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悠久の歴史をつなぐ物語にスターのリレーを重ねた、紅ゆずる主演の宝塚歌劇星組公演『鎌足─夢のまほろば、大和し美し─』上演中!

本年10月に退団することを発表している宝塚歌劇星組トップコンビ紅ゆずると綺咲愛里による飛鳥ロマン 楽劇 『鎌足─夢のまほろば、大和し美し─』が日本青年館で上演中だ(25日まで)。

『鎌足─夢のまほろば、大和し美し─』は、飛鳥時代に大化の改新の中心人物として名を残す中臣鎌足の、波乱に満ちた生涯を描いた生田大和の新作。この時代の出来事を記した「日本書紀」に代表される書物の数々は、基本的には「勝者が描いた記録」であり、あくまでも勝者に都合の良いように物事が歪曲して描かれているという、歴史を学ぶ上での謂わば常識の上に立って、尚受け継がれる心のリレーを、生田が星組の歴史をつないでいく紅に重ね合わせた作品になっている。

【物語】

飛鳥時代。留学先の唐より帰朝した僧旻(一樹千尋)の学塾には、大陸の文化・学問を学ぶ多くの貴族の子弟が集っていた。その中に代々神祇官を務める中臣氏に生まれた鎌足(紅ゆずる)がいた。彼は生まれに支配された人生を抜け出し、自由に生きていきたいという熱い想い断ち難く、神祇官となるべき修行の時間を縫って、学塾に通っていたのだ。だがその為にしばしば授業に遅れてくる鎌足を、高貴な身分の子弟たちが責め立てた時、鎌足を庇ったのが大臣蘇我蝦夷(輝咲玲央)の嫡男・入鹿(華形ひかる)だった。生まれた家に縛られる世を憤る鎌足に、入鹿は「ならば世を変えれば良いではないか、その為に自分は大臣になる、それが自分の志だ」と説く。入鹿の言葉に「改新の志」に目覚めた鎌足は、いつかくる自分達の時代への理想を入鹿と共にし、友情を育んでいく。そんな鎌足を幼馴染の車持与志古郎女(綺咲愛里)は、「 与志古は強い殿方が好きです」と鼓舞し、励まし続ける。
やがて舒明天皇が崩御。皇后である宝皇女が皇極天皇(有沙瞳)として即位し、大臣の位も蝦夷から入鹿へと受け継がれる。いよいよ自分達の理想の時代を創る日が訪れたと胸を躍らせる鎌足だったが、意に反して入鹿は独裁的な政を次々に断行していく。その裏に女帝として孤独な日々を送る皇極帝への入鹿の熱い想いがあることを知る由もない鎌足は、圧制に苦しむ民の姿に遂に自らが立ち上がり、理想の世を創るという志を貫くことを決意。その成就の為、皇極帝の長子・中大兄皇子(瀬央ゆりあ)に近づいていき……

飛鳥時代を描いた宝塚歌劇の作品と言えば、やがて「壬申の乱」へと発展していく中大兄皇子と大海人皇子兄弟の争いに、歌人額田女王をめぐる確執を絡めた、『あかねさす紫の花』を筆頭に、その「壬申の乱」ののち、後継者争いに巻き込まれて果てる大津皇子の悲劇を描いた『あしびきの山の雫に』、更にのちの皇族と藤原氏の争いの中の、皇族の安宿王と藤原氏の娘・安宿媛の悲恋を描いた『たまゆらの記』と、70年代~80年代、劇作家柴田侑宏が「万葉ロマン三部作」との意図で書いたと語っている作品群が名高い。特に『あかねさす紫の花』は、明日海りお主演による博多座公演が昨年5月に行われたばかりで、それまでにも再演が多く、宝塚歌劇の人気演目のひとつとなっている。更に、この中大兄皇子に倒された側である、蘇我入鹿を主人公にした『飛鳥夕映え─蘇我入鹿─』が2004年に柴田作、大野拓史演出で上演されていて、同じ改革の為の政変、クーデターを逆の立場から見た時の、その見え方の違いにはひと際新鮮なものがあった。「大化の改新」自体が、のちの世の評価に諸説あるものだし、この時代の歴史書である「古事記」「日本書紀」が、入鹿暗殺の報を受けた父・蝦夷が大邸宅に火をかけ自害した折、『天皇記』など数多くの歴史書が失われた為に、中大兄皇子=天智天皇の没後、「壬申の乱」を経て天武天皇となった大海の皇子の命により編纂されたもので(近年、この定説にも記述の矛盾から、編纂は更に後の時代ではないか?という説が出ている)、明らかに天武帝の側に立った記述が見られるなど、有り体に言えば真実がどこにあったのか知る由もない時代だからこそ、創作の翼が羽ばたく余地には非常に大きいなものがある。

そこに着眼した生田大和が、宝塚では柴田の独擅場とも言えた飛鳥時代を新たに描き出すにあたって、蘇我氏の下で歴史書の編纂に当たっていた天寿光希演じる船史恵尺と、鎌足と入鹿が通った学塾の塾長、一樹千尋演じる僧旻をストーリーテラーに据え、僧旻の語る「真実」を、それは「歴史」には不要のものだと船史恵尺が破り捨てる、という大胆な外枠を作品に創っているのがまず面白かった。これはつまり「ここに描かれる中臣鎌足を巡る物語は史実ではありません。フィクションです」と言い切ったに等しい設定で、もう冒頭から話がそう展開される以上、鎌足というのはもう少し権謀術数を駆使する策士のイメージだな…等の個人の刷り込みや、まして先行する柴田の手による傑作群と描き方が全く違うことも、当然だと素直に納得させられる。

それでいながら、鎌足と入鹿が学塾で机を並べていたことや、鎌足と中大兄皇子との蹴鞠の席での出会いなど、非常にポピュラーに知られているエピソードはきちんと織り込んでいるので、作品を観ている間にはこの壮大なフィクションが真実であるかのように錯覚させられていく力もある。何よりも鎌足と入鹿が青雲の志を持ち、理想に燃えていた日々から実際の行動が逸れていく理由に、「愛」を求めたのがこのフィクションを「宝塚歌劇」に仕上げた根幹になった。

入鹿が血塗られた粛清に走るのは皇極帝への愛故、その入鹿の暴走を留めようと鎌足が決起するのが民への愛故、更に息子である中大兄への母の愛故に入鹿を裏切らざるを得なかった皇極帝が、自分の愛を追い込んだ鎌足に恨みを抱き、その恨みによって追い詰めれた鎌足が志とは異なる道を進まざるを得なくなるのも、愛する者を守る為…、と続いていくドラマの全てに愛があるのが利いている。若き日に抱いた崇高な志を、大人になって曲げなければならないのは、世のほとんどの人々が経験していることだが、その決断が愛の為だったという姿を描くのに、宝塚歌劇ほど相応しい場所はない。特に、時の流れの中で変容を続け、何が真実なのかは永遠にわからない「歴史」にあって、変わらぬ志と愛だけは確かに次代につながれていく、その想いのリレーこそが歴史の真実というテーマが、星組のトップスターとして受け取ったバトンを、次世代につないでいこうとしている紅ゆずるその人の「今」にまるごとつながる美しさには比類のないものがあった。退団公演をあとに控えたトップスターの、所謂「プレさよなら」と呼ばれる公演に、実に相応しい作品を生田が書いたことは、紅にとってはもちろん、宝塚歌劇にとっても喜ばしいことに違いない。

そんな作品で、中臣鎌足に扮した紅ゆずるが、紅らしい真っ直ぐに突き進む心優しい主人公として鎌足を表出しているのが新鮮だ。おそらく中臣鎌足=策士というイメージは大方に共通するものだと思うし、この作品でも「大化の改新」の第一段階である入鹿暗殺の「乙巳の変」を成就する部分では、そうした顔も見せてはいる。だが、作品の大半に於いて、幼馴染でのちに妻となる車持与志古郎女を愛し、民を思い、友情との狭間で苦悩する人物として鎌足が描かれているのは、紅その人の熱くストレートな芸風に合わせてのことだろう。その設定が確かに紅の美点を活かしているし、それでいて全体のトーンが決して弾けていないので、コメディエンヌとしての力量がとかく記憶に残りがちの紅が、実は穏やかで優しい人物造形に特段の魅力を発揮していたことを改めて浮き彫りにしたのは、退団公演が賑やかな作品になることが予想されているだけに、貴重な機会だった。男役・紅ゆずるを愛する人々にとって、この作品は大きなギフトになったに違いないし、何よりも与志古の綺咲を見つめる紅の温かなまなざしが心に染みる。

そのまなざしを受け留める車持与志古郎女の綺咲愛里が、少女時代から抜群の愛らしさを発揮していて、宝塚の現トップ娘役陣の中でも、ここまで少女を少しのあざとさもなく演じられるのは、綺咲が随一ではないかと思う。更に鎌足の妻になってのちは、皇族に恨みを買い無理難題を強いられる夫を献身的に助け「強い殿方が好きです」と言いながら、夫の優しさ故の弱さを包み込み、誰よりも強く困難に立ち向かっていく姿を凜として演じていて、これは間違いなく綺咲のベストパフォーマンス。お人形のように愛らしい娘役として注目されたところから出発した綺咲が、トップ娘役として花開き、紅と共に輝く姿が眩しかった。

そんな二人を取り巻く人物では、やはり蘇我入鹿の華形ひかるが特段の印象を残している。作劇自体が一幕ではほぼ主演に拮抗するほどの描かれ方をしていることもあるが、皇極帝への愛故に血塗られた道を歩んでいく狂気への変貌など、脚本上ではかなり急激な展開も力技で手中に納めて、大役を更に際立たせているのは華形の力量あってこそ。紅や綺咲との少年時代の並びにも全く違和感がなく、専科生として大きな足跡を残し続けている華形の芸歴に、またひとつ大きな成果が刻まれた好演になった。

鎌足が主人公のドラマに欠かせない中大兄皇子の瀬央ゆりあは、一幕終盤に至ってやっと登場してくるが、その遅い出番故に、瀬央ゆりあが出ました!という強いインパクトを示したのが成長を感じさせる。二幕に入ってむしろ鎌足に立ちふさがる敵役としての役割を担っていくが、それに相応しい大きさと同時に心許なさも表現していて、瀬央の男っぽい容姿と、繊細な内面が役柄に活きた。

皇極、斉明天皇の有沙瞳は、傀儡同然の女帝としての孤独を埋めてくれた入鹿への想いと、その入鹿を裏切らざるを得なかった懊悩が、鎌足への恨みとなっていく女性の変化を十二分に演じている。帝としての空虚な話し方が、女性のそれに移り変わっていく台詞術も巧みで、舞台での立ち居振る舞いも大きく、実力派としてますます磨きがかかってきた。是非大切にして欲しい娘役だ。

他に、ストーリーを引っ張る僧旻の一樹千尋の大きさに、全くひけをとらず、むしろエキセントリックな個性をも発揮して対峙する船史恵尺の天寿光希が、作品の意図するところを的確に届けているし、蘇我倉山田石川麻呂の美稀千種が、「乙巳の変」で書状を持つ手が震えに震え、入鹿に訝られるという後世に名高い場面をリアルに演じている。また蘇我蝦夷の輝咲玲央が、専科の華形の父親役として、少しの違和感も覚えさせない芯の通った芝居を披露して目を引き、目を引くと言えば、どこにいても華やかな麻央侑希が、天智帝となった中大兄の振る舞いを「お見事でございました」と静かに認める姿が強い印象を残すのも、麻央あってのこと。もう一人万葉集でも特に有名な鎌足の歌「われもはや 安見児得たり 皆人の得難にすといふ 安見児得たり」で、策士鎌足が、ほとんど子供っぽいほど手放しでこの女性を得たことを喜んでいる、微笑ましい側面が現われたと思われていた歌に詠まれた女性である安見児の星蘭ひとみが、意外性の大きな展開と共に、持ち前の美貌と硬質な演技の双方がよく生かされて見応えがあった。

他に中臣御食子と有間皇子を鮮やかに演じ分けた如月蓮、藤原不比等の咲城けいの伸びやかさ、舂米女王の紫月音寧の歌唱力など、適材適所の布陣も光り、この時代を描きながら大海人皇子が登場しないなど、大胆な作劇の中で、紅ゆずる&綺咲愛里の集大成に向けた注力ぶりが、宝塚歌劇の美徳を表わす作品になっている。

【公演情報】
宝塚歌劇星組公演
楽劇 『鎌足─夢のまほろば、大和し美し─』
作・演出◇生田大和
出演◇紅ゆずる、綺咲愛里 ほか星組
●5/19~25◎日本青年館ホール
〈料金〉S席 8,800円、A席 6,000円
〈お問い合わせ〉宝塚歌劇インフォシメーションセンター[東京宝塚劇場]0570-00-5100
公式ホームページ http://kageki.hankyu.co.jp/

 

【取材・文・撮影/橘涼香】

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