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《橘涼香の名作レビュー館》その4『たとえば それは 瞳の中の嵐のように』

天海祐希が宝塚歌劇に描き出した、等身大の若者像

宝塚歌劇の多彩な作品群から、特に公演DVDなどがまだ残されていなかった時代を中心に、サイト内で振り返って行こう!という企画の第四回目にお送りするのは、1991年、天海祐希主演で上演された月組バウホール公演 中村暁作・演出 バウ・ミュージカル・ファンタジー『たとえば それは 瞳の中の嵐のように』です。

現在は主にショー作家として活躍していて、近年では2017年に宙組公演『VIVA! FESTA!』で、宙組誕生からその代名詞ともなっている「明日へのエナジー」に続く、宙組を代表する名場面「ソーラン宙組!」の「YOSAKOIソーラン」を創った作家としての記憶が鮮やかな中村暁ですが、この作品が発表された当時は芝居ものの作家として認知されていました。そんな中村のミュージカル作品群の中で、間違いなく代表作だなと思えるのが、この『たとえば それは 瞳の中の嵐のように』という、副題を含めないタイトルとしては、きちんと調べた訳ではありませんが、感覚的に宝塚史上最も長いタイトルではないか?と感じる(中村本人の別作品に『けれど 夢の中で出会ったときに』もありますが)この作品なのです。ではまずその内容を振り返っていきましょう。

◇◇STORY◇◇

どこかの都会のどこにでもあるコンビニエンス・ストア「オールディズ」で、仲間のエイジ(真山葉瑠)、リョウ(彩輝直)と共にフリーターとして働くユウキ(天海祐希)は、最近少々焦り気味で落ちこんでいた。何かをしたいと思うのにそれが何なのかわからないまま漫然と日々を過ごしているうちに、スタイリストのアシスタントをしていた恋人のケイ(風花舞)が、スタッフに認められてスタイリストとして独立。この街を出て行くと告げられた。つまりユウキはフラれたのだ。

今の自分ではそれも仕方がないと思いつつも、やっぱりショックだったユウキは自転車を飛ばしているうちに車と衝突!病院へ運ばれたもののユウキの魂は身体から抜け出し「あなたは死にました」と宣告するエンジェル(汐風幸)に誘われ天国の入口へ。だが意外にも天使長(真代朋奈)に「まだ死んでいない!」と告げられたユウキは、生き返る為の調整期間として24時間だけ幽霊として過ごすことになった。

人には見えない幽霊になったユウキは、24時間の間行きたいと思い描いたどこにでも行ける。その中で、どうしても会いたくなってしまったケイが希望に胸を膨らませて荷造りをする姿や、「今夜が山だ」と言われている自分の身体のいる病室に付き添ってくれている、日頃口うるさい「オールディズ」の店長(真代・二役)や、エイジ、リョウの優しさに触れ、生きているうちには見えていなかった事実に気づいていく。

そんなユウキに「こんにちは!」と声をかけてきた少女がいた!その少女=本物の幽霊ジュン(朝吹南)は、天国の扉が開くのを待っているのだと言う。幽霊になって三ヶ月、はじめて誰かと話すことができたと喜ぶジュンは、父親が遺したシックな「森林ホテル」の跡継ぎだったが、ある夜階段から突き落とされて命を落としてしまったのだ。ホテルの行く末を案じるジュンと共に「森林ホテル」に向かったユウキは、ホテルを乗っ取りただ高く売りつけようとして、弾みでジュンを突き落としてしまった叔父(波音みちる)の思惑を知り、せめてホテルを大切にしてくれる人に買ってもらいたいと願うジュンと協力して彼のたくらみを撃破する。

ホテルさえ守られれば、自分を殺した叔父を恨む気持ちはないと言う、心優しいジュンを愛してしまったことに気づいたユウキは、24時間後に生き返る自らの運命を捨ててジュンと共にこのまま幽霊でいようとするが……

◇◇◇

こうして振り返ってみると、宝塚の男役芸が年を経るごとにナチュラルになっていき、一方で、汗くささが全くなく、漫画やアニメの世界の登場人物を苦もなく演じられる美しき若手俳優が、「2.5次元」と呼ばれるジャンルからミュージカルの舞台までを席巻している今の時代。男役と男優の差異が日増しに小さくなっている現代に照らしても、この『たとえば それは 瞳の中の嵐のように』の世界観が、宝塚歌劇作品としてはかなり特殊なことがわかります。基本的に主人公が何かをしたいとは思っているものの、その何かを見つけられずに漫然と日々を過ごしているフリーターで、自分がこうなりたい姿や、目標を明確に見出している恋人にフラれる、という出だしの流れだけでも、宝塚歌劇の主人公としてはかなり大胆な設定です。

最近の宝塚作品の現代ものと言えば、無類のお花好きの明日海りおが、お花屋さんを演じることが大きな話題になった2017年の花組公演『ハンナのお花屋さん─Hanna’s Florist─』(作・演出  植田景子)が真っ先に思い出されますが、明日海の演じた主人公クリスが将来を嘱望されるフラワーアーティストで、舞台がイギリスだったことを考えても、この現代、しかも日本の、どこにでも居そうな等身大の青年ユウキが、大きく括れば106年間夢とロマンを描き続けてきた宝塚歌劇の世界に主人公として登場していた、しかも約30年も前に!というのは、非常に異色なことでした。

でもこの役柄「ユウキ」が、天海祐希という宝塚の歴史に残るひとつの時代を象徴するスターの、本質的な輝きを実に見事に描き出していたのも間違いないのです。1987年初舞台の天海は、この時舞台歴五年目の研五でしたが、既に月組の中ではトップスター涼風真世に続く二番手男役の位置にあり、前年の1990年『ロミオとジュリエット』(脚本・演出  柴田侑宏)でバウホール主演も経験済み。何より研一で新人公演初主演して以来、同期生が新人公演に出ている研七で月組トップスターに就任と、宝塚歌劇の最年少記録を塗り替え続けた人なので、研五にして舞台の真ん中にいることの説得力が絶大だっただけでなく、普通のジャンパーにジーンズというラフな姿でちゃんと宝塚の主人公になれる、本人自体の発光力には尋常ならざるものがありました。その力が、むしろこういうヒーローでもなんでもない等身大の青年像と、宝塚ならではのデコラティブな羽根や光ものが全くない舞台姿だからこそ、よりまぶしく発揮されていたのです。

実際舞台は、ユウキの後ろ姿のシルエットから幕を開け、振りむいたユウキの「何かをしたいと思うのに、何をすればいいのかわからない。ここじゃないどこかに何かがあるはずなのに、それが何だか、それがどこだかわからない」という台詞からはじまります。この瞬間、天海がただ振り返っただけで、一気に視線を集める様はまさに圧巻のひと言でした。ファンタジー要素も取り入れた、でも基本的には「青年の自分探し」という永遠の青春ものを、現代日本を舞台に描いて、宝塚歌劇でここまで成立させてしまうスターというのは、やはり稀有な存在だったと感じます。

また、天海というと私には思い出と直結している鮮烈な記憶があります。それは天海が月組トップスター時代の1994年『エールの残照』(作・演出 谷正純)上演時のことで、当時の東京宝塚劇場の三階席のてっぺんで観劇していた私の後ろで、立ち見で観劇していた女性が、天海が登場してくる度に「綺麗ね~!」と感嘆の声をあげたのです(本当にその都度!)。その声は「天海祐希」という稀代のスターを思い出すごとに私の耳に蘇ってくるもので、彼女が宝塚の男役としての正統的な美しさを持っていたことも、もちろん間違いないのです。でもその上で、天海のスターとしての資質が一番現われたのは、この自分探しの青年ユウキや、その流れにつながっていく1995年阪神淡路大震災の災禍の中、東京宝塚劇場でのみの上演となった『ハードボイルド・エッグ』(作・演出 正塚晴彦)のサイモンだったように思います。それほど彼女は宝塚に「ナチュラル」という概念を持ち込んだ、90年代を背負った特別なスターでした。

そんな天海祐希に、その名も「ユウキ」という青年役を書いた中村暁。全体を通していささかダイレクトすぎる生っぽい台詞や歌詞も見受けられはするものの、まだ何にでもなれる可能性があるからこそ、何になりたいのかを見つけあぐねている登場人物たちの軌跡が、まとめてしまえば「青春」の輝きが、真っ直ぐに描かれていた作品には、大きな煌めきがありました。中村の芝居ものの特徴で、暗転を使った演出がとても多いのですが、それも余韻に感じられたのですから、創作のタイミングにはやはり奇跡の一期一会があると感じさせます。長いタイトルの意味は、ジュンがユウキに託した手帳に書かれた「たとえばそれは瞳の中の嵐のように、私達の存在がどれほど小さなものでも、それはひたむきで力強いもの」との言葉で表された、人は一人一人がかけがえのない大切な存在、というもので、その直球のテーマが、だからこそ胸を打つものでした。何よりもスターにあてがきをするのが基本の宝塚歌劇の作・演出家として、天海祐希にこの作品を書き下ろした中村の功績には大きなものがありました。

特に、主人公のユウキを演じる天海が研五という座組みですから、出演メンバーが必然的にとても若く、幽霊の少女ジュンの朝吹南が天海の同期生の研五。エンジェルの汐風幸が研四。ユウキと別れる元恋人ケイの風花舞と、友人のコンビニ店員リョウの彩輝直が共に研二で堂々のメインキャストという、メンバーの若さも作品に独特の勢いを与えていたと思います。朝吹の純娘役としての可憐さと透明感。汐風の実にクラシカルで、この時点で既にきめ細かさが際立っていた芝居力。真っ先にダンサーとして注目されていた風花が、根底に持っていたパッション。まだ類を見ない妖しさに到達する前の彩輝の、柔らかな美しさからにじみ出る温かな優しさ。天海の一期上で当時から芝居巧者ぶりが光っていた真山葉瑠や、二期上の真代朋奈が落ち着いた店長を演じ、この公演の組長波音みちるがようやく舞台歴10年に到達していただけという、キャスト全員が青春真っただ中!の陣容が、作品をより押し上げる効果を生んでいたのです。

そう考えていくと、舞台作品、ライブというのはやはりその時、その場で、その人たちだからこそ生み出されるものなのだと感じます。「皆さんがどこかの場面で、どこかの音楽で、胸がワクワクできるところがあれば、いいなと思います」と中村暁がプログラムの作者言で書いていたことが十二分に叶えられ、胸がときめくワクワクの詰まった、この時にしかない溌剌とした新鮮さ。そんな美点に溢れた舞台が、今も目に焼き付いています。

【公演データ】
宝塚月組公演
バウ・ミュージカル・ファンタジー『たとえば それは 瞳の中の嵐のように』
作・演出◇中村暁
出演◇天海祐希 朝吹南 風花舞 ほか月組
●1991年11/10~24◎宝塚バウホール

【文/橘涼香】

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