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未曾有の困難のなかで輝く美しき記憶 宝塚花組公演『巡礼の年~リスト・フェレンツ、魂の彷徨~』『Fashionable Empire』

柚香光率いる宝塚花組公演ミュージカル『巡礼の年~リスト・フェレンツ、魂の彷徨~』ショー・グルーヴ『Fashionable Empire』東京宝塚劇場公演が9月4日千穐楽を迎える。

ミュージカル『巡礼の年~リスト・フェレンツ、魂の彷徨~』は、「ピアノの魔術師」と称され、19世紀初頭のヨーロッパで絶大な人気を博したピアニスト、フランツ・リストの激動の人生を描いた生田大和のオリジナル作品。主人公のリストをはじめ、同時代に生きた芸術家たちの生きざまと歴史の事実に、大胆な創作を加えて編まれたミュージカルになっている。

【STORY】
1832年、パリ。
フランスは大革命、恐怖政治、ナポレオンの第一帝政、失脚後の王政復古、七月革命と長きにわたる動乱のなかでなお、権力を握る貴族とブルジョワジーによって牛耳られていた。
そんなパリ社交界で、貴婦人たちを熱狂させているピアニストがいた。彼の名はフランツ・リスト(柚香光)。類まれな美貌と、超絶技巧を駆使した演奏技術はパリのサロンを席捲し、その人気は今や頂点に達していた。だが、謂わばスター演奏家として脚光を浴びれば浴びるほど、彼の音楽が本来在るべき姿から遠ざかっていくことを案じた同じピアニストであり作曲家のフレデリック・ショパン(水美舞斗)は、リストに演奏会の批評記事を見せる。ダニエル・ステルンという筆名で書かれたその批評には、世情に反してリストの演奏を礼賛せず、むしろ魂を裏切って生きるアルルカンの悲しみを感じると記されていた。

無意識に見ないようにしてきた、内省する音楽と「フランツ・リスト」というスター演奏家の虚像との乖離に苦しむ心の内を言い当てられたことで、リストは幼年時代から今日までの苦闘の日々を思い起こす。故郷のハンガリーで音楽の才を期待され、父親と共にウィーン、そしてパリへと旅するが、故郷では際立っていた彼の才能は、音楽の都では決して他を圧するものではなかった。しかも、その大きな挫折の為に父親は憔悴して世を去り、リストはたった一人で、貴族社会のお抱え芸術家として生きるために、持てる全てを磨き時代の寵児にまで上り詰めた。にもかかわらず、求める音楽は更に遠ざかっていく。

何故、自らにさえも認めさせていなかったこの空虚を見抜くことができたのか。リストは批評の主、ダニエル・ステルンが、ダグー伯爵(飛龍つかさ)の妻、マリー・ダグー伯爵夫人(星風まどか)であることを突き止め、密かに彼女の元を訪れる。

リストの突然の来訪にはじめは戸惑ったマリーだったが、冷え切った夫との関係は割り切って自分の人生を謳歌すればいい、という貴族社会の考え方に馴染めず、自らの存在意義を求めて男性名義で文筆活動をしていた自分の姿を、あなたに重ねただけなのだと、気づけば心の内を語っていた。初めて魂が共鳴する女性と出会えたと確信したリストは、本当の自分を取り戻すためにマリーと出奔。パリから遠く離れたスイスのジュネーブで、誰かに聞かせる為ではない、自ら湧き出る音楽「巡礼の年」を紡ぎはじめる。だが、男装の女流作家でリストと浅からぬ仲でもあったジョルジュ・サンド(永久輝せあ)が、ショパンをはじめ芸術家仲間たちとリストを追ってきたことから、運命の歯車は再び軋みはじめ……

「ピアノの魔術師」と呼ばれ、どんな難曲も初見で弾きこなしたと伝えられるピアニストであり、作曲家、指揮者、音楽指導者でもあるフランツ・リストの人生は、様々な逸話で彩られている。特によく知られているのが「ヴィルトゥオーゾ・ピアニスト」(超絶的な技巧を持つピアニスト)としての一面で、眉目秀麗で社交界の花形でもあったリストは、今で言うアイドルスターのような人気ぶりで、多くの貴婦人を惹きつける存在だった。一方で、ハンガリーに音楽院を創設して後進の育成に努め、無料で多くの弟子を育てたほか、ピアノという当時発展途上だった楽器そのものの進化にも尽力。災害のあった地域に出向いてチャリティコンサートを開催したり、一朝一夕に結果の出ないオペラ作品の初演を精力的に行うなど、ヨーロッパを股にかけた当時としては例を見ない「音楽大使」とも言える活動を続けた人としての後半生については、意外にもさほど多くは語られていないように思う。

おそらくこのことが、今回の作品『巡礼の年~リスト・フェレンツ、魂の彷徨~』にも影響を及ぼしていて、物語冒頭のこれは生田の創作の鍵でもある、ジョルジュ・サンドとの意表を突いた関係性からはじまるドラマは、スター演奏家として脚光を浴びるリストが、マリー・ダグー伯爵夫人と出会い、手に手を取って魂の巡礼の旅に出るまでは、非常に快調に進んで飽きさせない。

だが、この作品の設定上は、おそらく嫉妬もあっただろうサンドの挑発に乗せられたリストが、マリーを置いて再びスター演奏家へ、更には貴族に列する地位を得ようとしていくあたりから、筋運びはどうしても難しさを孕んでいく。特に芸術家として生きることはすなわち、貴族に召し抱えられることだったリストのコンプレックスが、自らも貴族の称号を得ることに執着し、一人取り残されたマリーが貴族でありながら、その貴族社会を打ち壊そうとする六月暴動に加担していくことになる激動からラストまでの展開が、なんとしても早回し過ぎるのが辛い。
生田ももちろんそれはわかっていて、時と場所を特定しない夢か現かの精神世界で解説を試みようと、自身がプログラムの作家言で述べている通り、現実には起こりえなかったリスト、ショパン、サンドの邂逅を創作してまでの努力はしている。それは十分よくわかる。ただ問題は、生田が敢えて明記したような、歴史の事実や人物像を忠実に描いていないことではないと思う。当時を生きて知っている人など誰もいないし、残されている数多の文献のどこが真実で、どこが虚構かなど実は判断しようがない。だからこそこだわるべきは、虚構をどこに加えたかではなく、主人公を如何に魅力的に描くか?ではないだろうか。
何故ならこの舞台は、今や貴重な伝統芸が生き残っているほとんど唯一の場所でもある「スター芝居」を貫く宝塚歌劇作品だからだ。もちろん主人公がボロボロでもいいし、愚直でもいい。時には自分勝手でも驕慢でも構わない。ただ、その生き様の果てに彼が得たもの、心の底に、掌に、ひとかけらでいいから美しいものが残ることにだけは腐心すべきで、この作品ではその過程が飛んで感じられるのがあまりにももったいない。端的に言って、リストを「歪な輝きを放つ魂」と称している生田の解釈よりも、現代のリストたらんとしていることを表明して活躍を続けている、現代日本を代表するピアニストの一人金子美勇士が、同じ公演プログラムのインタビューに応えて語っているリスト像の方がずっと眩いのは、宝塚歌劇団の作・演出家としては、やはりもう一度考えてみて欲しい核心だと思う。困難な時代が続くなかで、110周年が刻々と近づいてきている宝塚歌劇団にとって、生田大和は間違いなく大きな期待を寄せられているクリエイターなのだから。

だが……。
この惜しまれる部分、作品のなかにあるそれこそどこか歪なバランスを、根こそぎひっくり返して支えて見せた柚香光その人の力量には、ただただ感嘆させられる。改めて考えると相当に難しいだろう金髪の髪型をも、いともたやすく自分のものにした柚香が演じるリストの、トリックスターとしての振る舞いや、運命の恋にのめりこんでいく過程などの輝かしい部分はもちろん、惑い、妬み、時には狂気のように野心に溺れ、驕慢な振る舞いに転じてさえも、その全てが美しく映る在りようは驚異としか言いようがない。深く切り込んでいく芝居と、完璧なビジュアルを両立されられる柚香の力業が、『巡礼の年~リスト・フェレンツ、魂の彷徨~』で描かれたリスト像を宝塚歌劇の主役の座にとどめたことに感謝したい。観る度に大きな星になる、柚香の無限の可能性に驚嘆するばかりだ。

その柚香の相手役になって、瑞々しさを増した星風まどかも、難しい役柄を持ち前の清楚さに芯の強さを加味して見事に演じている。特に自己実現に悩む伯爵夫人という設定を無理なく演じられるのは、星風が培ってきたキャリアの賜物で、白い衣装でリストの柚香と戯れるシーンの幸福感が強いからこそ、リストが遠く去ったあとの「どうして、手を離したの」の切々としたソロ歌唱が胸を打った。前述したように過程が飛んで感じられるラストシーンを持たせたのも、柚香と星風の間に育まれているトップコンビとしての空気感故に外ならず、星風の表情に過ぎた時間が映し出される様も尊かった。

「ピアノの詩人」フレデリック・ショパンの水美舞斗は、ピアノ曲にのみ特化した才能を発揮したショパンの「12のエチュードOp.10」だけが、リストが初見では弾きこなせなかった楽曲集だ…という逸話にちなむ、リストが生涯超えられない天才としての登場。リストの盟友でありライバルだったという作品の位置づけに相応しく、鷹揚で穏やかななかに、真実を見抜く天性も持つショパン像を構築して新境地を拓いている。水美と言えば真っ先に挙げられるだろう特段のダンス力をほぼ封印したなかで、静かなる炎を表現しきったことは水美の今後にとって大きな糧になるだろう。

そのショパンの恋人として知られる男装の女流作家ジョルジュ・サンドに男役の永久輝せあが扮し、この作品のキーパーソンとしての役割りを果たしている。リストと恋人関係にあったという冒頭には驚かされたが、これがのちの展開に大きく寄与していて、リスト、マリー、ショパン、サンドの複雑な関係性をもっと観たかったという欲が生まれたほど。女性を演じていて台詞発生に不自然さがなく、低音から高音に至る歌唱の切り替えも全くひっかからないのはまさに嬉しい驚き。改めて力も華もある人だと感じた。

また、彼らの仲間の芸術家、友人、ジャーナリストなどの設定で、時代の著名人を多く出しているのは、宝塚歌劇団のセオリーが守られた配慮。なかで、新聞社の編集長エミール・ド・ジラルダンの聖乃あすかは、匿名の文筆家であるマリーと、女流作家のサンド双方と親交がある役どころ。革命後も貧富の差が解消されない社会に憤る闘士でもあり、『冬霞の巴里』で男役として確実に一皮剥けた勢いを持続した力強さが頼もしい。彼の妻デルフィーヌに星空美咲が扮していて、集団芝居以上の役割はないながら、星空がいるな…という本人の輝きで役を際立たせていて、長足の進歩を実感した。台詞のないところでの二人の小芝居も面白い。『セビリアの理髪師』『ウイリアム・テル』など多くのオペラを書いたロッシーニの一之瀬航季が、この作品の中では、都姫ここ演じる婚約者のオランプとの良好な関係を享受している、おおらかな人物としての雰囲気がよく出ていて、如何にも幸せそうなカップルだった。このメンバーの中にかの『レ・ミゼラブル』の著者、文豪ビクトル・ユゴーがいるのには驚かされるが、花組の前組長・高翔みず希が、持ち前の柔らかな雰囲気で、芸術家集団に彩を加えてさすがの趣。評論家のサント=ヴーヴの和海しょう、画家のバルザックの芹尚英、ドラクロワの侑輝大弥、作曲家のベルリオーズの希波らいとと、やはり役名を並べるだけで豪華すぎる芸術家たちの群像も目に楽しい。一方社交界のご意見番的存在ル・ヴァイエ侯爵夫人の新花組組長・美風舞良の場の仕切りは絶品だし、回想シーンのリストの父・航流ひびき、リストの少年時代の美空真瑠がよく目に立つだけに、リストの母の春妃うらら、後援者のエステルハージィ伯爵夫人の華雅りりかなど、「花娘」の系譜を引き継ぐ綺麗な娘役たちも是非大切にして欲しい。中でマリーの侍女のアデル・リュサンド嬢の美羽愛の献身ぶりがよく描かれて可憐だった。

そして、この作品で退団が決まっているラプリュナレド伯爵夫人の音くり寿が、リストのパトロンでパリ社交界の実力者をエキセントリックに表出して、作品に必要な憎々しさを臆せず示した役者魂が素晴らしい。専科勢の応援を頼んでも不思議ではない役どころを、この学年で務められる音の退団が改めて惜しまれる。同じことがダグー伯爵の飛龍つかさにも言えて、愛人を持つのは貴族の男として当然だと思っていて、妻の反乱にむしろ困惑しつつ、聞く姿勢も持とうとする大人の感覚をよく表現していた。この人も新人公演主演を経て、近年『銀ちゃんの恋』のヤスをはじめ、二枚目男役の粋を超えた豊かな演技力を随所で披露していただけに、ここでの退団は惜しみても余りある。花組の貴重な戦力だった個性派たちに拍手を贈りたい。

そんな芝居のあとに続いたのが、ショー グルーヴ『Fashionable Empire』で稲葉太地の作。時代や流行の先端を行く洒落者達が集う“Empire(帝国)”を舞台に、柚香のエンペラーを中心にいただきながら、帝国の様々な場所をめぐっていこうという趣向のショー。如何にも現代的な衣装で始まる冒頭から、時にクールに、時に熱く、様々な場面が少しずつつながりながら続いていく構成が良く出来ていて、装置や衣装の動きも非常に効果的だ。

中でも、柚香を筆頭に、星風、水美、永久輝、聖乃までがそれぞれに大きな場面を担えるのが花組の豊かさで、全体にスタイリッシュなショーに、多彩な色合いを無理なく加味できる力になっている。特に柚香のお家芸である、フリーダムで自由でパッションを感じさせる動きの数々を、花組の一人ひとりが確かに吸収しているのが伝わってきて、どの場面でも列の一番端のメンバーまでエネルギー全開。素敵な笑顔だな、あ、あんなところでちゃんと客席にアピールしている等々、総踊りの多いショー作品だけに、目が足りないという感覚を何度も味わった。スーツ姿が抜群の水美と組む女役が印象的な帆純、芝居の女性役から引き続いたのか?と思わせるドレス姿から一気に男役に変身する永久輝と、男役が演じる女性役も良いアクセントになっていたし、飛龍のあくまでも熱く濃い男役姿、音の美しいソプラノ、芹尚のどこかコケティシュな魅力、歌唱力に秀でた若草萌香のエトワールと、退団者の姿も心にしみる。

何より踊れるトップコンビの柚香と星風が、ダンスそのものよりも、芝居の会話のようにも見えるデュエットダンスを披露したのが新鮮で、開幕からこれだけ多様な場面がありつつ、あっという間に感じられる盛りだくさんのショーだった。

他にも、芝居で初めて自身がミュージカル俳優でもある上口耕平が振付に参加するなど、斬新な風がもたらした効果は、生田が『ドン・ジュアン』で培った縁を宝塚歌劇に還元してくれたものだったし、作品が上演の日数を重ねられたならもっと高みへと昇る可能性はどれほど大きかったかしれない。何より退団するメンバーを思うと、誰にも、どこにもぶつけられない無念さは拭いようがない。それはキャスト、オーケストラ、スタッフ、そして観客のすべてが感じている言葉にならない気持ちだろう。でもだからこそ、この未曾有の困難のなか、舞台に刻まれた輝きの記憶は消えることがない。それは例え同じ空間を体感できなくても、配信を通して、また遠くから心を寄せたすべての人々に刻まれている思いに他ならない。いつかこんな時代があったと、笑うことはできなくても言葉に出せる日がくる。そう信じて千穐楽を迎えたいと思う。宝塚を愛する人たちが信じ続ける限り、きっと必ず朝はくる。

【公演情報】
宝塚花組公演
ミュージカル『巡礼の年~リスト・フェレンツ、魂の彷徨~』
作・演出:生田大和
ショー・グルーヴ『Fashionable Empire』
作・演出:稲葉太地
出演:柚香光 星風まどか ほか花組
〜9/4◎東京宝塚劇場
〈料金〉SS席12,500円 S席9,500円 A席5,500円 B席3,500円
〈お問い合わせ〉宝塚歌劇インフォメーションセンター 0570-00-5100

 

【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】

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