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繊細な人間ドラマが浮かび上がるミュージカル『ビューティフル』上演中!

世界中で愛され続ける数々の楽曲を生んだ、アメリカを代表するシンガーソングライター、キャロル・キングの半生を描いたブロードウェイミュージカル『ビューティフル』が、有楽町の帝国劇場で上演中だ(28日まで)。

『ビューティフル』は“A NATURAL WOMAN”“YOU’VE GOT A FRIEND”等で世界的に知られるアメリカのシンガーソングライター、キャロル・キングの波乱万丈の半生を数々の名曲と共に綴ったミュージカル。ブロードウェイで幕を開けるやいなや大評判となり、演劇界最高峰のトニー賞主演女優賞をはじめ、グラミー賞やイギリスのオリヴィエ賞などを受賞。ブロードウェイだけでなく、全米ツアーやロンドン公演など各地でロングランとなり、2017年満を持して帝国劇場にて本邦初演された。今回の帝国劇場再演は、ヒロインキャロル・キング役の水樹奈々、平原綾香のWキャストをはじめ、中川晃教、伊礼彼方、ソニン、武田真治、剣幸ら、日本初演キャストが再集結。より練り上げられた美しい舞台が展開されている。

【STORY】
ニューヨークに住む16歳のキャロル・キング(水樹奈々/平原綾香)は、ソングライターになる夢を抱え、教師になるように勧める母親のジーニー(剣幸)を説得し、名プロデューサーのドニー・カーシュナー(武田真治)に曲を売り込み、作曲家への一歩を踏み出していた。だが、容易に新曲へのOKが出ず、思索に励む日々が続くキャロルの前に、同じカレッジに通うジェリー・ゴフィン(伊礼彼方)が現れる。劇作家を志しているジェリーは、戯曲の中に必要な歌の作曲をキャロルに依頼し、キャロルは自分の楽曲に歌詞をつけてくれるようジェリーに求め、意気投合した二人はたちまち恋に落ち、キャロルが作曲家、ジェリーが作詞家としてコンビを組んで楽曲制作に励む。ほどなくしてキャロルは妊娠。結婚した二人は更に必死で仕事と子育てに奮闘する。

同じ頃、二人はドニーがプロデュースする新進作曲家と作詞家のコンビ、バリー・マン(中川晃教)とシンシア・ワイル(ソニン)と良き友人となり、互いにしのぎを削り、ヒットチャートの首位を争うようになる。だが、ライバルの出現と、ヒット曲を書き続けなければならないという焦燥感から、ジェリーは精神的に追い詰められ、芸術の為と言い放ち公然と浮気を繰り返すようになり、家庭を大事にしたいキャロルとの間の亀裂が深まっていく。

それでもなんとか二人の仲を修復しようとするキャロルだったが、ジェリーの精神状態は更に不安定になり、ついに結婚生活は破綻。28才で二人の子持ちのシングルマザーとなったキャロルだったが、シンガーソングライターが台頭してきた時代の波が、はからずもキャロルの人生に新たな道を切り拓いていき……。

この作品の初演の舞台に接してまず驚かされたのが、所謂「アンサンブル」と呼ばれる面々の大活躍だった。というのも、この作品ではメインキャストがいずれもクリエーター役である為に、彼らが曲を作り、こんな曲が出来たとプロデューサーに売り込むと、その歌の完成形を「シュレルズ」「ザ・ドリフターズ」「ボビー・ヴィー」等々の大スター役に扮したアンサンブルの面々がゴージャスな衣装で歌い踊る、という展開が続くからだ。しかも歌われるのは、実在のクリエーターである役柄の本人たちが作詞・作曲した、60年代のヒットチャートを席巻した楽曲ばかり。ここまでやりがいのあるアンサンブルキャストはちょっと例がないのではないか?と思ったし、それら既存の楽曲と歌詞が、キャロルの半生を見事に描き出していくジュークボックス(カタログ)・ミュージカルとしての完成度にも感心させられたものだ。

だが、それらの魅力が決して減衰した訳ではない上で尚、今回2020年の再演バージョンでは、クリエーターであるメインキャストの面々が、試行錯誤を繰り返し、その日、その時の想いを楽譜と言の葉に乗せていく過程がよりクリアに前面に出てきている。初演から同じ役柄を深めてきた彼らが、悩み苦しみながら、傷ついた心もプライドも愛も、全てを楽曲の中に昇華させていく過程が鮮やかで、それが、スター役が繰り広げる華やかなショー場面と密接につながっていくことによって作品の深みが格段に増した。この効果には役者陣の熟成はもちろんだが、コロナ禍の中で海外のクリエイトチームのリモートによる指示を踏まえつつ、初演のアドバイザーという立場から「演出リステージ」とクレジットされた上田一豪の緻密な作品創りが生きていると感じる。キャストの細かい芝居の一つひとつの言動に、各々の個性だけでなくきちんとした裏付けが見えることが、ミュージカルとしての『ビューティフル』の完成度を高めた。ほぼ同じメンバーでの再演が、三年前とは明らかに違う妙味を生んでいることが頼もしい。

そんな成熟を如実に感じさせるキャストは、キャロル・キングの水樹奈々がよりチャーミングなキャロル像を演じていて目を引く。元々声優界を代表する大スターで、伝説的な規模のライブパフォーマンスも多く経験している人だが、やはり初ミュージカル、初帝劇主演だった初演時にあった「水樹奈々が演じているキャロル」という感覚が「キャロルを演じる水樹奈々」に変貌していて、一途で真っ直ぐなキャロルがなんともキュート。歌声もよく伸び、役者としての成長が顕著に表れていて見応えがあった。

もう一人のキャロルの平原綾香は、初演のあたかもキャロル・キングその人が憑依したかのような「これがキャロルだ!」という絶大な説得力の上に、より進化した演技力が加わり、冒頭のカーネギーホールのシーンから、16歳の少女となって登場するキャロルの変貌ぶりが鮮やか。「Jupiter」に代表される、サックスの奏法から導き出された平原独特の歌い方とは全く異なる、ミュージカル唱法を自在に操る歌唱面も更に深まっていて、キャスト、スタッフ、観客全てに愛を注ぐカーテンコールの存在感まで、まさに日本のキャロル・キング。改めて適役ぶりを感じさせた。

特に水樹、平原共に本来の魅力的なビジュアルで、キャロル・キングの人前で歌うことが苦手で、自分の容貌に対してコンプレックスを持っている垢ぬけなさを臆せず表現している役者魂が、ドラマの輪郭をより際立たせているのも見逃せない魅力になっている。

その夫のジェリー・ゴフィンの伊礼彼方は、初演時自らある意味のネタにしていた「帝劇の舞台にはトータルで20分しか立ったことがない」(※『エリザベート』のルドルフ皇太子役、『王家の紋章』のライアン役)という経験値が、この三年間で『レ・ミゼラブル』のジャベールをはじめとした大役を次々に演じて飛躍的に高まり、俳優・伊礼彼方の存在が格段に大きくなったことで、ジェリー役にも更なる陰影を与えている。誰もが夢中になるハンサムで自信満々に映るジェリーが、実はキャロルに自分の戯曲を見せる冒頭のシーンから人の評価に怯えている。そんな繊細さと二枚目の美丈夫ならではの自意識の高さとの間で、バランスを欠いていく様に切迫感が増し、ヒロインのキャロルに対して誠実とは言えない行動をとる、ジェリーの心情にも思いを馳せられる人間ドラマを深めた。

二人のライバルとなるバリー・マンの中川晃教の絶好調ぶりも加速していて、病気ノイローゼで惚れっぽいわりに、あっという間に悲観的になるバリーの一挙手一投足から、いつしか目が離せなくなる魅力に溢れる。確かに台詞のはずなのにアドリブに聞こえるほどナチュラルな台詞術と、今できあがった曲を歌い出す折の自由さ、舞台の回数だけ歌い方が異なるだろう、その日のバリー、その日の中川晃教が歌うことで、今ここで楽曲が生まれてきたと本気で感じさせてくれるのは、クリエーターを描いたこの作品にとってあまりにも貴重。音楽がかかると自然にリズムを刻み、いつの間にか歌い出しているアーティスト中川晃教その人と、劇中のバリー・マンが完全に重なる妙味を今回もたっぷりと感じさせてくれた。中川ならではのハイトーンボイスはもちろん、舞台の最奥にいる謂わば群衆シーンでの自在さにも注目して欲しい。

この中川にしかできないと思える、今そこで生きているバリーを更にリードできるのも、この人しかいないだろうソニンのシンシア・ワイルもまたなんとも鮮烈。メインキャストが自作の歌を披露する形式が取られているこのミュージカルの中にあって、自己紹介と自分の楽曲披露を兼ねる初登場時の歌の、ミュージカルらしさの輝きからパワー全開。バリーとの良好な関係を今のまま保ちたいと願うシンシアが、実は抱えているトラウマもきちんと表現しながら、過度に湿っぽくならない匙加減も抜群だ。特に、中川バリーとの丁々発止と交わされる台詞だけでなく、その間の表情変化が台詞以上にものを言う豊かさと、二人のデュエットのライブ感も心をくすぐる。今日はこの二人を観る日、と割り切った観劇日を作りたくなるほどの好演で、再演の舞台の充実度を高めていた。

彼らを世に出す音楽プロデューサー、ドニー・カーシュナーの武田真治が、設定はおそらく鬼プロデューサーなのだろうが、作品中では情に厚く、クリエーターたちにリスペクトを忘れない信頼に足る人物を、適度なカリカチュアを混ぜながら真摯に演じている。ヒット曲を量産し続けなければならない重責にある人が、こんなにも好人物ということがあるだろうか…という、現実的な疑問を差し挟ませない武田の資質が今回も存分に生きていて、ドニーがいてこそ四人のクリエーター達、更には大スターの歌手たちの栄光があると思わせてくれる「ビューティフル」な存在に磨きがかかっている。

キャロルの母親ジーニーの剣幸は、娘を愛するが故に堅実な道を歩ませたいと願うものの、結局はショービジネスの世界で戦う娘を応援し、支えになっていく母親像を丁寧に演じている。この人に歌もダンスもないというのが、初演からあまりにももったいない贅沢なキャスティングになっているが、ミュージカルが身体に入っている人が芝居で支えるからこその、リズム感の良い台詞術も生き、娘自慢が暴走するラストシーンの可笑しみも抜群。カーテンコールで満を持して弾ける姿の躍動感が、軽やかな印象を残して楽しい。

彼らをメインキャスト、他のメンバーをアンサンブルと呼ぶのがもう全く似つかわしくないのが、前述したようにこの作品の大きな特徴で、ひとり一人にいくつもの見せ場があって何を挙げるかが悩ましいほど。敢えて書けば男性キャストは、「ザ・ドリフターズ」での伊藤広祥の活きの良いダンス、神田恭兵の渋みを増した歌声、長谷川開の60年代のスターにピッタリのストレートな美声、東山光明の歌・ダンス・芝居全てに穴のないオールマイテイぶり。「ライチャス・ブラザーズ」の山野靖博の低音の魅力と、絶妙なハモリを聞かせる山田元は、キャロルに新たな道を開くきっかけを与えるニック役の温かさも外せない。

女性キャストは清水彩花のジェリーの浮気相手マリリン役で見せる艶、菅谷真理恵の溌剌としたダンス力、高城奈月子の「シュレルズ」のリードボーカルの大スター感と、ドニーの秘書役のドライな造形の切り替え、塚本直のジャネール・ウッズが初登場時から後の展開を感じさせる演技力、MARIA-Eの衣装の早替わりを含めたパッション全開の「The Locomotion」、ラリソン彩華の、キャロルのカレッジのクラスメート役の弾けっぷり等々、どのキャストもいずれ劣らぬ大活躍で、舞台をおおいに弾ませてくれる。

何よりも「僕たちはこの曲でどこまでも行ける」という青春の果てしない希望と「人生には成し遂げられるものと、そうでないものがあるけれど、成し遂げられなかったものの代わりに必ずビューティフルなものが得られる」という人生の哀歓が示す滋味深い希望とが共にある作品が、深く豊かに熟成されていて、どんな困難の中にも、歌があり友があり愛があることを信じられる美しい舞台になっている。

【公演情報】


ミュージカル『ビューティフル』
脚本◇ダグラス・マクグラス
音楽・詞◇ジェリー・ゴフィン&キャロル・キング
バリー・マン&シンシア・ワイル
演出◇マーク・ブルーニ
振付◇ ジョシュ・プリンス
翻訳◇目黒条
訳詞◇湯川れい子
演出リステージ◇上田一豪
出演◇水樹奈々、平原綾香(Wキャスト)
中川晃教、伊礼彼方、ソニン、武田真治、剣幸
伊藤広祥、神田恭兵、長谷川開、東山光明、山田元、山野靖博、清水彩花、菅谷真理恵、高城奈月子、塚本直、MARIA-E、ラリソン彩華
●11/5~28◎帝国劇場
〈料金〉S席13,500円 A席9,000円 B席4,500円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉東宝テレザーブ 03-3201-7777(9時半~17時半)
〈公式ホームページ〉http://www.tohostage.com/beautiful/

 

【取材・文/橘涼香 写真提供/東宝演劇部】

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