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《橘涼香の名作レビュー館》その3『フィレンツェに燃える』

愛の二面性を宝塚歌劇の華と両立させた傑作

宝塚歌劇の多彩な作品群から、特に公演DVDなどがまだ残されていなかった時代を中心に、サイト内で振り返って行こう!という企画の第三回目にお送りするのは、1975年、汀夏子主演により雪組で上演された柴田侑宏作・演出ミュージカルロマンス『フィレンツェに燃える』です。

この作品は2019年7月に逝去された柴田侑宏氏が、昭和50年度の芸術選奨新人賞を受賞した一作で、人間の深い心理を描きながらも、必ず香気な品格を残す柴田作品の世界観が凝縮された内容になっています。前年の1974年に初演され、最も近いところでは礼真琴主演で2019年にも上演されている『アルジェの男』からこの作品、更に『バレンシアの熱い花』『テームズの霧に別れを』『エーゲ海のブルース』『情熱のバルセロナ』『哀しみのコルドバ』『ヴェネチアの紋章』等、一連の地名が入るタイトルの作品は俗に「国名シリーズ」とも呼ばれて高い人気を誇り、日本もの、万葉もの等と並ぶ、柴田作品の大きな柱のひとつを形成していました。その原点のひとつとも言える作品のストーリーを振り返っていきましょう。

◇STORY◇

1850年代、フランス革命がもたらした気運が漸く伝わり、国家統一運動が起こりかけている時代のイタリア、フィレンツェ。バルタザール侯爵(大路三千緒)の嫡男アントニオ(汀夏子)は、常に家のことを第一に考える品行方正な貴族の青年だった。一方次男のレオナルド(大劇場公演・順みつき、東京公演・美里景)は野性的な熱血漢で、イタリアが直面する国家統一運動に強い関心を示していて、性格も思想も正反対の二人は、だからこそ互いを尊敬し強い兄弟愛で結ばれていた。

ある日、侯爵家の遠縁にあたるクレメンティーナ公爵の未亡人パメラ(高宮沙千)が静養に訪れる。元酒場の歌姫で、親子以上に歳の違う公爵の四度目の妻となった為に貴族の列に加わったパメラに、フィレンツェの貴族社会は冷ややかな視線を注ぐ。けれどもパメラの瞳に宿る真実の叫びに魅せられたアントニオは、自分を受け入れない貴族社会に敢えて抗戦的な態度を取るパメラを守る為に、彼女と結婚しようと考えるに至る。
だが兄の純粋な愛情がやがて破滅を招くことを恐れたレオナルドは、パメラに偽りの恋を仕掛け二人の仲を引き裂く。傷心のアントニオを労わる幼なじみのアンジェラ(沢かをり)は、それによって自分がアントニオを愛していたことに気づき、レオナルドもまた、兄の為の狂言だと自ら信じていたパメラへの想いが、真実のものだったと悟る。
折から、パメラの元恋人で憲兵隊将校のオテロ(麻実れい)が、クレメンティ―ナ公爵の死に疑問を抱き、パメラを追ってフィレンツェにやってくる。それぞれの愛憎が交錯する中、フィレンツェは5月のカーニバルを迎え……

この作品の人間関係、特にアントニオ、レオナルド、パメラ、アンジェラそれぞれの恋と思考には、のちに発表され再演を数多く繰り返している柴田作品『琥珀色の雨に濡れて』(1984年花組初演)に極めて近いものがあるのにお気づきになるでしょうか。人々から恋多き世慣れた女性と信じられているヒロインの心の奥底にある純粋を、自らが真っ直ぐで一途な主人公の貴族青年が一目で見抜いて恋に落ちる。けれどもヒロインと同じ世界にいる自分こそが彼女に相応しいと信じる別の男性が二人の恋に割って入り、主人公には同じ貴族社会に彼を理解する幼なじみの女性がいる。時代背景や国、描かれる世界は全く違いますが、その根幹をなす人間関係には、互いに強く共通したものがあります。

と言うのも、これは劇作家・柴田が長年追い続けたテーマだからです。『フィレンツェに燃える』の作者言にも書かれていますが、柴田は長くドストエフスキーの「白痴」を舞台化してみたいという希望を抱いていて、それ自体は宝塚歌劇の世界に親和しないだろうと断念したものの、「愛の二面性─純粋な神への志向と悪魔的な欲望の相克─を追求したテーマにどうしても執着が残り、世界と人物設定を変えて、このテーマのもとに描いてみることにした」と、この作品を書き下ろした動機を説明しています。「白痴」へのアプローチは、愛の二面性、つまりは常に二面性を有していて当たり前の、「生きた人間」を描き続けようとした柴田作品の根幹を為すものだったのでしょう。

その上でこの作品は、主題歌「愛のエレジー」を主要キャストの四人が抽象的なセットの前で歌ったあと、一気に転換して花の都フィレンツェを讃える紳士・淑女の「おおフィレンツェ」による歌とダンスが、やがてバルタザール家の夜会の場に移っていくという、流れるようなオープニングをはじめとした、歌とダンスと芝居の融合が見事な作劇で進みます。
特にカーニバルの隊列の踊りを使った中盤から後半の展開は、恋を失ったアントニオと、以前からの約束だからと共にフェスタに参加しているアンジェラとの関係、隊列が行き過ぎることで表現される時間経過によって、二人の心の距離が近づいていく描写が巧みです。それだけでなく、バルタザール家の老執事カルロ(岸香織)の息子ロベルト(上條あきら)、アントニオたち兄弟の従兄弟ビットリオ(大劇場・美里景、東京・鳳城ひろき)ら若者たちが、国家統一運動に参加する為ジェノヴァを目指す等の群像劇も巧みに織り込まれていくのです。
更にパメラをめぐるレオナルドとオテロの対決までが、カーニバルの間の出来事として一気呵成に進む様は圧巻。他にもオテロの現在の恋人マチルドの麗美花。アンジェラに求愛するレナート・パリアーノ伯爵の常花代。アンジェラの母シュザンテ伯爵夫人の三鷹惠子。姉ルチアの千花さち代。弟セルジオの真咲佳子。レオナルドが通う酒場の歌姫マッダレーナの矢代鴻など、非常に多くの役柄にそれぞれの個性を持たせ、尚自然に作品の中に息づかせている筆の冴えも光ります。

特にこれらの人間模様が、ある意味定型のラストシーンに収まらず、それぞれが成し遂げられなかったものを抱えつつ、各々の明日に向かっていくという余韻を残す終わり方をしていて、実はアメリカンハッピーエンド大好き!な私にも深く心に染み入るものがあります。人生はおそらくほとんど全ての人がその道を行く訳で、その哀感と宝塚歌劇の華やかさとのバランス感覚には絶妙なものがあり、人生の後半生視力を失うという悲運に見舞われた柴田ですが、あくまでも宝塚専属の劇作家、演出家として全うし、創作の意欲を失わなかった源に、宝塚歌劇の美の世界の中で人間を描こうとした矜持がある気がしてなりません。

また冒頭書いた通り、この作品で柴田は昭和50年度の芸術選奨新人賞を受賞していますが、その受賞理由のひとつにカーテン(幕)前の使用の巧みさが挙げられていました。現在の作家は2002年の花組再演時以来、眼病を抱える柴田に代わり、『琥珀色…』の演出を担当した正塚晴彦がカーテン前を使用せず、動くセットで作品を進めたのに象徴されるように、カーテンで作品の流れを切ることをむしろ嫌います。けれども柴田が『フィレンツェ…』を書いた時代、所謂女優芝居華やかなりし時代には、ひとつの場面から、次の場面への転換の間は幕を閉めたままBGMがひたすら流れているだけ、という進行が普通に行われていました。
現在でも宝塚OGが代々多数出演している『細雪』ではこの演出方法が守られているので、体験している方も多いと思いますが、この長い転換は、客席で今終わった場面の感想や、役者たちの素晴らしさを語り合う時間として認識されていた時代が確かにありました。そうした時代にカーテン前でも次につながる芝居を展開し、宝塚独特の銀橋や、カーニバルの踊り手の一団などを駆使して、物語がスピーディに転換されていくことが、高い評価につながりました。俗に「宝塚歌舞伎」と呼ばれ、徹頭徹尾スターを押し立てる芝居を貫き『ベルサイユのばら』『風と共に去りぬ』等、宝塚の歴史に残る空前の大ヒット作品を世に送り出した植田紳爾と、人の心理に深く踏み込もうとした柴田侑宏が同時代に並び立ち、次々と競うが如く作品を発表していったことが、宝塚のひとつの黄金期を作ったのは間違いありません。とても華やかで贅沢な時代がここにありました。

そう考えるとますます『フィレンツェに燃える』が、一度も再演されていないことが不思議な気がしますが、それだけに初演メンバーのイメージは強烈で、特に大劇場初演時、炎の妖精とも呼ばれた熱血スターの汀夏子が、もの静かでノーブルな貴族青年役という新境地に挑み、更に熱い個性を持った順みつきが無頼漢を気取る弟役で支えた兄弟の対比には一際鮮やかなものがありました。また、開演アナウンスを受け持つこともある、相手役という言葉ではなく、主演者の一人と呼ぶのが相応しかった高宮沙千の、影のある妖艶なヒロインぶりと、純娘役の鑑のようだった沢かをりの愛らしさが共に描き出す陰影も作品の彩りを深めました。順みつきの星組組み替えに伴い、東京公演で弟役に挑んだ美里景。匂い立つ色悪の香りが新人公演学年とはとても思えなかった麻実れいをはじめとして、多くの役者が揃った舞台の厚みは、比類ないものでした。

ちなみに新人公演の配役は、大劇場ではアントニオ美里景、東京では上條あきら。レオナルド麻実れい。パメラ麗美花。アンジェラ茜真弓。オテロ高汐巴で、当時は併演のショー(大劇場は真帆しぶき退団公演鴨川清作、作・演出の『ザ・スター』、東京は横澤秀雄、作・演出の『ボン・バランス』)が本公演のキャストのまま、二本立てで上演されていたので、これは今にしても観たかった!と思う魅力的な新人公演だったと思います。

この作品の脚本の抜粋が6月25日に発売される柴田侑宏追悼の特集本「人間が息づく舞台を」─演出家・柴田侑宏が描いた世界─ に掲載されることも決まっていて、作品の更に詳しい内容もご覧頂けると思います。これをきっかけに、いよいよ7月17日に再開の運びとなった宝塚歌劇の公演の、将来の予定に『フィレンツェに燃える』再演の企画が挙がらないものでしょうか。「ひとはさまよい悩み、尚、奮い立ち傷つき倒れ、手にするかすかな色の花を愛と呼ぶ」との想いが込められた「愛のエレジー」が、大劇場に流れる日を願っています。

【公演データ】
1975年 宝塚歌劇雪組公演
ミュージカルロマンス『フィレンツェに燃える』
作・演出◇柴田侑宏
出演◇汀夏子 高宮沙千 順みつき(宝塚大劇場公演のみ)沢かをり 美里景 麻実れい 他 雪組
1975年2月1日~27日◎宝塚大劇場、4月3日~27日◎東京宝塚劇場

【文/橘涼香】

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