったく聞こえなくなっていた。

兄ちゃん、俺、やるから。

初めて聞くハッキリとした力強い声で、田村は言った。
そして、その引き出しに肘まで手を突っ込んだ。
俺は更に嘔吐きながら、涙も鼻水も止まらなくなっていた。

田村はその悪臭の中から、何やら黒い物体を引っ張り出した。
あれは、テレビのニュースか映画でしか見た事のない、
ずっしりと重い機関銃。

田村はそれを、肩に掛けた。

おい、やめろ!

俺は衝動的に田村に体当たりしていた。
闇雲に田村を叩き、引っ掻いていた。

なんでそんなこと、なんでこんなこと、
大学に行こう!合宿に行こう!一緒に!

俺は倒れた田村にしがみつき、噛みつき、くすぐった。
無我夢中で田村を、捏ねくり回した。
そうして、その手から離れた硬くて重い機関銃を、強く抱きしめた。

こんなのダメだー!

気づけば俺は立ち上がり、田村に機関銃を向けていた。
構え方は分からなかったが、銃口は真っ直ぐに田村に向いていた。

水滴となった蒸気が、二人のメガネの曇りの上を、滴り落ちた。
田村の真っ直ぐな目が、俺を捉えた。
俺も真っ直ぐに、田村を見つめた。

俺は自分に言い聞かすように言った。

冷静になれ。

俺は更に機関銃を高く構え、田村に銃口を向けた。

俺は二人でダラダラと過ごす、いつもの夏の日に戻りたかった。
平和過ぎて、平和過ぎて、暇で暇で仕方のない夏の日に戻りたかった。

そうだ、平和でいよう。こんな事は止めよう。こんな事は良くない。
きっと何の解決にもならない。ひとも自分も傷つくだけで。
だから俺は少しずつ、田村に近づきながら言った。

な。止めよう、こんな事。
きっと良くないに決まってる。そうだろ?

俺はいつもの田村に戻って欲しかった。

ほら、ピザのクーポンだ。お前、腹が減ったろ?
ちゃんと取っておいたんだ。さあ、何にしようか。

俺は出来るだけいつものように言った。

また、何とかクアトロにしようか。四つの味が同時に楽しめる。
だから。な? 今日もピザに

ヤー、ターラーム!!

その瞬間、耳を擘く田村の声がアパート全体を揺らした。
同時に田村はギンガムチェックのシャツの前を引き裂いた。
開け広げたられた田村の腹には、グルリと巻かれたダイナマイトがあった。

あ。

そう思う間もなく、
ポケットから出したライターで、田村はそれに火をつけた。

そうしてその夏、田村も俺も、アパート諸共、一気に吹き飛んだ。
誇り高きタムラムヤーの歴史が、人知れず終わった、夏だった。

 

【著者プロフィール】一十口裏
いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長

げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。
意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。
また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。

【公演情報】
げんこつ団『 パ セ リ 』
2019年11月14日(木)〜11月18日(月)@駅前劇場
脚本・演出/一十口裏 振付・演出/植木早苗
出演/
植木早苗 春原久子 河野美菜 池田玲子 望月 文 三明真実
皆戸麻衣 丹野 薫 し じ み 三枝 翠 天笠有紀 藤岡悠芙子

久しぶりに帰った実家で、母と パ セ リ はどう暮らしていたのか。
自ら電ノコを持った母を、止められぬ娘たちと押し黙る パ セ リ。
解体されていく家と家族は、迫り来る日本の住宅事情に飲み込まれ、
やがて再生に向けて動き出す。

~様々な老若男女を変幻自在に演じ分ける女優達による家屋ナンセンス喜劇~

げんこつ団公式サイト
http://genkotu-dan.official.jp/

 

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