四姉妹オール新キャストで挑む令和最初の『細雪』レビュー&囲み会見レポート
大阪・船場の旧家に生まれた四姉妹の日常を描いた谷崎潤一郎の長編小説『細雪』が舞台化されて、今回の公演で40回目となる。全編船場言葉で交わされる会話や四姉妹が着る着物の美しさなど、さまざまな楽しみ方ができる作品として根強い人気がある。
今回の『細雪』は、長女・鶴子役に浅野ゆう子、次女・幸子役に一路真輝、三女・雪子役に瀬奈じゅん、四女・妙子役に水夏希と、四姉妹全員が新キャストとなり、明治座で5月4日に初日を開け、27日まで上演中だ。
【物語】
大阪・船場の名家である蒔岡家は、江戸時代から木綿問屋の蒔岡商店を営んできた。長女・鶴子(浅野)は婿養子を迎えて家業の暖簾を継ぎ、旧家としての格式を重んじながら懸命に家を守っている。目下の悩みは、控えめな三女・雪子(瀬奈)の縁談がなかなかまとまらないことで、結婚し分家として芦屋に住む次女・幸子(一路)も雪子の縁談を知り合いに頼む毎日だ。すでに恋人がいる四女・妙子(水)は、雪子の縁談がまとまらないと自分の結婚もないとやきもきするが、人形製作に没頭するなど現代っ子らしい活動的な生活を送っている。
この頃の日本は戦争の暗い影が忍び寄り景気が悪くなり、蒔岡商店の経営状態も厳しくなっていた。世情に合わせて鶴子たちの父の7回忌を地味に済ませそうとする鶴子の夫、辰雄(磯部勉)に対して、鶴子は「華やかさを好んでいたお父さんが悲しむ」と不満に思うが、辰雄の努力の甲斐もなく蒔岡商店は倒産してしまう。蒔岡商店が倒産してからも、相変わらず旧家の格式を重んじる鶴子に対し、幸子、雪子、妙子は息苦しさを感じていくのだが、そんな3人にも試練が待っていた……。
長女・鶴子を演じる浅野は、家を守る総領娘としての威厳と貫禄があり、時折り見せるわがままな態度も、蝶よ花よと育てられた旧家のお嬢様ならではというリアリティーを感じさせる。それだけに最後に三人の妹たちへの想いを語るシーンでの静かな語り口には、胸が熱くなる。浅野は関西出身ということで船場言葉もなめらかで耳に心地良い。
次女・幸子役の一路は、姉の鶴子と妹たちの間で奮闘する姿を生き生きと演じている。堅実で優しい夫、貞之助(葛山信吾)と娘に囲まれて幸せな日々を送っているが、穏やかで優しい人柄から妹の雪子や妙子に頼られ、色々な騒動に巻き込まれていく。旧家の娘らしい凛とした佇まいの中に、姉の鶴子にはない柔らかな雰囲気を巧みに醸し出す。
三女・雪子を演じた瀬奈は、表面はおっとりとしたお嬢様でありながら、心の底では色々なことを感じているという複雑な役どころに挑戦。いつものんびりした調子で「ふん(うん)」とか「はぁ」という返事が多い雪子だが、ここぞという時には自分の気持ちを吐き出す。そんな芯の強さも感じさせながら、瀬奈は緩急をつけて演じている。
四女・妙子役の水は、末っ子で自由奔放な妙子を伸び伸びと演じている。人形製作、地唄舞と活動的な妙子は、新しい時代の女性の象徴でもあるが、時に姉たちをヒヤヒヤさせる危なっかしさと可愛さがある。唯一人、モダンな洋装で登場する役で、スタイルの良さと立ち姿の美しさでも楽しませてくれる。
四姉妹と関わる男性陣も『細雪』に欠かせない存在だ。長女の夫、辰雄を演じるのは磯部勉、次女の夫、貞之助を演じるのは葛山信吾。旧家の娘を妻に持ったために妻の家族の騒動に巻き込まれ、面倒をかけられる2人。そんな夫たちが、互いをいたわり合いながらも最終的には妻への愛情を語り合う。懐が深く心優しい夫の姿を磯部も葛山も味わい深く演じている。三女・雪子の見合い相手、御牧役を演じる今拓哉は、登場シーンこそ少ないものの、確かな存在感がある。台詞の一つひとつに優しさがにじみ出ていて、「雪子さんの『うん』にはいろいろな意味があると分かってきました」と語るシーンでは、雪子が長年待ち続けた運命の人としての誠実さを表現。四女・妙子と関わる奥畑啓三郎役の太川陽介と板倉役の川﨑麻世は対照的な役どころ。金持ちのボンボンでお調子者の啓三郎を太川は小気味よく演じている。どこまでも自分勝手でわがままな啓三郎だが、太川が演じるとどこか憎めない。一方、カメラマンの板倉はかつて啓三郎の丁稚として働いていたこともあり、妙子とも身分違いなのだが、控えめな中にも想いを隠せない情熱的な男性像を魅力的に演じている。
そして特筆すべきは、雪子の縁談を世話する井谷夫人役の未沙のえる。宝塚時代に名バイプレーヤーとして活躍していて、コメディセンスも誰もが認めるところだが、今回もその力量をいかんなく発揮。台詞の間(マ)の取り方が絶妙で、観客の笑いを誘う。なかでも鶴子と対峙する場面の未沙の表情は見逃せない。
本作品は舞台装置も豪華だ。物語は大阪・上本町にある蒔岡家の本家と、幸子が住む芦屋の蒔岡家の分家を中心に展開していくのだが、いずれも建物の作りが精巧で昭和10年代の雰囲気がよく出ている。それぞれの家の庭にある桜の木が、季節の移り変わりを表している。
そして『細雪』の大きな楽しみの一つは、やはり四姉妹の艶やかな着物姿。シーンが変わるごとに、次はどんな柄の着物を着て登場するのか、ワクワクした気持ちにさせられる。とくに1幕第3場では、暗転からライトが付いたとたん、虫干しをしている鶴子の着物の数々が目に入り、当時の船場の名家ならではの贅沢な暮らしの一端を見せてくれる。
今回の四姉妹は高身長ということもあって、着物姿の4人が並ぶと一際華やか。紅枝垂の桜がステージ上に広がるラストシーンは、やがて散る桜の花にどこか人生の儚さも重なり、谷崎文学の深さと美を伝えて圧巻だ。
【会見】
初日から6日経った5月9日に囲み会見が行われ、浅野、一路、瀬奈、水が登壇した。
──本来なら意気込みと言いたいところですが、すでに始まっていますので、公演の感触はいかがでしょうか?
浅野 令和という新しい時代の初めての『細雪』、大作、名作で、ずっと演じ続けられてきた作品が私たち四姉妹で、令和で新たに幕を開けさせていただきました。私たちが一番自信を持っているのは、歴代の中でも一番背が高いということです(笑)。ここだけは負けないという自信を持っております(笑)。お稽古の間は本当に仲良くさせていただいて、チームワークというか、姉妹結束力はMAXまできて、初日を迎えさせていただきました。
──6日間やってきていかがですか?
浅野 この作品がお好きな方、ずっと見ていらっしゃる方がご覧になってくださっていると思うのですが、私たちなりの姉妹を四人四様で一つになって存分に演じさせていただいているのを、受け入れていただいているなという感触はあります。
──本当に皆さん身長が高いですね。平均何センチぐらいなんでしょうか?
一路 (浅野と顔を見合わせて)166センチぐらいでしょうか? 着物の柄がよく見えるそうです(笑)。背が高い分、柄の面積が広いとも言われましたけど(笑)。
──和服は背が高いほうがいい?
一路 (笑)そうとは言い切れないですけど、今回みたいな様式美、最後で幕が閉じる時には、映えるのではないかと。
──皆さん、演じてみていかがですか?
一路これまで代々『細雪』が上演され続けてきましたが、四姉妹が全部変わるということが近年あまりなかったようです。次女から長女になったり、三女から次女になったりというのはあったようですが。今回は全員が変わったので、初めて『細雪』に臨む4人ということでの結束力が、先ほど浅野さんもおっしゃったように、本当に姉妹のような気持ちにさせていただけているし、舞台の上に立って、なおそれが強くなりました。
瀬奈 勉強させていただいております。舞台上で皆さんと心を通わせるのが楽しくて楽しくて。まだ6日しか経っていないのですが、終わってほしくないなという気持ちで、1回1回大切に演じております。
水 私は着替えとか、舞のシーンのためのメイク替えとか、色々てんてこ舞いで、初日は舞も機械仕掛けの人形のような感じになってしまったのですが、だんだん回を追うごとに,色々な着物や所作などに慣れてきたという実感がありますので、千穐楽までにつかんでいきたいと思っています。
──宝塚出身の三人とトレンディ―ドラマの女王という組み合わせはいかがですか?
浅野 心はタカラジェンヌです(笑)。
一路 本当に浅野さんが一番男前です(笑)。私たちは宝塚を辞めてから「女優にならなきゃ、女優にならなきゃ」と一生懸命頑張ってきている中で、女優さんが一番男前だったので、安心いたしました(笑)。
浅野 ありがとうございます!
──男役が一番似合いそうな感じがありますよね。
一路 そうなんです!見てみたい。
──浅野さんは、元宝塚の三人の方については?
浅野 本当に規律正しいところでお過ごしになられてきたので、気持ちがいいんですよね。それはやっぱり体育会系だからだと思うんですよ。なおかつ皆さんが本当に男前で、なよっとしている人が一人もいなくて、どれだけ豪快で楽しいか。間違える時も豪快な間違え方を堂々となさる姿がすごい好きで(笑)、明るくてさっぱりしている4人の集合体ですね。非常に心地がいいです。こんなに素敵な方々、もっともっと現役時代の頃にお知り合いになっていたら、絶対にこういうの(手でうちわの形を作って)を持って行っていたと思います。
──全員男役トップスターですからね。宝塚時代は共演があったんですか?
一路 ないです。(瀬奈と水に向けて)こちらはあると思います。
瀬奈・水 同世代で。
瀬奈 頑張ってまいりました。
──一路さんは?
一路 私はずっと離れているので(笑)。
──改めて令和の明治座最初の舞台ということで、浅野さん、いかがですか?新たな元号で気持ちの切り替えはありましたか?
浅野 本当に偶然だと思うのですが、5月に令和という新しい時代を迎えてのこの舞台というのは、非常に私たちにとってのラッキーなことだったと思います。なので、よけいに気持ちも気合いも入りましたね。
──『細雪』が始まってから舞台の回数が40回目の区切りで、令和ですからね。
浅野 すごいですね。これは本当にありがたいことだと思います。
──昭和の名作が令和に引き継いでということで、長く歴史のある舞台ですね。
浅野 本当にそうですね。歴代いろいろな本当に素敵な、素晴らしい女優さん方が演じてきたお役を、令和で私たちが演じさせていただくので。
──稽古はどんな感じだったんですか?
浅野 私は出身が神戸なものですから、ラッキーなことに関西弁のイントネーションはわりと楽にせりふとして出させていただいたんですが、今使われていない昭和10年代の大阪・船場の言葉ですので、そのアクセントと船場言葉というのに大変な思いを、私ももちろんですが、皆さまはより大変なご苦労をなさいました。
一路 宝塚に10何年在籍させていただいたのですが、全然関西弁が体には染み付いてなくて、どちらかとなんちゃって関西弁をしゃべっていましたので、今回すべて一から頑張って、みんなで船場言葉を先生から教えていただき、作り上げました。
瀬奈 私も東京出身で全く馴染みがないというか、宝塚の時もなるべくなまらないように、みんな気を付けるじゃないですか。私も気を付けていたら全然つられもせず。なので今回お稽古場では、私が一番方言の先生に捕まっていました(笑)。でも楽しくお稽古をしました。
水 私は出身は千葉なんですけれど、友達に関西人が多くて、すごく仲がいい子が関西の出身なので、つきっきりで見てもらって、船場言葉と違うところをチェックしてもらいました。
──もう今は完璧ですね。
水 いえ(笑)、ちょっとしたハプニングの時、アドリブで言わなければいけない時は気を付けないと。関東弁みたいになってしまうとまずいので。
──アドリブがあるんですか?
瀬奈 アドリブはないんですけど、何かあった時に。
一路 何かあった時に、普通の舞台だと違う台詞とかで言い回しを変えたりできるのが、できなくなるんですよね。
浅野 めちゃめちゃ可愛いんですよ。稽古でちょっと台詞が飛んじゃったりした時に、それまですごく堂々と言っていたのに、「ほにょほにょほにょ……」って、何を言っているか分からないぐらい小さくなっていくんですよ(笑)。もうたまらなく可愛いんですよ。
一路 置き換える言葉が思いつかなくて。すみません。周りにご迷惑をかけています(笑)。
──平成で浅野さんはプライベートでおめでたいことがありました。ご主人は観に来られますか?
浅野 はい。来てくれます。
──やりにくくないですか、見にいらしたら?
浅野 いやあ、どうでしょうね。
瀬奈 恥をかかせてはいけないなと思います。
浅野 そういうところが男前!
──お姉さん思いですね。
瀬奈 いえいえ(笑)。
一路 今回、すごい姉妹感があると観た方に言っていただいて、何よりうれしいお褒めの言葉でした。
──全。員キャストが変わるというのは珍しいですね。
一路 そうなんですよ。誰も「私はこの作品をよく知ってます」という人が4人の中にはいなかったので、4人で毎日「こうかな、ああかな、どうしよう」みたいなことをやって初日を迎えたので、最後幕が下りる時に「ここまで4人で来た!」って、ウルっとしちゃいました。
──まだ始まったばかりで先は長いですが、体調管理はいかがですか?
浅野 あ、元気です。大丈夫です。
瀬奈 大丈夫です。
一路 心が元気なので、無事に乗り越えられると思っております。
──歴代の舞台を観たことはありましたか?
一路 もちろん。私は昭和のを。(口を押えて)あ、言っちゃった(笑)。
浅野 私は平成で。(爆笑)
瀬奈 私は観たことがなかったです。なので、一から自分の思い描く三女を自由に演じさせていただいています。
水 私は前回観せていただいて、前回のキャストが宝塚の下級生だったので、お化粧道具とかもいろいろ教えていただいたりして。
一路 そうなんだ。
水 でもこんなに大変だなんて、1ミリも言ってなかったです。
一同 (爆笑)。
水 本当に大変で大変で。1週間しかやっていないのにクタクタですみません。千穐楽まで大丈夫かな、私って。
一路 あ、そうなの?私たち大丈夫って言っちゃったよ。
水 お姉さん方、元気だなあと思って。
──前回観たときに次は自分がやると思っていましたか?
水 いえ、思っていなかったです。1ミリも(笑)。びっくりしました。
──では最後に公演のPRをお願いいたします。
浅野 5月27日まで、東京・明治座で私たち四姉妹がお届けする『細雪』の公演が続いております。ぜひ皆さまのお越しを心より私たち4人、お待ち申し上げております。
【公演情報】
明治座5月公演『細雪』
原作◇谷崎潤一郎
脚本◇菊田一夫
潤色◇堀越真
演出◇水谷幹夫
製作:東宝
出演◇浅野ゆう子 一路真輝 瀬奈じゅん 水夏希 ほか
●5/4~27◎明治座
〈料金〉S席13,000円(1階席・2階前方席)、A席9,000円(2階後方席・車いすスペース)、B席6,500円(3階席)
〈お問い合わせ〉明治座チケットセンター 03-3666-6666(10時~17時)
https://www.meijiza.co.jp/lineup/2019/05/
【取材・文、囲み撮影/咲田真菜 舞台写真提供/明治座】
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