【植本純米vsえんぶ編集長、戯曲についての対談】『鷹の井戸』ウィリアム・バトラー・イェイツ
坂口 今回は『鷹の井戸』
植本 ウィリアム・バトラー・イェイツ。
坂口 知ってました?
植本 詩人としては。
坂口 アイルランドの詩人で、ノーベル文学賞をね、
植本 受賞している人で、詩人としてはすごい有名な方ですよね。
坂口 これは1916年に初演された作品ですけど、おもしろかった?
植本 うん、そういう話ねっていうか、神話のような話かなと…。短いしね。ちょっと分かりにくいから3回も読んじゃった。
坂口 多分ですけど、観た方がおもしろいかもね。
植本 でもねぇ、能とか狂言とかこういうの多いよね。
坂口 日本で?
植本 そうそう、誰かが訪ねてきてみたいな話。
坂口 彼は掴んでる感じしますよね。自分の世界と能の関係をね。
【人】
三人の楽人 仮面めんのやうに顔をつくる
井戸の守り 仮面めんのやうに顔をつくる
老人 仮面めんをかぶる
青年 仮面めんをかぶる
アイルランド英雄時代
【ト書き】
舞台は何処でも差支ない、何もないあき場、正面の壁の前に模様ある衝立を立てる。劇が始まる前に、衝立のすぐ前に太鼓と銅鑼と琵琶など置く。
(中略)
第一の楽人は畳んだ黒布を持つて登場、舞台の真中に来て見物に向つて動かずに立つてゐる。両手のあひだから畳んだ布を垂れさげて。
ほかの二人の楽人登場、舞台の両側に暫時立つて、それから第一の楽人の方に行き布をひろげる、ひろげながら、うたふ。
【本文】
こころの眼もて見よ
ひさしく水涸れて荒れたる井戸
風にさらされたるはだかの木の枝
こころの眼もて見よ
象牙のごとくあをき顔
すさみても気だかきすがた
ひとりの人のぼり来たる
海の潮風はだかに吹き荒したるところに
(『鷹の井戸』( 青空文庫)より引用)
植本 3人の楽人っていうのかな。楽師か。
坂口 説明役?
植本 そうですね、3人でお話を進めて行くというかね。
坂口 音楽も担当してます。
植本 うん、太鼓と、銅鑼とチターって書いてありましたけど(青空文庫版では琵琶)。
坂口 そういう係りで、この人たちと井戸の守りっていう人がいて、
植本 鷹の精ですかね。タイトルの鷹ですね。
坂口 その人たちが仮面のように顔を作るっていう指示が書いてあります。
植本 表情というかメイクがそうなんだろうなと思いますけど。
坂口 あとのメインの老人と青年。その2人は面を被るっていうのがありますね。何でこう区別してるのかな。
植本 なんかもともとイェイツが興味を持ったのは、オスカー・ワイルドが仮面を使っていて、それを応用できるって思ったらしいんですよね。
*
坂口 これ短いですけど一応、話があるわけですよね。ト書きみたいなところに、アイルランド英雄時代って書いてありますけど。
植本 クウフリンという青年が英雄と重ねられてるのかな。たぶん。
坂口 で、舞台になっている所には「その水を飲むと不老不死になる」井戸があるらしいんだよね。
植本 そうです。ただ、その水、なかなか飲めない。
坂口 そこのそばにいて、水を飲もうと思っている老人、
植本 若い頃に来て、そこに50年。
坂口 っていう老人がいて嘆いたりしています。
植本 その水飲みたいんだけど、飲もうとすると本人寝ちゃうんですよね…。
坂口 他には、井戸の周りには娘の格好をしている鷹の化身?井戸の守り?がいます。
植本 そうそう。
*
坂口 楽人3人はいろんな役割をして、言葉もへんですよね?
植本 へん?
坂口 っていうか普通のセリフじゃないじゃないですか。
植本 ああ、歌ったりしますけど。
坂口 語るのかなぁ。どういう発声をするのかなぁ。楽人は歌ってる。言葉も詩を朗読するみたいなニュアンスで書いてません?
植本 いわゆる日本の謡みたいな感じになるのか分からないですけど。
坂口 それじゃぁ、あんまり違わないと思うんだけど。
植本 何と?
坂口 歌と言葉が。でも違うんだよね。
植本 どうだろう。向こう、ロンドンで初演したときは、作曲家さんがついてるから、たぶん…。メロディーついてたのかも知れないですね。
*
植本 老人はね、もう4、50年ずーっと泉の水飲めなくて。何かわからないけど、水が湧くと寝ちゃうので、目覚めたときに何となく石とかが黒く濡れててね、「あ、寝てる間に水出てたんだ」っていうことです。
坂口 何てダメな人なんだって思うよね。
植本 おもしろい話じゃないですか!
坂口 (笑)。
植本 でもすぐこの後にクウフリンという青年が出て来ますね。
坂口 その前にさ、老人の振りが人形振りみたい?
植本 そうですね。それ指定でありますね。操り人形みたいに動く。それは全体がそうなんじゃないですか。老人だけじゃなくて。
坂口 これずーっと操り人形みたいので青年も老人もやってるってこと?
植本 そうじゃないですか?
坂口 台詞喋ってる間も。
植本 うん。…いやですか?
坂口 嫌じゃないけど、演者がうまくマッチできるのかな。操り人形みたいな動作をしながら、「ここらの山には荒らすべき家もない、略奪するべき美女もいない」っていう台詞を、
植本 少しカクカク…。
坂口 する? そうか。別に問題ないか…。
*
植本 そういう動きの指定があって、そこに青年が訪ねてきます。
坂口 これ二人とも客席を通って登場します。そこも素朴な疑問なんだけどさ、客席を通るときもカクカクで来るのかな?
植本 そうじゃないですか?
坂口 かっこ悪いね。
植本 いやいや、お客さんは何事かなと思って観るんじゃないですか。
坂口 それ絶対、お客さん「何事かな」って観るよね。
植本 イエェツさんは、そこにおもしろさを見いだしたっていうか。…なかなかいないじゃないですか。そういう人…。
坂口 このひと幻想とかさ、
植本 オカルト?
坂口 好きだからね。そういう部分ではあってるのかも知れないですよね。
植本 もちろんケルトの妖精とかね、…が好きなのでね。
【本文】
青年(この老人の言葉のあひだに見物の中を通つて登場)
それでは私に話をしてくれ
わかい者は老人よりなほさら辛抱づよくはない
私はもう半日もこの岩山を踏み歩いたが
求めに来たものを見つけ出せない
老人 誰だ、私にものをいふのは
誰だ、突然ここにやつて来たのは
何一つ生きてゐないここに来たのは? 頭と足につけた金と
上着に光るかざりによつて判断すれば
お前は生きた世界を憎む人たちの一人ではないやうだ
青年 私はクウフリンといふもの、サルタムの子だ
(『鷹の井戸』( 青空文庫)より引用)
坂口 で、老人が嘆いていると青年が出て来ます。青年は何かどっか別の地方で宴会をやってたら、
植本 井戸の話を聞いて
坂口 「よっしゃ!」って言うんで船に乗って訪ねて来るわけですね。ここで老人との会話劇いみたいになりますね。「お前なんか来るな!」みたいな。
植本 「私が何年待ったと思うんだ、お前、帰れ」って老人が言うんだけど、この青年がなかなかの自信家なんですね。
坂口 いいとこの坊ちゃんみたいな感じでしょ。
植本 「私は今までそんなに待たされたことはない」
坂口 ふざけるなって…50年待った爺は怒るわな。
植本 (笑)。って言ってね。
坂口 ここら辺のやり取りは、ちょっと俗っぽくておもしろいですね。
植本 おもしろい。
坂口 「お前が飲んじゃうと自分が飲めねぇから、俺に先に飲ませろ」とか。
植本 そうそう。もし水が出た場合に、青年は、じゃあ2人で飲めばいいじゃないかと言うと、老人の方が絶対に俺を先に飲ませろって。青年が先に飲むと全部飲むからって言っててね。そんなやり取りがおもしろい。
坂口 そこで鷹の出番かな。
植本 そうすると鷹が踊り出します。
*
植本 楽人も踊ってます。
坂口 何で踊るの?
植本 何で踊る?ははは。踊りに理由いる!?
坂口 いやいや、いきなり何の理由もなく入ってこないでしょう。
植本 いや、入ってくるんじゃないの、それは。
坂口 そうなの?
植本 ふふふふふ。まぁあの、何か知らないけど、少女、また鷹の叫び声をするっていうのがあって。
坂口 威嚇してるのか!
植本 それはそうかなぁ・・・分からないけど。
坂口 分かんないのか。それは。
植本 いやいや、そんなもんじゃないですか。それは…。
坂口 あ、そう。
*
植本 そうすると、井戸の周りの少女、上着を脱ぎすてて立って、上着の下は鷹を思わせる服装であるって書いてあって。
坂口 少女が服を脱ぎすてるっていうのに、おおっと思ったら鷹…、鷹の格好かいって。
植本 そうそう、ちょっと歌舞伎の引き抜きっぽい。
坂口 そこでエピソード集1だよね。千田是也のお兄さんが鷹になったっていう。
植本 そうなんですよ。伊藤道郎さん。
坂口 うん。有名な人なんだよね。その道の…。
植本 いや、おれ知らなかったけど、調べれば調べるほどすごい人だわ、この人。
坂口 ほんとうに色々あっておもしろいです。(興味がある人は検索してみてください)
植本 で、鷹の役をやってるんだけど、
坂口 踊ってる?
植本 たぶん、イェイツと一緒に能の研究をしてて、この作品を創り上げるのに、ものすごく尽力なさってるんだと思います。
*
坂口 でもさ、じいちゃんと青年がカクカクしてさ、台詞を言いながらのところに、彼が踊るシーンをあんま想像できないっていうか。鷹の娘の化身?現代舞踏だよね。
植本 彼は若い頃、めちゃめちゃかっこいいよ。
坂口 本当?
植本 写真見たけど、両手にでっかい翼の衣裳をつけてね。手よりも全然長い。つけて踊ってらっしいましたよ。
坂口 そのときの写真がある?
植本 ある。
坂口 それはすごいね。
植本 うふふふ。
坂口 生で見たら圧倒されるのかなぁ。
*
植本 で、さっきおっしゃったように、弟に伊藤熹朔さんと千田是也さんの兄弟がいる。
坂口 なにそれ!みたいな感じ。
植本 いやいやいや(笑)。
坂口 そんな俗っぽい関係も見え隠れしつつの作品だから、いろいろ興味がありました。で、踊りのシーンはそれで終わるんですね。
植本 踊り始めると、老人はまた寝てしまいます。ふははは。
坂口 それで青年は帰ってくるの?
植本 青年は、戦いの音が聞こえてきて、戦地に赴きますね。
坂口 よく分かんないのは、鷹の化身と戦地とが関係あるのかないのかが分からない。別に戦地に行かなくてもいい気がしない?
植本 もともと行くつもりだったのかなぁ?ね。青年ね。
坂口 だってこれだと、こいつ水飲みに来ただけだろ?英雄伝説とか絡んでるのかな?
*
植本 でもこれ日本では書き換えられてるのもあるようで。
坂口 どういうこと?
植本 『鷹の井戸』っていう作品が『鷹の泉』になり、『鷹姫』っていう作品になり、ストーリーとかもいじって、戦地に赴かない青年っていう結末で、老人の方は岩になるっていう。
坂口 全然違うじゃん。
植本 ちょっと改作が加えられてけっこう上演されてるみたい。
坂口 そうなんだ。そんな改作していいんだ?
植本 いいんじゃない?
坂口 へーーー。
植本 古典だから。
坂口 あ、そうなんだ。いや、これ、ぼくはこれでいいと思う。つまんないだろうけど好感を持ったっていうのが自分の印象なんですけどね。
植本 そうね、あとはまぁ、何て言うのかな。能のスタイルでやったら、お客さんは納得する部分も多いんだろうし、現代でやるとしたら、演出の仕方ですよね。
坂口 話はこのままやってほしいなって、すごく思いました。
【本文】
青年 私の両手でその水をすくひ上げ、二人で飲まう
もしたつた数滴の水しかなくても二人で分けよう
老人 先きに私に飲ませると誓つてくれ
若いものはむさぼる、もしさきにお前が飲めば
お前はみんな飲んでしまふ。ああ、お前はあの女を見た
あの女はお前に見られたのを知つて此方に眼を向けた
あの女の眼が恐ろしい、あれはこの世の人の眼ではない
うるほひがなく、まじろぎもしない、あれは少女の眼ではない
(老人頭を被ふ。井戸の守りの少女上着をぬぎ捨てて立つ、上着の下は鷹をおもはせる服装である)
青年 なぜ、鷹の眼をして私を見る
私は恐れない、お前が鳥でも、女でも、魔の女でも
(少女が離れた井戸のそばに行く)
したいことをしろ、私は此処を離れない
私がお前と同じ不死の身にならないうちは
(青年そこに腰かける、少女、鷹のやうな動作で踊りはじめる。老人眠る。踊りはしばらくつづく)
(『鷹の井戸』( 青空文庫)より引用)
坂口 だからさ、踊りの伊藤さんが退場するでしょ、そうしたらどういう結末になるんでしたっけ。
植本 最後!? 3人の楽士が歌って終わりますけど。
坂口 この2人は和解するの?
植本 老人の方は最初は「出てってくれ」って言ってたのに、最後はもう「ここにいてくれ」って頼むわけですよ。「山は呪われているのだ、わたしと居ておくれ」「もう何もなくすものはないのだ。もう今からお前を欺きはしない」てなことを言って。
坂口 弱気だね。
植本 でも青年の方は「戦地に行く」って。
坂口 あ、それでお終いか。それで楽人たちが、
植本 歌って退場します。
坂口 楽人たちは基本的に状況を説明するっていうふうになってますよね。
植本 じゃあ、何が伝えたいのかって言うと、よくわかんないけどね。この話自体がね。
坂口 でもこれ、アレンジしたものじゃなくて、これそのものをやった伊藤さんが出てたものを見たいね。
植本 観たくないって言ったじゃん。さっきは。
坂口 観て「なに、これ」って言いたいね(笑)。
植本 わはははは。
坂口 いや、おもしろいって。そういう意味ではおもしろいって。だって考えてみてよ。3人の楽人がいてオタオタ準備をするわけでしょ? 化粧をして。そんで老人が井戸のそばにいて、カクカクしながら何か台詞を言ってるわけでしょ?
*
植本 編集長はどこを楽しみたいの? 3人の楽人が、その布を広げるのを失敗したりとか?
坂口 違う、違う、違う。全部うまく行って欲しいよ。
植本 (爆笑)。
坂口 これ、言ってみればさ、ぜーんぶが大失敗になる、うまく行ったら大失敗の作品なんじゃないかって楽しみにしてるわけですよ。
植本 今、俺が言ったことと一緒じゃない。
坂口 そうかなぁ。
植本 そうね、滞りなく終わったときに、どんな感想を持つんだろうっていうね。
坂口 すげぇ!って思えるかもしれないってちょっと思うわけ。あ、すげぇじゃん。この人たちっていうかね。
植本 ん!?
坂口 この人たちがやろうとしてたことのエネルギーを、そして勘違いぶりをぼくは楽しみたいなって。ちょっと思う。
植本 あとはね、そんなに長い作品じゃないから、始まって終わって、ちょっとこっちがぽかんとする。
坂口 そうですよね。
植本 何か見せられたぞっていう。
坂口 インパクトがありますよ。でも、これはもう、他の人がやってもダメなんじゃないか?
植本 そう? 能でも?
坂口 何でやってもダメなんじゃないかな。ちゃんと整えようとすればするほど。初めてこれをやる人の、何だろう、へんな…パッションの塊でしかない気がするんですよ。それは後からやっても作れないような気がしません?
植本 この作品を命がけでやってくれる人を見たいですね。
坂口 うーん、これを命がけでやるのは…。
植本 もし次、死ぬまでに能を見る機会があったら、この作品で見たいです。
坂口 (笑)。
植本純米
うえもとじゅんまい○岩手県出身。89年「花組芝居」に入座。以降、女形を中心に老若男女を問わない幅広い役柄をつとめる。外部出演も多く、ミュージカル、シェイクスピア劇、和物など多彩に活躍。同期入座の4人でユニット四獣(スーショウ)を結成、作・演出のわかぎゑふと共に公演を重ねている
坂口眞人(文責)
さかぐちまさと○84年に雑誌「演劇ぶっく」を創刊、編集長に就任。以降ほぼ通年「演劇ぶっく」編集長を続けている。16年9月に雑誌名を「えんぶ」と改題。09年にウェブサイト「演劇キック」をたちあげる。
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