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立ち現れた哀しくも美しい人間ファントム ミュージカル『ファントム』~もうひとつのオペラ座の怪人~

フランスの小説家ガストン・ルルーのベストセラー小説「オペラ座の怪人」を原作とした脚本家アーサー・コピットと、作曲家モーリー・イェストンによる、ミュージカル『ファントム』~もうひとつのオペラ座の怪人~が、加藤和樹とのWキャストで主演も務める城田優演出の新バージョンとして、TBS赤坂ACTシアターで上演中だ(12月1日まで。のち12月7日~16日まで大阪・梅田芸術劇場メインホールで上演)。

ミュージカル『ファントム』は、1991年テキサスで初演され、その後全米各地のツアー公演、更に世界各地での上演が続いているミュージカル。同じガストン・ルルーの小説を原作とし、世界的メガヒットとなったアンドリュー・ロイド=ウェバーのミュージカル『オペラ座の怪人』とは全く趣を異にし、異形に生まれつき「ファントム」と呼ばれる人生を歩まざるを得なかった、人間・エリックの孤独と無垢な魂に焦点をあてたストーリーと独創的な音楽で高い評価を得て以来、世界中の観客を魅了している。日本では2004年に宝塚歌劇団宙組で初演されたのち、宝塚歌劇団で四回、更に2008年にはじまった梅田芸術劇場制作バージョンが三回と上演が重ねられてきた。今回は、その梅田芸術劇場バージョンの三演目だった2014年に主人公エリックを演じた城田優が主演と同時に演出を担当。美術・衣装も一新した新生ミュージカル『ファントム』としての上演となった。

【STORY】
19世紀後半のパリ、オペラ座。
オペラ座通りで楽譜を売りながら歌手を志望する娘クリスティーヌ・ダーエ(愛希れいか/木下晴香・Wキャスト)は、その歌声に魅せられたオペラ座のパトロンの一人であるフィリップ・シャンドン伯爵(廣瀬友祐/木村達成・Wキャスト)から、オペラ座で歌のレッスンを受けられるよう支配人・ジェラルド・キャリエール(岡田浩暉)への紹介状を渡される。
だがオペラ座ではキャリエールが支配人を解任され、新支配人のアラン・ショレ(エハラマサヒロ)が、妻でプリマドンナのカルロッタ(エリアンナ)と共に迎えられている最中だった。キャリエールはショレに、オペラ座の地下には“ファントム(怪人)”と呼ばれる幽霊がいる。彼の掟には従わなければならない、と忠告するが、ショレは解任された腹いせだと取り合わない。
キャリエールはファントムと名乗るエリック(加藤和樹/城田優・Wキャスト)に会い、自分が今後エリック守れない立場になったと告げる。
その頃オペラ座を訪ねてきたクリスティーヌを追い返そうとしたカルロッタだったが、有力なパトロンがいると聞き、その若さと可愛らしさが脅威にならぬよう自分の衣裳係にしてしまう。それでもオペラ座にいられるだけで夢のようだと仕事に精を出しながら歌うクリスティーヌの清らかな歌声を聞いたエリックは、ただ一人彼に深い愛情を寄せた亡き母を思い起こし、秘かに彼女に歌のレッスンを行うようになる。見る間に才能を開花させていったクリスティーヌは、人々が集まるビストロで見事な歌声を披露し、カルロッタの推薦で「妖精の女王」のタイターニア役に抜擢される。フィリップはクリスティーヌを祝福するとともに愛を告白。エリックはそんな二人の姿を絶望的な思いで見送るのだった。
そして迎えた初日の楽屋、クリスティーヌはカルロッタによって罠にはめられ、毒で喉を潰されてしまう。崩れ落ちるクリスティーヌを、エリックは自分の住処であるオペラ座の地下へと連れて行くが……。


舞台に接してまず感じたのは、カラフルな色彩と黒というよりは、深いダークグリーンを思わせるオペラ座の地下世界とのクッキリとした対比だった。特に、TBS赤坂ACTシアターのロビーに一歩足を踏み入れると、劇場クルーたちが作品にピッタリの制服を身に纏い、キャストたち自らがパンフレットを売りにくるなど、劇場全体をパリオペラ座の世界に見立てている、どこかテーマパークにつながるような世界観の構築が顕著だ。ここからすでに演出家・城田優のエンターテイメントへのこだわりが詰まっていて、新しい『ファントム』に出会える期待感が増していく。

その華やかで色鮮やかな世界の中で繰り広げられるのが、思った以上に緻密な人間描写であることが、この新生『ファントム』を更に印象強く描き出していく。ミュージカル界にとって常に注目の存在である城田優が、演出家デビューだった2016年の『アップル・ツリー』から3年の時を経て、初めて大劇場ミュージカルの演出を主演と共に務める、というのがまず大きな話題となって以来、彼が繰り返し語っていたこと。「ミュージカル・ナンバーを歌として歌いあげることはしない。台詞としての歌を追求したい」という趣旨の、美しいナンバーを数多く持つミュージカル作品としては、実はかなり難度の高い目標が、つまり芝居としてのこの作品の、人間ドラマを如何に深めるか?につながっていったことが、2019年版の『ファントム』を、まさしく新生『ファントム』として提示する力になっている。

演出席の城田優

異形に生まれついてしまったが為に、オペラ座の地下深くに隠れ潜んで生きることしかできなかったエリックの、太陽の光も、他者とのふれあいも知らずに育ったが故の、まるで心は子供のままという在りようが非常に明確に浮かび上がっただけでなく、クリスティーヌがエリックに寄せる音楽の先生としての尊敬と、彼が慕う母以上の存在になれると自分自身で信じたが故の掛け違いが、これほど腑に落ちたのは初めてのことだった。またプレイボーイを気取っていたシャンドン伯爵が、真剣にクリスティーヌを愛したということも丁寧に描写されていて、これまでの上演ではもうひとつしどころが少ないと感じられていたシャンドン伯爵の比重が劇中で大きく上がり、夢の王子様にときめくクリスティーヌの心も、それ故失意のどん底に落ちて、エキセントリックな行動に走っていくエリックの後半の絶望もよく伝わってくる。
これには度々使われた、センターの芝居をゆっくりと盆を回して表と裏を見せる演出方法が効果的だったし、三人がそれぞれの全く異なる想いを重ねて歌う三重唱「崩れゆく心」も胸を打つ。何よりこの人の行動が全ての登場人物の運命を狂わせてしまう原因になる、ジェラルド・キャリエールのどこか狡さを感じさせるほどのある意味の優柔不断にも、ふと同情を寄せられるようなエリックとキャリエールの心の交感が際立っていて、それが名曲「君は私のすべて」の美しいメロディの力というよりも、二人の交わす言葉によって感じられるのが、演じる心を根幹に置いた城田演出の真骨頂になっていた。
それでいて絶望に沈んだエリックの描写や、追いつ追われつのアクションやオペラシーンなどにケレン味があることも面白い。ミュージカルとはすなわち芝居であるとは常に知ってはいたものの、ここまで「演劇」としての色が前面に出たグランドミュージカルは新鮮で、同じ作品がこんなにも新たな顔を見せることに驚かされた。

そんな作品に集ったキャストたちは、エリックの加藤和樹が、不器用で真っ直ぐでピュアなエリックの心を緻密に描写している。これまでのキャリアの中ではむしろ硬質な美しさが大人の香りを放ってきた人だったが、エリックの子供のままの心と、それ故の暴走があまりにも切ない。これはWキャストの城田優にも言えることで、すなわち城田が描いたエリック=ファントム像の理想形でもあるのだろうが、美丈夫な城田がまるで幼い子供に見え、感情の折り合いの付け方を知らないエリックが癇癪を起したかのように振る舞いながら、愛を乞う姿に胸を締め付けられる想いだった。端的に言って二人のエリックは共に、見ていて可哀想で、可哀想で、こんなにもエリックを切なく哀しく感じたことがあったろうか、という思いにさせられた。美しい歌を朗々と歌ってくれることで、ある意味ミュージカルとして昇華されていたものが、もちろん二人共に歌えていないというのでは決してなく、敢えて語って歌うことで「人間エリック」の心情が胸に迫るのには、全く別の地平を見せられた想いがした。

クリスティーヌの愛希れいかは、愛希らしい溌剌として希望に溢れた登場シーンから、急速に花開いていくクリスティーヌの変化が巧み。エリックに心酔しながらも、地下に連れてこられてからは、どこかで状況を訝しんでいる複雑さがにじむのが経験値の高さを感じさせ、終幕の後悔がより深いものなった。二役でエリックの母ベラドーヴァも演じるが、コンテンポラリーでダイナミックなダンスシーンがあり、ここは文字通り愛希ここにあり!一方木下晴香はクリスティーヌの若さ故の、思い込んだらただ一筋の表現が本人の資質をよく生かしていて、シャンドン伯爵への想いも、エリックへの慈愛もストレートなことに興趣がある。ダンスシーンも果敢によくこなしていて、才能の豊かさを感じさせた。今回の城田演出では、エリックの仮面を外した顔を見たいと願いながら、自分自身のキャパシティを超えてしまった怯みが表現されていて、クリスティーヌがとんでもなく非礼な女性に見えなかったことも、二人のヒロインを支えている。

シャンドン伯爵の廣瀬友祐と木村達成は、廣瀬が本人の美しいビジュアルと、定評ある芝居心をふんだんに活かし、恋する憂愁の貴公子を強く印象付ければ、木村が持ち前の爽やかさと溌剌とした表現で、誰もが憧れるプリンス感を醸し出して、甲乙つけ難い。シャンドン伯爵がきちんと立ってくることで、エリックの孤独がより深まる効果もあり、その大任を二人が十二分に果たしている。

彼ら三組のWキャストが、それぞれ後は好みと言える演じぶりなのが作品のレベルを維持していて、どの組み合わせでも楽しめる仕上がりになっているのが頼もしい。

カルロッタのエリアンナは、非常に優れた歌唱力の持ち主なだけに「歌えないプリマドンナ」という設定はむしろ難しかったのではないかと思うが、裏声を混ぜた工夫ある歌い方で、役柄の求めるポジションを維持している。その夫ショレのエハラマサヒロも、妻に首ったけの面をよく出していて、二人の相乗効果もあって、コメディー色が強く出る造形になった。ここは別の演じ方もできるところだろうが、この二人で出来上がった今回の組み合わせならではのカラーとして楽しめる。

これまで男性の持ち役だったオペラ座の裏方ジャン・クロードを演じた佐藤玲の、周りに起きている出来事をすべて把握して動いている怜悧さは目を引くし、ルドゥ警部の神尾佑が非常に人間臭い、今回の『ファントム』全体のカラーによくあった深い演技で、この役にここまで情感がこもるのを初めて見た。警部という劇中の記号を超えた、人間ルドゥが素晴らしかった。

そして非常に難しい役柄でもあるキャリエールの岡田浩暉は、演技に没頭すると姿勢やビジュアルに揺れが出る彼のある意味の癖と言うのか、役者魂がキャリエールにピタリとハマっていて、これは非常に良い造形になった。エリックとの会話から終幕に至る、キャリエール自身の混乱と慟哭が顕著に表われていて、ルドゥ警部との言葉の少ない芝居に、言葉が少ないからこそ胸打たれる。キャリエール自身のこの先の人生にも思いを馳せられる存在を示してくれた。

彼らメインの役どころが、いずれも美しくドラマチックなミュージカル・ナンバーを語り聞かせてくることの対照に、アンサンブルの面々の実に厚く聞きごたえのあるコーラスがあることも良い効果になっていて、客席通路での芝居の面白さを、上の階の観客にもどう伝えていくかといった更に練り上げていくべき要素もあるものの、演出家・城田優が目指したものによって、人間ファントムがより明確に立ち上がる、新たな趣の深い舞台になっている。

 

【公演情報】
ミュージカル『ファントム』~もうひとつのオペラ座の怪人~
脚本◇アーサー・コピット
作詞・作曲◇モーリー・イェストン
原作◇ガストン・ルルー
演出◇城田優
出演◇加藤和樹/城田優(Wキャスト)
愛希れいか/木下晴香(Wキャスト)
廣瀬友祐/木村達成(Wキャスト)
エリアンナ エハラマサヒロ 佐藤玲 神尾佑
岡田浩暉 ほか
●11/9~12/1◎東京・TBS赤坂ACTシアター
【料金】S席 13,500円 A席 9,000円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉梅田芸術劇場 0570-077-039
●12/7~16◎大阪・梅田芸術劇場 メインホール
〈料金〉S席 13,500円 A席 9,000円 B席 5,000円 注釈付S席 13,500円 注釈付B席 5,000円 (全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉梅田芸術劇場メインホール 06-6377-3800
公式ホームページ https://www.umegei.com/phantom2019/index.html

 

【取材・文・撮影(加藤、愛希、廣瀬バージョン)/橘涼香 撮影(城田、木下、木村バージョン)/田中亜紀】

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