記念公演!松本白鸚が追い続けた「見果てぬ夢」ミュージカル『ラ・マンチャの男』日本初演50周年記念公演!
1969年の初演以来、昭和、平成、令和と三つの時代を駆け抜けて来た、ミュージカル界の金字塔『ラ・マンチャの男』、日本初演50周年記念公演が帝国劇場で上演中だ(27日まで)。
ミュージカル『ラ・マンチャの男』は、スペインの国民文学であり、ミゲール・セルバンテスの代表作ドン・キホーテ』を原作に1965年にブロードウェイで初演され、翌1966年にトニー賞ミュージカル作品賞をはじめ五部門を受賞した傑作ミュージカル。1969年に落成間もない帝国劇場で、当時26歳市川染五郎(現・二代目松本白鸚)の主演で本邦初演され、以来、50年松本幸四郎、松本白鸚と名は変われど、同じ一人の俳優がひとつの作品を演じ続け、この公演で上演回数1,300回を突破した、奇跡の作品となっている。
【STORY】
16世紀末のスペイン、セビリアの牢獄では教会を侮辱した罪でセルバンテス(松本白鸚)が従僕(駒田一)共々投獄されようとしていた。新入りの彼らをこづきまわす囚人達で牢内は騒然とし、騒ぎを聞きつけた牢名主(上條恒彦)が、セルバンテスを詰問したばかりかここで裁判をやろうと言い出す。
なんとかこの場を収めたいセルバンテスは、即興劇の形で申し開きをしようと思い立ち、配役が多いので、ここにいる囚人全員にご登場頂きたい、と準備をはじめる。
それは、セルバンテスが創り出した、さして若くはない田舎の郷士アロンソ・キハーナ(松本白鸚)の物語──
アロンソ・キハーナは朝な夕な本に親しみ、遂には本の読み過ぎで狂気の沙汰とも言えるとんでもない計画を思いつく。それは何世紀も前に姿を消した遍歴の騎士となって、悪を滅ぼさんがために世界に飛び出そうという計画。その男こそ、人呼んでラ・マンチャの男、ドン・キホーテ(松本白鸚)だ。
キホーテは従僕のサンチョ(駒田一)を引き連れ、勇猛果敢な旅に出陣する。キホーテが戦う4本の腕を持つ巨人マタゴールもサンチョの目にはただの風車だし、城壁をめぐらした城もただの旅籠にしか見えない。それでも嬉々としてキハーナの供をするサンチョは、ただ純粋に主人を慕っている。そんな旅の途中に立寄った「城」で、キハーナはひと際目を引く女アルドンザ(瀬奈じゅん)に出会う。
荒くれの男共をあしらい続ける下働き女のアルドンザが、キホーテには“麗しき姫ドルシネア”その人に見える。憧れの姫のため身を捧げる決意をするキホーテ。彼の言葉がさっぱり理解できないアルドンザだったが、淑女として扱われるうちに、彼女にも微かな変化が表われはじめる。だが、それが気に入らないラバ追いの男たちがアルドンザに襲い掛かる。身も心もボロ布のようになったアルドンザを目にしても、“麗しの姫”と崇め続けるキホーテ。だがそこに鏡の騎士を名乗る一団が表われ、勇猛果敢な騎士ではなく、妄想に執り付かれた老いた男であるキハーナの真実を突き付ける。理想の世界、人としてのあるべき姿を求め「見果てぬ夢」を追い続けたキハーナ、そしてセルバンテスが見た真実とは……。
『ラ・マンチャの男』は、「ドン・キホーテ」の作者セルバンテスが宗教裁判にかけられる為に投獄された牢獄で、劇中劇として自分を遍歴の騎士だと信じ込んでいる田舎の郷士アロンソ・キハーナと、騎士ドン・キホーテを演じる、三重構造で進む作品だ。初演当初からその哲学的な内容と、革新的な描き方は、従来のミュージカル作品とは一線を画すここにしかない骨太な力強さを誇っていた。
とは言え、何しろこの作品が本邦初演された1969年と言えば、日本のミュージカル界は未だ黎明期の只中。主演俳優が出すことのできない高い音域、低い音域はオペラ歌手が担当し、ダンスは日劇ダンシングチームが担うという分業体制で、作品が成り立っていた時代だった。
そんな50年前に、華やかな衣装がある訳でもない、一見しては地味な作品をミュージカル界の未来の為に上演しようと決断した菊田一夫と東宝の勇気と、歌舞伎界の御曹司であり、既に『王様と私』の王様役でミュージカルの舞台に登場していたとは言え、26歳の若者であった市川染五郎が主演を務めることを決断した気概には、ただ敬服するしかない。両者が漕ぎ出した船が、今日の日本のミュージカル全盛時代を築く祖となったばかりでなく、今この時も尚、作品が輝き続けていることをなんと形容すれば相応しいだろうか。やはりそれは「奇跡」としか言い表せないものに思える。
この作品の根幹を成すものは、あまりにも有名な名台詞「最も憎むべき狂気は、あるがままの人生に折り合いをつけてしまって、あるべき姿の為に戦わないことだ」が語る重さに他ならない。確かに人は常に理想を持ち続けるべきだし、生きるということはその理想に向かって進み続ける日々であるべきだろう。それはよくわかる。
けれども、やはり生きていくために、社会の一員であり続ける為には、この言葉の持つ重さが辛すぎる日もある。理想を求め続け、戦い続けるのは決してたやすいことではない。そこに理想があるとわかっていても、その前に守らなければならないものはあまりにも多く、日々は目の前の目的だけに忙殺されていく。あるがままの人生に折り合いをつける以外に、生きる術がないことはどれほど多くあるだろう。
けれども、だからこそ今、喜寿を迎えた白鸚が、あるべき姿の為に戦い続ける舞台に立ち続け、「夢は稔り難く/敵は数多なりとも/胸に悲しみを秘めて/我は勇みて行かん」と「見果てぬ夢」を歌い続けてくれることが眩しくも尊い。年年歳歳、この舞台で勇猛果敢に自分を遍歴の騎士だと思い込む、さして若くはない田舎の郷士アロンソ・キハーナに自らの年齢と、肉体が近づいていった白鸚の渾身の演技と歌唱が、「汚れ果てしこの世から/正しきを救うために」歩み続けるドン・キホーテを、真実にしてくれた。理想を求め続けた演劇の力が、舞台に真の勇者を描き出す姿から受け取れる勇気には、計り知れない大きさがある。ここには作品を体現した白鸚が描いた、人のあるべき姿が輝いている。半世紀をひとつの役に打ち込んでくれた、白鸚に深い畏敬の念を覚えた。
そんな白鸚の遍歴の旅の50周年記念に、アルドンザ役で初登場した瀬奈じゅんが、宝塚歌劇団時代に男役として培った強靭なものと、いま、女優として得たしなやかさとを、共に役柄に生かしているのが素晴らしい。アルドンザの変化には他者からどう扱われるかによって、人の人格形成が変わっていくことの真実があり、その変化を丁寧に表出した瀬奈のアルドンザが、キハーナから求め続けた理想を受け取る。「私はドルシネア」と凜として立つ姿は、この作品のメッセージのすべて、つまりは観客に投げられたすべてを体現するものだった。
1999年から床屋を、そして2009年からサンチョを演じてきた駒田一、1977年からほぼ途切れなく多くの公演で牢名主を演じている上條恒彦、1997年から家政婦を演じ続けている荒井洸子ら、この作品と共に歩む顔が更に深みを増すと共に、2015年からカラスコ博士を担う宮川浩、今回初登場のアントニアの松原凜子など、新たな風も取り入れつつ、50年間人が生きて行く理想を描き続けてきた奇跡の作品の、気高く尊い力に想いを馳せる舞台になっている。
また、10月21日、通算上演回数が1,300回を突破したことを記念して、特別カーテンコールが行われた。
サンチョ・パンサ役の駒田一が「日本初演50周年記念公演、そして本日が1,300回上演記録達成の記念公演となります」と高らかに宣言。アルドンザ役の瀬奈じゅんから、この歴史を主演として務め続けてきた松本白鸚に花束が贈呈された。
この日の為にブロードウェイでこの作品が初演された1965年に、アントニア役を務めたミミ・タークが駆け付け、客席から「本日ここでこの素晴らしい公演を観劇することができて、大変感動しております。このように作品を引き継いでくださって、本当にありがとうございます」との賛辞が贈られた。
それに応えた松本白鸚は「ありがとうございます。初演以来50年だそうでございます。私も喜寿を迎えました。出演者の方々、また東宝の方々とご一緒に続けてきて、私はただ一生懸命に無我夢中でやっておりましたけれども、全てはこの劇場に足をお運びくださった皆様のおかげでございます。今日ミミ・タークさんとご子息とがいらしてくださいましたが、ミミ・タークさんのご主人は私がマーチンベック劇場に立つために、ひと月舞台上で、英語でリハーサルをさせて頂いた折に、それは懇切丁寧に教えてくださいました。忘れることはできません。ミミさんありがとうございます!
また『ラ・マンチャの男』の舞台をやっている時にひとつ思うことは、現実と真実ということを申しますが、私たちが生きている世界は現実でございます。私も現実の世界では皆様と同じように楽しいこと嬉しいことばかりではなく、苦しいこと辛いこと悲しいことがございます。でもこの『ラ・マンチャの男』をやりながら私は苦しみを苦しみのままで終わらせない、苦しみを勇気に。悲しさ、辛さをそのままにするのではなくて、悲しみを希望に変えたいと思って毎日やっておりました。それは出演者の皆様とご一緒です。
そして私の家族や友人、それから出演者の中にも、この東宝の中にもこの世にいらっしゃらない方もおられます。でもその皆様方の想いを胸に、私は毎日毎日「見果てぬ夢」を歌い続けております。そしてこの50周年記念公演を、初演と同じこの帝国劇場でやらせて頂けた、これは一重にご来場くださいました皆様方のおかげでございます。本当に感謝致します。
これからも命の続く限り役者人生、そして人間として生きて参りたいと思います。どうも本日はご来場誠にありがとうございます」と、1970年に日本人として初めてブロードウェイからの招待を受け、単身ニューヨークに渡り、マーチンベック劇場にて全編英語で60ステージを主演として務めた当時の思い出を含めて挨拶。客席から「高麗屋!」との掛け声と共に万雷の拍手が湧き起こった。
そこから瀬奈が歌い始め、やがて全員のコーラスに発展した「見果てぬ夢」が届けられ、客席には「ラ・マンチャの男1300回」と記された金銀のテープが舞い降りた。
鳴りやまぬ拍手の中、再び白鸚が登場。ミミ・タークと観客の全てにと、英語で「見果てぬ夢」を披露。その魂の絶唱に、劇場は新たな感動の渦に包まれ、この奇跡の作品が迎えた節目が、更に未来へと続き、希望の光を放ってくれることを願う時間となっていた。
【公演情報】
日本初演50周年記念公演
ミュージカル『ラ・マンチャの男』
脚本◇デール・ワッサーマン
作詞◇ジョオ・ダリオン
音楽◇ミッチ・リー
訳◇森岩雄 高田蓉子
訳詞◇福井崚
振付・演出◇エディ・ロール(日本初演)
演出◇松本白鸚
演出スーパーバイザー◇宮崎紀夫
出演◇松本白鸚
瀬奈じゅん 駒田 一 松原凜子 石鍋多加史 荒井洸子 祖父江進 大塚雅夫 白木美貴子 宮川浩 上條恒彦 ほか
●10/4~27◎帝国劇場
〈料金〉S席 13,500円 A席 9,000円 B席 4,500円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉東宝テレザーブ 03-3201-7777(9時半~17時半)
〈公式ホームページ〉https://www.tohostage.com/lamancha/
【取材・文・撮影/橘涼香 舞台写真提供/東宝演劇部】
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