日本初オリジナルミュージカル20年ぶりに帝国劇場に登場!『ローマの休日』上演中!
ヨーロッパ歴訪中のとある国の王女と、彼女をめぐる特ダネをものにしようとていたはずの新聞記者が、ローマで過ごしたたった一日だけの自由な時間に育んだ、生涯忘れえぬ恋を描いたミュージカル『ローマの休日』が、有楽町の帝国劇場で上演中だ(28日まで。のち、愛知、福岡でも上演)。
オードリー・ヘプバーンの名を一躍世界に轟かせた名画「ローマの休日」は、製作から半世紀を超えて尚、愛され続けるラブ・ロマンス映画の金字塔だ。この作品が東宝製作のオリジナルミュージカルとして世に出たのは、1998年青山劇場。アン王女役に大地真央、ジョー・ブラッドレー役に山口祐一郎という、ミュージカル界のトップランナー主演による世界初のミュージカルバージョンは大成功を納め、2000年のミレニアムには、帝国劇場で再演されている。
今回の上演は、そんな作品の20年ぶりの登場で、2020年ならではの映像効果をふんだんに取り入れながら、良い意味のクラシックさを残す舞台になっている。
【STORY】
ヨーロッパのとある国の王室の一員であるアン王女(朝夏まなと/土屋太鳳 Wキャスト)は、諸国歴訪の旅の終わり近く、初夏のローマを訪れる。公式行事の数々を終え、就寝しようとしていたアン王女はローマっ子達が夜を徹して続けている祭りの喧騒を聞きながら、明日も続く分刻みのスケジュールを告げられ、ストレスが限界に達して癇癪を起こしてしまう。王族としての務めはわかっているつもりの王女だが、その内面にはうら若き乙女としての好奇心や、遊びたい盛りの気持ちがあふれ出て、退屈な公式行事に嫌気がさしていたのだ。世話係のヴィアバーグ夫人(久野綾希子)の勧めで、医師から安定剤を注射された王女は、そのまま大人しくベッドに入ったと見せかけて、窓づたいに大使館を抜け出し、ローマの街中へと向かった。
だが、遂に束縛から解き放たれた喜びもつかの間、導眠剤も含まれていた薬が効き始め、王女はそのまま夜の街頭で眠り込んでしまう。そこに偶然通りかかったのが新聞記者ジョー・ブラッドレー(加藤和樹/平方元基 Wキャスト)。彼はそこで寝込んでいるのが、ローマ訪問中のアン王女とは知る由もないまま助け起こし、自分の家に帰るよう促すが、朦朧としたまま要領を得ない彼女を放っておくこともできず、やむなく自分の下宿に連れて帰る。
翌朝出社したジョーは、急病の為記者会見をキャンセルしたというアン王女が一面を飾る新聞記事を、支局長(松澤重雄)から見せられ驚愕する。その時初めて自分の部屋で眠っている女性が、アン王女その人だと知ったジョーは、「王女のおしのびローマ見聞録」の超特ダネを支局長に売り込み、親友のカメラマン・アーヴィング(太田基裕/藤森慎吾)を呼び出して、王女のプライベートを記録しようと目論む。
そうとは知らずにジョーの部屋で目覚めたアン王女は、自分が見知らぬ男性の部屋にいることに驚きながらも、一宿の感謝を述べて一人ローマの街に繰り出してゆく。もちろん後を追うジョー。永遠の都ローマの、王女にとって生涯ただ一度の自由な休日がはじまった……。
この作品がオリジナルミュージカルとして登場した1998年当時は、日本にも一大旋風を巻き起こした海外の大ヒットミュージカル『レ・ミゼラブル』(1987年日本初演)『オペラ座の怪人』(1988年日本初演)『ミス・サイゴン』(1992年日本初演)などの、豪華絢爛な装置、衣装、照明の大がかりな設えだけでなく、演出も含めて全てをパッケージした輸入上演が続いた時代を経て、ミュージカルというジャンルの認知度や集客力が、飛躍的に高まっていた頃だった。だからこそ『ローマの休日』の登場は、その立て続いた輸入ミュージカルによる大ブームを牽引した東宝ミュージカルが、いよいよ原点に返り、オリジナルミュージカルの製作に乗り出すという、攻めの姿勢による期待感を高めるものに他ならなかった。誰もが知る永遠のラブ・ロマンスに題材を求め、世界初のミュージカル化を果たすという試みは、作品そのものの知名度に期待しつつ、日本語で書かれた歌詞を日本人が歌うオリジナルミュージカルの良さを担保した、ある意味の「良い所取り」の企画で、大劇場で演じる日本のオリジナルミュージカルのあり方に、ひとつの指針を示していた。もちろんそこには、新たな試みにはつきものの、創作の苦しみや、推敲の余地はあったものの、大地真央と山口祐一郎という二大スターの豪華共演も手伝って、著名な名画の世界が、劇場を彩るミュージカルとして生れ出た輝きに満ちていた。
そんな作品の2000年帝劇再演から20年を数える日々の中で、日本のミュージカルを取り巻く環境は更に大きく変化し、ブロードウェイやロンドンばかりでなく、ウィーン、フランス産のミュージカル上演も花盛りとなり、多くの人気作品が帝国劇場のレパートリーとして頻繁に再演を繰り返す活況が訪れていた。この海外ミュージカルの隆盛は、これからも長く続いていくと、おそらくは誰もが信じていただろう。
だが、突然世界を覆った新型コロナウィルスの大流行によって、ミュージカル、エンターテイメント、更に劇場そのものの存在が数多の議論を余儀なくされたこの2020年に、オリジナルミュージカルである『ローマの休日』が帝国劇場に帰ってきたことは、いったい何のはからいだったのだろう。もちろん企画段階でこのコロナ禍を予想できた者がいるはずもない。それでも、演劇が、ミュージカルが、劇場が様々な選択を迫られ、大きな岐路に立たされている中で、「東宝ミュージカル」がオリジナルミュージカルの製作に着手したことは、この先のミュージカル界にとって必ず貴重な一歩になる。やはり様々な意味で制約を多く受けないオリジナル作品の創作は、この時代の中で更に需要を増していくに違いないからだ。
その一歩となった今回の『ローマの休日』が、俳優が集まって長く稽古を重ねること自体に制約がある現在、多くの部分で初演、再演を踏襲せざるを得なかっただろうことも想像に難くない。更に22年前に創られた作品だから、音楽でドラマを遥か彼方に運んでいく、むしろ音楽の魅力にドラマを委ねていく『エリザベート』や『ロミオ&ジュリエット』『1789~バスティーユの恋人たち』等々を見慣れた目には、ミュージカルナンバーの登場人物の心情を切々と歌い上げる『ローマの休日』の作りが、緩やかに感じられることもある。それでも、互いの心に生涯残り続けるだろうたった一日の恋を描いた物語の、アン王女やジョー・ブラッドレーがその日、その場で何を思ったのか?が、歌によって丁寧に提示されるのは、著名な映画版の答え合わせをさせてもらっているようで胸に染みる。ローマの観光名所めぐりの趣も有した作品を、盆回しを多く使った山田和也の演出と、映像効果を駆使しつつスペイン広場の階段などをきちんと写実で見せた松井るみの装置が支えているのも、20年間の進化を感じさせた。
そんな登場人物の心情がきめ細かく語られている中で、アン王女の朝夏まなとはやはり元宝塚歌劇団のトップスターであり、退団後も多くの舞台で主演を重ねている経験を生かした、初の帝劇主演に過不足を感じさせない存在感が光る。舞台のセンターにいることに抜群の説得力があり、ダンスナンバーと言えるほどには踊っていないと思える役柄で尚、長い手足のちょっとした動きが非常にしなやかで美しい。アン王女の自由の象徴であるショートカットもよく似合って、劇中の王女の成長を感じさせた。
もう一人のアン王女土屋太鳳は、テレビ、映画、CMと映像畑での大活躍を受けての、初ミュージカル作品への挑戦で、その体当たりぶりが、初めて自由を得たアン王女の、見るもの聞くもの全てが新鮮で輝いて感じられる、溌剌さの表現に生きている。当然ながら歌唱は未知数だが、それを補う愛らしさや、ハッとさせる表情変化があり、歌唱面の充実が追いつけばより大きな存在になっていくのではないか。期待したい。
アン王女と恋に落ちていく新聞記者ジョー・ブラッドレーの加藤和樹は、ローマに駐在していることに飽き飽きしている、どこか無頼な雰囲気の初登場時点から、次第に王女に惹かれていく心情変化の表出が巧み。さすがに山口祐一郎というビッグネームが初演した役どころだけに、脚本が完全にアン王女とのW主演で描かれているが、その大任に十分応える加藤の俳優としての充実ぶりも如実に感じさせてくれた。
一方の平方元基は、処世術に長けているようで元々の心根は真っ直ぐという青年像が、ジョーの中に見え隠れするのが面白い。ジョーがアン王女を取材対象として見られなくなっていくのを、むしろ当然に思わせるのが平方ならではで、よく伸びる歌唱も心地良い。アン王女だけでなく、ジョーにとってもこの「ローマの休日」が、いつまでも人生の宝物になるだろうと信じさせる造形だった。
もうひとつの大役カメラマンのアーヴィングは、ミュージカル世界で確かな歩みを見せている太田基裕に特段の安心感がある。『ジャージー・ボーイズ』でかつて演じていたボブ・クルー役の「ビンゴ!」という台詞ひと言で、癖のある役柄の非凡さを示した人だけに、働き場の多いアーヴィングの、カメラマンとしての性と、友情に篤い心情とのせめぎあいが手にとるように伝わる。安定した歌唱も含めて作品に大きく貢献していた。
他方、藤森慎吾はコメディアンとしてだけでなく、音楽活動も積極的に行っているタレントとしての強みを、コメディチックな面も多いアーヴィングの造形に生かしていて、細かい動きや小芝居が目を引く。喜怒哀楽の表現も豊かで、一部ミュージカルナンバーのキーが合わない面が惜しまれるものの、全体の良いアクセントになっていた。
彼らミュージカル初挑戦のメンバーを含め、せっかくのオリジナル楽曲だからこそ本人に合わせてキーを変えるなどの配慮がより望ましいが、アン王女の随行員ヴィアバーグ伯爵夫人の久野綾希子、プロヴノ将軍の今拓哉、王女の髪を切る美容師マリオ・デラーニの岡田亮輔といった、ミュージカル世界を体現しているとも言えるメンバーが底支えしていて、作品のミュージカルとしての香りを引き上げる効果を生んでいる。在イタリア大使の港幸樹の帝劇のサイズ感にマッチした演じぶりも豊かだし、ヘネシー支局長の松澤重雄の台詞術に宿る食わせ物感も的確。なんとも贅沢な起用になったジョーのアパートの管理人ルイザの小野妃香里も、ルイザ役だけでなくアンサンブルとしても大活躍。個性的な面々が揃った他のアンサンブルメンバーと共に、舞台を様々に彩っていた。
何より物語世界の中で、主人公二人がこれからの長い人生を支える宝物を得て、それぞれの道を歩んでいく作品世界の持つ美しさが、今の時代にこそ欠くべからざる心の栄養として、爽やかな気持ちで劇場を後にできるのが素晴らしく、今後、東宝ミュージカルがどんなオリジナル作品を発信してくれるのか、その期待をも高める舞台になっている。
【公演情報】
ミュージカル『ローマの休日』
原作◇パラマウント映画「ローマの休日」
脚本◇堀越 真
演出◇山田和也
音楽◇大島ミチル
作詞◇斉藤由貴
オリジナル・プロデューサー◇酒井喜一郎
出演◇朝夏まなと・土屋太鳳/加藤和樹・平方元基(東京公演)/太田基裕・藤森慎吾(以上Wキャスト各役五十音順)
久野綾希子 今拓哉 岡田亮輔 小野妃香里 港幸樹 松澤重雄 ほか
●10/4~28◎帝国劇場
〈料金〉S席13,500円 A席9,000円 B席4,500円(全席指定・税込
〈お問い合わせ〉東宝テレザーブ 03-3201-7777
〈公式サイト〉https://www.tohostage.com/romanholiday/
[全国公演スケジュール]
●12/19~25日◎愛知・御園座
〈料金〉A席13,500円 B席9,000円
〈お問い合わせ〉御園座チケットセンター 052-308-8899
●2021/1/1~12◎福岡・博多座
〈料金〉A席14,500円 B席9,500円 C席5,000円
〈お問い合わせ〉博多座電話予約センター 092-263-5555
【取材・文/橘涼香】
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