珠城りょう、夢を追い続けた宝塚に別れ! 宝塚歌劇月組公演『桜嵐記』『Dream Chaser』千秋楽レポート vol.1
2021年8月15日、トップスター珠城りょう、トップ娘役美園さくらを含む9名の退団公演である宝塚月組公演 ロマン・トラジック『桜嵐記』、スーパー・ファンタジー『Dream Chaser』が、東京宝塚劇場で千秋楽を迎えた。
愛知県出身で2008年『ME AND MY GIRL』で初舞台を踏んだ珠城りょうは、月組配属後2009年当時の月組トップスター瀬奈じゅん退団公演『ラスト プレイ』新人公演で、次期トップスター霧矢大夢の持ち役であるムーア役に大抜擢され、大型新人現る!と一躍注目を集めた逸材。翌年2010年霧矢トップ披露公演『THE SCARLET PIMPERNEL)』新人公演パーシー・ブレイクニー役で早くも新人公演初主演。2013年宝塚バウホール初主演作品『月雲の皇子』の木梨軽皇子役では、予定になかった東京公演が急遽行われるなど、高い評価を受けた。その後も次々に大役を演じ、2016年『激情』『Apasionado!!III』での全国ツアー公演初主演を経て、同年初舞台から9年目という若さで月組トップスターに就任。現在まで月組の先頭に立って走り続けてきた。
そんな珠城の退団に際して用意されたのが、ロマン・トラジック『桜嵐記』。鎌倉時代末期、幕府を倒し将軍から政権を奪還した後醍醐天皇(一樹千尋)の政策に不満が募り、再び武士が政治を担うべきと源氏の血を引く武将・足利尊氏(風間柚乃)の元に全国の武士が集結。後醍醐天皇を京の都から追い落とし、足利将軍のもと再び武家政権を樹立した。だが、後醍醐天皇は落ち延びた奈良の吉野山が都であり、自らが正統な君主だと主張。南北朝の争いが続いたが、尊氏率いる北朝の圧倒的な兵力の前に、戦の結果は見えているに等しく、ほとんどの武家が北朝方になるなか、最期まで南朝のために戦い続けた楠木正成(輝月ゆうま)の遺志を継ぎ、後醍醐天皇亡き後も後村上天皇(暁千星)をいただく南朝に与して戦い続けた楠木正行(珠城りょう)、弟の正時(鳳月杏)、正儀(月城かなと)の人生と、北朝への恨みのみを支えに生きてきた弁内侍(美園さくら)と正行との、短くも尊い恋とが描かれていく。
楠木正成、正行ほど戦前・戦中と戦後とで評価が変わった武将も多くないし、天皇の為死ぬことこそ忠義、家名の誉という考え方をどう描くかも含め、現在の時代の空気に照らしてもこれは基本的に難しい題材だったと思う。だが、そこは珠城の出世作『月雲の皇子』を書き下ろした上田久美子。月組トップスター珠城りょうを見事に送り出すことに、何よりも注力したと感じさせる舞台は、そうした歴史の評価を超えた物語として非常に美しい。特に、『ベルサイユのばら』の「バスティーユの戦闘」以来、半世紀に近い間宝塚歌劇で多用されてきた、敵は客席側にいて登場人物は正面に向かって闘うというスタイルを、敵味方を前後に配置して、尚、互いがやはり正面を向いて戦うという重層的な演出に変換した新鮮さがあり、元々左右に敵味方を分けることで人数が減り、迫力が落ちることの解決策として生れた「バスティーユの戦闘」から、一歩先に進めたこの「四条畷の合戦」の見せ方は、宝塚歌劇の今後の指針として注目すべきものだろう。他にも、銀橋を用いた回想シーンと本舞台の劇中の現在とを重ね合わせる演出と、同時に正行と弁内侍の限りある時のなかでの恋の描写の、満開の桜と猿楽の女たちの舞など、宝塚歌劇の古典的な演出の取り入れ方も巧みで、上田の絵作りの上手さが際立った。
その中で、やはり珠城の楠木正行の、先を見据える目を持っているが故の葛藤を超えた、むしろ不器用なまでに真っ直ぐな生き方の、ストレートな表現が心に残る。珠城その人の誠実で骨太な気骨を感じさせる資質が見事に生きていて、劇中の人物が正行に心酔していく過程がごく自然に納得できる、男役・珠城りょうの集大成に相応しい演じぶりだった。
家族を皆殺しにされ北朝への復讐だけを頼みに生きてきた弁内侍の美園さくらは、初登場時点の全ての感情が凍り付いている張り詰めた表情から、正行との出会いによって花が咲いていること、鳥がさえずっていることに気づいていく、心が解けていく過程を丁寧に表現している。美しいソプラノも生き、やはりトップ娘役として最後となる役柄を心に残るものに仕上げた。
楠木三兄弟の末弟・正儀の月城かなとは、改めて惚れ惚れとする芝居巧者ぶりで魅了する。戦場を遊び場だと言い切り、あくまでも軽やかに振る舞いながら思ったことも率直に言葉にできる闊達さと、その中にある悲しみの表現もいい。無理なく作中に取り入られた月組の次代を引き継ぐ、志を受け取る場面も深く見せた出色の出来だった。
三兄弟の中で妻を愛し、戦よりは飯炊きを愛すると言い切れる異色の武士・正時の鳳月杏も、作品の一服の清涼剤である前半と、決意を固めて運命を担う後半の演じ分けに力量を示す。いっそ別の道を行け、とやきもきさせられるのは鳳月の正時の造形が確かだからこそのことだろう。
この三兄弟の描き分けがくっきりとしていて、母・久子の香咲蘭、正時の妻・百合の海乃美月、百合の父太田佑則の春海ゆう、弟の太田百佑の英かおとをはじめとした関わる人々の存在もそれぞれに彩を為し、次期トップ娘役の海乃の健気さ、たおやかさはやはり貴重。三人の子供時代の白河りり、詩ちづる、一乃凜も溌剌として愛らしい。また正行と弁内侍の出会いから、正行に従い続けるジンベエの千海華蘭が、作品中随一と思えるほど書きこまれた役柄を十二分に演じ、作品全体のイメージも変えたほどの存在感を発揮したのが素晴らしかった。
物語が斜陽の南朝を描いているだけに、南朝側の描写が手厚く、後醍醐天皇の一樹千尋はほとんど怨霊に見える禍々しさ。彼の権力欲が人々を如何に不幸な戦に追い立てたかがストレートに伝わってくる。その息子で現在の南朝の天皇・後村上天皇の暁千星は、この戦いの為に命を落とした人々の御霊を弔って生きたいという願いと、それで死んでいった者たちの無念が浮かばれるのか?との思いとの懊悩に真実味があり、なおはんなりとした居住まいも維持していて、役者として一皮むけた感がある。正行と自分を「幼友達」と表現する、天皇の優しさが暁の個性によくあった。
その后・中宮顕子の天紫珠李は台詞発声に工夫があり、母・阿野廉子の楓ゆきは後醍醐天皇の遺志を継ぐ迫真の演技で自らの退団に華を添えた。北畠親房の佳城葵が、公家の誇りと息子を失った悲しみとの間で生まれた頑なさ。その息子北畠顕家の夢奈瑠音のワンシーンで強い印象を残した二枚目男役としての存在感。弁内侍の少女時代のきよら羽龍の悲しみと絶望と、それぞれの表現が見どころにあふれる。なかでも、楠木正成の輝月ゆうまが、骨太な造形と、終盤を支える歌唱力で魅了する。この公演を最後に専科に異動したが、実力を買われてのことだろう。更なる活躍に期待したい。
一方北朝側は、北朝の威光を双肩に担う足利尊氏の風間柚乃の存在感と貫禄が異次元級。珠城、月城、鳳月を向こうに回して「楠木三兄弟、美しゅう長じたものよ」と言ってのけて不自然さがない100期生というのは、最早驚異としか言いようがない。本来専科生の応援を頼むことが自然な役柄を堂々と演じる風間が、今後の月組にとってますます貴重な存在になっるのは間違いなく、目が離せない存在だ。
その配下、高師直の紫門ゆりやは、学年を重ねても損なわれることのなかったソフトな王子様感をかなぐり捨てるかのように、一見誰だかわからないほどの歌舞伎風メイクで作り込んだ欲得ずくの武将を力演。輝月と同じくこの公演を最後に専科に異動したが、高師直で魅せた驚きが広がるのに期待したい。師直の弟という設定になった高師泰の蓮つかさは、観る度に芝居力が増していて、兄の乱行に心を傷めつつも、立場をわきまえて歩む人物を誠実に演じている。師直に夫の命乞いをする祝子の蘭世惠翔、尊氏配下の花一揆の饗庭氏直の結愛かれんは、一見逆ではと思われる配役を双方きちんと自分のものにしていて目を引く。
この北朝で武家を頼りしたたかに生きている公家の女房仲子の白雪さち花、名子の晴音アキら娘役が、南朝の強い立場を持つ公家を演じていたり、ある老年の男、ある老年の女として登場した月組の組長・光月るうと、副組長・夏月都の存在が、これぞトップ退団公演のラストシーンにつながるなど、作劇上の仕掛けもよく出来ていて、珠城&美園の退団への餞に満ちている舞台なだけに、千秋楽公演には万感募り、マスクの下のすすり泣きが伝わってくるようだった。
その退団公演への餞の趣は、月組が総力をあげて展開するショー、スーパー・ファンタジー『Dream Chaser』にも貫かれていて、主題歌をはじめ使われている楽曲のどれもが耳馴染みよく、ひと場面をたっぷりと取った上で、人の出し入れの面白さで惹きつける。作・演出の中村暁らしい、これぞ王道ショーの安定感が心地良い。
タンゴ、和風テイストのロック、命への讃歌、そして黒燕尾。ダンスダンスで押してくる様々な場面で、珠城のスーツ姿のキマりっぷり、あくまでも大きな男役像が舞台から飛び出してくるようだ。特にブルーの衣装が美しい和風テイストを加味した「Dawn」の迫力には忘れ難いものがあった。
次期トップの月城が若手を率いる場面をこの公演でも担うのか!という鮮烈さ、鳳月、暁、美園という組み合わせの妙、珠城と組んでタンゴを踊る海乃、風間の豊かな歌唱力と、この日までしか観られない月組と、これからの月組が描く未来とが共存しているショー作品で、珠城と美園の惜別のデュエット、珠城時代を支えた男役たちとのラストダンスなど盛りだくさんなあっという間の1時間。どこかで下りて欲しくない幕が、いつしか熱気のなか静かに下りていった。
【公演データ】
宝塚歌劇月組公演
ロマン・トラジック『桜嵐記』
作・演出◇上田久美子
スーパー・ファンタジー『Dream Chaser』
作・演出◇中村暁
出演◇珠城りょう 美園さくら ほか月組
●7/10~8/15◎東京宝塚劇場
【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】
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