古典戯曲を読み解くスリリングな醍醐味 ミュージカル『ハムレット』上演中!
シェイクスピアの不朽の名作『ハムレット』を、鬼才・荻田浩一がミュージカルとして構築する話題作、ミュージカル『ハムレット』が銀座・博品館劇場で上演中だ(18日まで)。
ミュージカル『ハムレット』は、 ウィリアム・シェイクスピアの四大悲劇のひとつであり、シェイクスピア作品中最も長い戯曲である「ハムレット」を土台としながら、その元となった北欧伝説「アムレート」のイメージをはじめ、様々な解釈の要素も織り交ぜ、親たちの因縁、そしてハムレットの葛藤の起因するところを際立たせ、物語に新たな光を当てる作品になっている。
【STORY】
デンマークの王子ハムレット(矢田悠祐 )は、父王の突然の訃報に留学先のドイツより帰国する。だが、夫と死別して間もない母・王妃ガートルード(彩輝なお)が、父の弟である叔父クロ―ディアス(舘形比呂一)と再婚したと知り、耐え難い想いを抱く。そんなハムレットの前に父王の亡霊が現れ、叔父クロ―ディアスこそが自分を殺した犯人だと告げる。父の復讐を誓ったハムレットは狂気を装い、本懐を遂げる機会を伺う。
一方、顧問官ポローニアス(小寺利光)の娘オフィーリア(皆本麻帆)は、憔悴したハムレットに想いを寄せるが、あるきっかけと誤解からハムレットがポローニアスを殺害するに至ったことに、錯乱し遂には絶命してしまう。ポローニアスの息子でオフィーリアの兄レアティーズ(金井成大)は、父と妹を死に追いやったはハムレットに激しい怒りと憎しみを抱き、その激情を利用したクロ―ディアスは、ハムレットを亡き者にせんと謀る。だが、ことの一部始終に心を痛めるガートルードは、身を挺してこの復讐の連鎖を留めようとする。というのもこの復讐劇は、そもそもハムレットの生まれる以前、美しきガートルードを巡って、ハムレットの父であるデンマーク王と、ハムレットの心の友であるノルウェーの王子フォーティンブラス(米原幸佑)の父であるノルウェー王とが対立したことに端を発していたのだ。
陰謀の最中に散るハムレットの学友ローゼンクランツ(木内健人)とギルデンスターン(加藤良輔)。何があろうともハムレットに寄り添い続けるホレイショ―(若松渓太)。彼らの命運をも巻き込みながら、復讐と陰謀が渦巻くデンマークの宮殿にやがて訪れるものは……
シェイクスピアの幾多の名作戯曲の中でも、特に上演の多い一作である「ハムレット」だが、今年一年は何の偶然がもたらしたものか、まるで「ハムレットイヤー」とでも言えそうに、この古典作品の様々な上演が続いている。そんな中で今回荻田が手掛けたこのミュージカル版は、シェイクスピアの戯曲の中でも謎として様々に議論されている、何故物語の最後に登場するフォーティンブラスにデンマークの王位を託すのか?にはじまる、幾多の疑問に諸説を絡ませた、「謎解きのパズル」を仕掛けていることに大きな特徴があった。
中でも重要な設定が、デンマークの王位継承権はそもそもガートルードにあり、彼女を妻にしたものが王となるという部分で、あまりにも美しいガートルードを争うことが、デンマークの王位を争うことだったという、全く新しい『ハムレット』が立ち上がってきているのが興味深い。全ての発端がハムレットの父である先王と、ノルウェーの王がガートルードを争った因縁からはじまることで、見慣れた「ハムレット」という戯曲が全く違う色彩を帯びて感じられてくるのは、荻田版としての非常に大きな特徴になった。ここからハムレットの出生の疑惑や、クロ―ディアスが本当に求めていたもの等々が描かれていくにつれて、王位を争う血塗られたデンマーク宮殿の物語が、ひたすらに愛を乞う物語に変換されていく様が、びっくりするほどロマンチックだ。
その物語性の深まり、登場人物すべてが愛を求めている姿が強烈なだけに、ミュージカルナンバーのほぼすべてが難曲ぞろいなのは、それがミステリアスな雰囲気をより高めているのはわかるものの、もうひと捻り欲しい気がする。このストレートに愛に帰結していく『ハムレット』には、せめて何曲かでももっと耳馴染みの良い、美しいメロディーがあった方が更に際立つのではないか。そのあたり研究の余地は残るように思うが、それを敢えてせずに、複雑な心理描写に重きを置いた楽曲を並べたのが、荻田ワールドの荻田ワールドたるゆえんなのかも知れない。港ゆりかの振付も芝居から動きに入っていく流れが実にスムーズだったし、半透明の揺れるセットで舞台を仕切った古口幹夫のセットも、博品館劇場の舞台面の奥行を実際の何倍にも感じさせる効果になっていた。
そんな愛とサスペンスに満ちた舞台で、ハムレットを演じる矢田悠祐の白皙の美青年ぶりと、優れた歌唱力が憂愁の王子の懊悩を見事に描き出している。特に自らの出生に疑問を抱き、亡き父に認められたいという想いがハムレットの強い復讐心を支えていく、という設定は荻田のデビュー作である『夜明けの天使たち』シリーズを微かに想起させるものでもあって、父に愛されたい、誰よりも慕い求めるからこそ憎悪もしている母の真実を知りたいと願うハムレットの心情を、前述したように聴いているだけでも眩惑されるほどの難曲ばかりのミュージカルナンバーで表現し得たのは、矢田の歌心あってこそだろう。
そのハムレットを愛するオフィーリアの皆本麻帆は、やや意外な世界観の衣裳での登場から非常に愛らしい姿で魅了する。長い髪の髪色も実はかなり難しい色味だと思うが、見事に自分のものにしていて、しかも後半、なぜこの髪色だったかがわかってくる狂気に至る表現になんとも言えない凄味がある。まさに皆本ここにありの展開で、強い求心力を放っていた。
荻田版『ハムレット』の鍵を握るガートルードの彩輝なおは、まずこの人が美しくないと全てが成り立たないドラマを支えている。目線や表情で存分に大人の女を演じながら、ふとした時にこぼれ出る純な哀しみと空虚の表現が絶妙で、宝塚歌劇団時代から劇作家荻田のミューズ的存在だった彩輝が、ガートルードに配役されたことの意味がストンと胸に落ちてくる。物語全体のファムファタールであり、ヒロインとしての存在感が顕著だった。
クロ―ディアスの舘形比呂一は、大きくゆったりとした動きと鋭い目線の芝居の対比、更によく響く美しい台詞発声で、兄を謀殺した王の複雑な感情を十二分に表している。特に今回のクロ―ディアスの行動にも、単なる簒奪者ではないハッとさせられる想いがあることがわかってくる筋立てに、舘形の唯一無二の個性がベストマッチ。最後の最後まで目の離せないパワーを放っている。
彼らメインキャストの四人が揃って、良い意味のファンタジー性、この世ならぬ者の雰囲気を纏った役者たちであることが、このミュージカル『ハムレット』に寄与していて、キャスティングの絶妙さを感じさせた。
ここに伍した若手俳優たちも、それぞれ非常に大きな働き場があり、誰もが難しい楽曲を歌いこなし、一癖も二癖もある人物像をきちんと具現しているのが頼もしい。ノルウェーの王子フォーティンブラスの米原幸佑は、ハムレットの魂の双子のような存在をきちんと立たせ、ラストに向けての展開を高めたし、レアティーズの金井成大の、適度に様式性のある美しい演じぶりと殺陣が強い残像を放った。『ハムレット』の派生作品として有名な『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』を生んだ役柄でもある、ローゼンクランツの木内健人とギルデンスターンの加藤良輔が、冒頭の「狂った王子」を存分に聞かせて惹き付けたのに対して、ドラマの終焉を語るホレイショ―の若松渓太の、優しい持ち味と美声も舞台を引き締めた。
また、メインキャスト四人と、彼ら若手俳優たちをつなぐ橋渡しの役割を、ポローニアスの小寺利光が堅実に務めていることも大きな力になっていて、特に芝居からダンスにつながる身体表現の自然さが群を抜き、作品の世界観を底支えしていた。
総じて謎解きのサスペンスと、怒涛の愛が描かれる異色の『ハムレット』が展開されていて、観終わって様々に語りたいものの多い舞台となっている。
【公演情報】
ミュージカル『ハムレット』
脚本・演出◇荻田浩一
原作◇ウィリアム・シェイクスピア
音楽◇la malinconica 福井小百合
振付◇港ゆりか
出演◇矢田悠祐
皆本麻帆
米原幸佑 小寺利光 加藤良輔 金井成大 木内健人 若松渓太
彩輝なお
舘形比呂一
●11/8~18◎銀座 博品館劇場
〈料金〉9,000円(全席指定・税込)
〈お問合せ〉博品館劇場 03‐3571‐1003
〈公式ホームページ〉http://theater.hakuhinkan.co.jp/pr_2019_11_00.html
【取材・文/橘涼香 舞台写真提供/博品館劇場】
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