【植本純米vsえんぶ編集長、戯曲についての対談】『ポランの広場』『植物医師』宮澤賢治
坂口 今回は、宮澤賢治の『ポランの広場』と『植物医師』2つの作品をやります。
植本 両方ともとても短いのでね。
坂口 作ったときが同じなんですよね。
植本 1924年です。
坂口 『ポランの広場』から行きましょうか。
植本 時は「一千九百二十年代、六月三十日夜」って書いてある。場所が、宮澤賢治得意の「イーハトヴ地方」。
坂口 彼の頭の中にある理想郷みたいな所なのかな。
植本 そうそう、理想郷、楽園みたいなところですね。
坂口 そこで起こっている出来事で短い音楽劇です。
植本 今さ、編集長は観てないと思うけど、テレビで夜中にラップバトルみたいなのをやってるのね。即興のラップで、相手のことをディスったりとかする、それが戦いになっていて勝敗が決まるみたいなやつなんだけど、まさにそれだなと思って。
坂口 はぁ…。
植本 歌で相手のことをけなしたりとかして戦う。
坂口 うーーん。そうなんだ…。
【ト書き】
時、一千九百二十年代、六月三十日夜、
処、イーハトヴ地方、
人物、キュステ 博物局十六等官
ファゼロ ファリーズ小学校生徒
山猫博士
牧者
葡萄園農夫
衣裳係
オーケストラ指揮者
弦楽手
鼓器楽手
給仕
其他 曠原紳士、村の娘 多勢、
ベル、
人数の歓声、Hacienda, the society Tango のレコード、オーケストラ演奏、甲虫の翅音、
幕あく。
舞台は、中央よりも少し右手に、赤楊の木二本、電燈やモールで美しく飾られる。
その左に小さな演壇、
右手にオーケストラバンド、指揮者と楽手二名だけ見える。そのこっち側 右手前列に 白布をかけた卓子と椅子、給仕が立ち、山猫博士がコップをなめながら腰掛けて見てゐる。
曠原紳士、村の娘たち、牧者、葡萄園農夫等 円舞。
衣裳係は六七着の上着を右手にかけて、後向きに左手を徘徊して新らしい参加者を待つ。
背景はまっくろな夜の野原と空、空にはしらしらと銀河が亘ってゐる。
すべてしろつめくさのいちめんに咲いた野原のまん中の心持、
円舞終る。コンフェットー。歓声。甲虫の羽音が一さう高くなる。衣裳係暗をすかし見て左手から退場。
みんなせはしくコップをとる、給仕酒を注いでまはる。山猫博士ばかり残る。
(宮澤賢治『ポランの広場』青空文庫より)
植本 意外と細かい。
坂口 タンゴの曲が…。
植本 オーケストラ演奏でのタンゴのレコードがかかっていたりとか。これ、おもしろいね、甲虫の翅音、はおとって読むのかな?
坂口 楽しげなスタートですよね。夜、野外で小パーティーが開かれているんですね。
*
坂口 彼は音楽劇が大好きなんですよね。当時オペレッタとかが盛んだった浅草にけっこう通っていたみたいですね。
植本 そうそう。ジャズも好きみたいで、ちょっと知ったかぶりな感じでジャズの描写とかも出て来ますね。
坂口 いいですよね。しかも出演者は在学している農学校の生徒だから、そのやり取りを想像してみると心温まるっていうかね。大正時代ですからね。
植本 岩手のね、自分も岩手出身だけど田舎じゃないですか。そこでこんなね、モダンなことをやるっていう。
坂口 関係者みんながワクワクしている感じがすごく伝わってくるんですよ。
植本 そうだね。幕開きから華やかだしね。
*
坂口 野外のダンスパーティーでお酒を飲んでいたりしているところに、技師と少年が入ってくる。
植本 なるほどね。そっかそっか。高校生たちが演じるのに、高校生にお酒を飲む振りをさせるっていう趣向もいいですね。
坂口 しかもダンスパーティー。タンゴの曲がかかって円舞。なので踊ります。
植本 これさ、「円舞終わる。コンフェットー完成」っていう描写がで出て来るけど、この「コンフェットー」っていうの調べましたけど、ああー、紙吹雪のことかぁって思って。オシャレですね。
坂口 だから前にやった『飢餓陣営』もそうだけど、自分が関心を持っていることを使って、学生たちが思ういろんなことを想像して、上手に刺激してあげているのが何ともこう、優しさっていうか彼のおもしろがり方ですよね。別のところで読んだんですけど、この学校での4年間はすごく明るくて、彼にとってとてもいい時代だったと、自分で言ってるんですよ。それがすごく伝わってくる戯曲ですね。
*
坂口 筋はさ、なんか山猫博士っていう人が乱暴者で、山猫を「釣ってくる」って表現になっていますね、山猫を捕ってきてなめしにして売ってるっていう。
植本 だから山猫博士って呼ばれてるんですね。
坂口 その人と、後から来た少年と技師とのちょっと酒場での“いざこざ”みたいなんですけどね。
植本 きっかけっていうのが、キュステていう技師と、小学生のファゼロがポランの広場に来るんだけど、周りはお酒を飲んでいるのに、この2人だけは葡萄水?
坂口 ジュース?
植本 それが山猫博士は気に入らない。
【本文】
(前略)
山猫博士「今度は僕がうたふよ。
つめくさの花の 咲く晩に
ポランの広場の 夏まつり
ポランの広場の 夏のまつり
酒を呑まずに 水を呑む
そんなやつらが でかけて来ると
ポランの広場も 朝になる
ポランの広場も 白ぱっくれる。」
(みんな気の毒さうに二人の方を見る)
キュステ「おい、ファゼロ、もう行かう。」
フ〔ァ〕ゼロ(泣き出しさうになりなが〔ら〕演壇にのぼり、唱ふ)
「つめくさの花の かほる夜は
ポランの広場の 夏まつり
ポランの広場の 夏のまつり
酒くせのわるい 山猫が
黄いろのシャツで出かけてくると
ポランの広場に 雨がふる
ポランの広場に 雨が落ちる」
山猫博士(憤然として)「何だ失敬な。決闘をしろ、決闘を。」
(宮澤賢治『ポランの広場』青空文庫より)
植本 決闘になって、「剣持ってこい」って言うと給仕が「剣ないんで、洋食用のナイフでいいですか?」って言って決闘が始まるんですけど。山猫博士がやられて。そうすると、ヨードホルム?
坂口 消毒液のことかな?
植本 ヨードチンキのこと。ここらへんが科学好きの賢治が現れてくるでしょ。過酸化水素とかね。おもしろい。
【本文】
(前略)(闘ふ、ファゼロ山猫博士の胸をつく。山猫博士、周章してかけまはる。)
「おいおい、やられたよ。誰か沃度ホルムがないか。過酸化水素をもってゐないか。誰かないか。やられたよ。やられた。」(気絶する)
キュステ、「よくいろいろの薬の名前を知ってやがるな。なあに 傷もつけぁしないよ。」
牧夫「水をかけてやらう。」(如露で顔に水をそゝぐ。)
山猫博士(起きあがる)「あゝ、こゝは地獄かね、おや、ポランの広場へ逆戻りか。いや、こいつはいけない。えゝと、レデース アンヂェントルメン、諸君の忠告によって僕は退場します。さよなら。」(すばやく退場、みんなひどく笑ふ。拍手、コンフェットウ、)
(宮澤賢治『ポランの広場』青空文庫より)
坂口 山猫博士が逃げて行くと葡萄園の農夫が、
植本 演壇に立ってしゃべり始めるんだけど、それがね、何て言うの? 詩的なのよ。フフフ。最後の締めが、お前で締めんのかっていう感じがするでしょ?
坂口 この葡萄園の農夫の独白っていうの?演説がおもしろいですよね。
植本 文章がとにかくキレイなんですよ。
【本文】
葡萄園農夫(演壇に立つ。)「(前略)愉快な愉快な夏のまつりだ。誰ももう今夜はくらしのことや、誰が誰よりもどうだといふやうな、そんなみっともないことは考へるな。おゝ、おれたちはこの夜一ばん、東から勇ましいオリオン星座がのぼるまで、このつめくさのあかり照らされ、銀河の微光に洗はれながら、愉快に歌ひあかさうぢゃないか。黄いろな藁の酒は尽きやうが、もっときれいなすきとほった露は一ばんそらから降りてくる。おゝ娘たち、(町の人形どものやうに、手数を食った馬鹿げた着物を着ないでも、)お前たちはひときれの白い切をかぶれば、あとは葡萄いろの宵やみや銀河から来る鈍い水銀、さまざまの木の黒い影やらがひとりでにおまへたちを飾るのだ。
あゝ、山猫の云ひぐさではないが、
ポランの広場の夏まつり
ポランの広場の夏まつり とかうだ。」
(壇を下る 拍子、歓声、オーケストラ、〔数文字空白〕を奏する 円舞はじまる。
(幕)
(宮澤賢治『ポランの広場』青空文庫より)
植本 踊りで始まり踊りで終わる。
坂口 決闘する2人も唐突に歌ったりしますよね。
植本 これも出て来るんですね。「キャッツホヰスカア」
坂口 それなに?
植本 キャッツは猫なんだけど、猫っぽい音楽?なんだって。
坂口 そのときって、山猫博士が酔っぱらって歌って踊って、猫の声の時に変な動きをするとかね。こういうの大受けだと思うんですよね。彼はいろいろと細かいところを楽しんでます(笑)。
【ト書き】
(オーケストラはじまる)
みんなコップをおいて踊る。キュステも入る。山猫博士、調子はづれの声でオーケストラに合せながら、みんなの間を邪魔するやうに歩きまはる。猫の声の時はねあがる。近くのものにげる。
(宮澤賢治『ポランの広場』青空文庫より)
植本 フフフフ。
坂口 もう、そのワクワク感が伝わって来て。楽しいそうだね。ここには演劇をする気持ち?演劇だけじゃなくて何か物を作る楽しさの原点があると思うんですよ。音楽・衣装・舞台装置、関わる人みーんなが楽しめて、貢献できる。そして生徒たちと一緒にこのお芝居を先生が作った。っていうことがすごく素敵なことだと思うんです。
*
坂口 そしてもう一本は『植物医師』郷土喜劇って書いてあります。
植本 これは、もはやコントですわ。
坂口 はい。
植本 で意外な終わり方するしね。あ、そっち行ったって思いますでしょ?
坂口 『植物医師』ユニークですよね。そんな言葉はこの当時はないですよね?
植本 今もないっていうか…。
坂口 調べたらね、2016年にね、国が関わって「植物医師」の検定ができたみたい。でもこの作品は大正時代だからね、そんなものはないです。
植本 主人公の名前が爾薩待(にさつたい)って難しい。
坂口 何か意味があるの?
植本 知らない。
【ト書き】
時 一九二〇年代
処 盛岡市郊外
人物 爾薩待(にさつたい)正(ただし)開業したての植物医師
ペンキ屋徒弟
農民 一
農民 二
農民 三
農民 四
農民 五
農民 六
幕あく。
粗末なバラック室、卓子二(顕微鏡載せと客用)、椅子二、
爾薩待正 椅子に坐り心配そうに新聞を見て居る。立ってそわそわそこらを直したりする。
【本文】
「今日はあ。」
「はぁい。」(爾薩待忙しく身づくろいする)
(ペンキ屋徒弟登場 看板を携たずさえる)
爾薩待「ああ、君か、出来たね。」
ペンキ屋(汗を拭きながら渡す)「あの、五円三十銭でございます。」
爾薩待「ああ、そうか。ずいぶん急がして済まなかったね。何せ今日から開業で、新聞にも広告したもんだからね。」
ペンキ屋「はあ、それでようございましょうか。」
爾薩待「ああ、いいとも、立派にできた。あのね、お金は月末まで待って呉くれ給たまえ。」
(宮澤賢治『植物医師』青空文庫より)
坂口 この人は役場に勤めていたんですが、上司と喧嘩して辞めちゃったんですね。
植本 県庁で耕地整理の仕事をしてたんですけど部長と喧嘩してね、ぶん殴って辞めてしまった。
坂口 なかなかいいじゃないですか。
植本 ここもコントですよね。彼が「耕地整理をしてたんだ」っていうのに、「え、交通整理?」っていうボケが入るでしょ。ペンキ屋さんが言うんですけど。
*
坂口 爾薩待さんは今日から開院するんですよね。友達から顕微鏡を一個借りて、自分のはんちくな知識で植物に関する医者になろうと開業します。
植本 適当なことを言っても植物なら大丈夫じゃないかって。
坂口 最初から患者が来ちゃうと物語として単調なので、ペンキ屋の使いが看板を持ってくるっていうところから話が始まります。
植本 発注して看板作ってもらって、いざ引き渡しになると、この爾薩待さんが「金がねぇ」って言い出しますね。
坂口 ここはね、状況説明がとっても上手です。
植本 今は、こうこうこうだから払えないんだって。
坂口 なんとかそいつを撃退して。
植本 いやいや、このペンキ屋さんの言ってることは至極まっとうですね。親方から「現金でもらってこい」って言われてきてるのでね。そのやりとりがあったんだけど、とうとうペンキ屋さんは折れて帰ります。親方に怒られるんでしょうね。
坂口 そう。でも彼はお金ないしね。帰して。で、もういきなり農民が来るんですよね。
植本 相談にっていうかね。
坂口 稲?
植本 陸稲。陸の穂って書いてオカボ。
坂口 水田じゃなくて陸で育てるのね。当時、北の方だからね、稲作も大変なんじゃないかな。
*
植本 そう言えばさ、これ関係ないけど、おれ、岩手の人間だからそんなに苦じゃなかったんだけど、大丈夫だった?
坂口 何となく推測するっていうか。よく分かんない言葉はありましたけど。
植本 『飢餓陣営』とか『ポランの広場』に比べると、かなりの岩手弁なんですよ。
坂口 これもスタイルですよね。自分たちの身近な言葉を上手に使ってます。
植本 なので地元の言葉を使って、地元の人が見ると大受けだろうね。
坂口 くどいけど、やってるやつも楽しいじゃないですか。農民の振りしてさ、自分の言葉でしゃべれるって嬉しいと思うんだよ。
植本 想像だけど、その当時、もしかしたらもう使われていないもっと古い方言が出て来たりもするのかなと思って。そうすると余計おかしいんだろうなって。
坂口 これ、どなたも楽しめる劇です。
*
植本 これセオリー通りですよね。農民一、二、三と進んで行くうちに、だんだん説明が省かれていく。
坂口 最初はいろいろ探り出しながら。
植本 稲の症状を聞いて、それによってアドバイスしてる風に見せて、情報を、知識を得る。
坂口 そうそう。それで処方を教えて、薬を渡して、一人目からお金をもらって帰すと。
植本 こんなに儲かるんだ、薬の原価はこれだけなのにって。
坂口 次々に農民がまた稲のトラブルで相談に来る。
植本 入れ違いですから。
坂口 爾薩待さん、だんだん分かってくるから。「ね、こうだからこうでしょ?」っていうふうにうまい具合に省いて場面がどんどん縮まってくる。
植本 最後の方になると、もうドアを開いたら、患者が来た瞬間に「これこれこうでしょ」っていうと、患者の農民の方が「あんた占い師なのか?」っていう(笑)。
坂口 農民の相談も生徒たちがいつも学んでいることなので、とっつきやすいですよね。
植本 一番最後の人はもう、ドア開けたら処方箋渡されて、何も言わずに帰ります。
【本文】
農民四、五 登場。
爾薩待「いや、今日は、私は植物医師、爾薩待です。あなた方は陸稲の枯れたことに就ついて相談においでになったのでしょう。それは針金虫の害です。亜砒酸をおかけなさい。いま証明書を書いてあげます。」(書く)
農民四、五(驚嘆す)この人ぁ医者ばかりだなぃ。八卦も置ぐようだじゃ。」
爾薩待「ここに証明書がありますからね、こいつをもって薬屋へ行って亜砒酸を買って、水へとかして稲に掛けるんです。ええと、お二人で三円下さい。」
農民四、五「どうもおありがどごあんすた。」
爾薩待「ええ、さよなら。」
(宮澤賢治『植物医師』青空文庫より)
坂口 で喜んでいると、最初のやつが来ちゃうんだよね。
植本 一巡して。農民一から六まで終わると、また一が来ます。
坂口 「そんなに早く枯れないだろう」って思うんだけど、そこはね。
植本 全然大丈夫。
坂口 一番目が「おれ、お前の言うとおりやったら、枯れちゃったよ、どうしてって。」
植本 頑張って、爾薩待さんは言い訳しますよね。「あれ? おれの言う通りやった?」
坂口 やったけどダメだった。
植本 だんだん化けの皮がはがれて、「あ、こいつ適当なことを言ってやがる」って農民たちにとっちめられるんですけど、
坂口 次々に他のやつも来るわけだな。
植本 うちのも枯れた、枯れたって。
坂口 彼もおかしいよね。だんだん凹んで行くっていうか。
植本 そうそう。
坂口 言われるたんびに、「すみません」っていう感じが深まっていく。
植本 「がおれる」っていう方言を使っていますね。
坂口 責められてしょぼんとしちゃうわけですよね。それはそうだよね。
植本 そうですよ。
坂口 でも最後に、何て言うんですかね…許すわけでしょ?
植本 そこが何ていうか、そこはセオリー通りじゃない。
坂口 はい。
*
植本 えって、思うんですけど。農民たちが、でも「自分たちも悪いところがあったのかなぁ」みたいなこと言い出して。
坂口 でもないよね、基本的に。
植本 ふふふふ。
坂口 だけど、そこは彼のこう、思想なんだろうね。何か許しちゃおうよっていう。まぁどっちかっていうと医者になっている方が自分にキャラが近いわけでしょ?
植本 ああー、そっか。
坂口 だから許して欲しいっていうふうになるのかな?
植本 どうなのかなぁ? でも農民もエラい。「運が悪かったから諦めようか」とか、「日照りで一年ね、過ごしたんだと思えばいいのか」とかね。
坂口 でもそんなチャンチャンで終わっていいんだっけ?
植本 「人間の医者だって、ほら時々間違う」みたいなこと言うじゃない?
坂口 そうだねー。
植本 「診てもらったあとに病気になることもあるし」とか「みんなが同じ陸稲だったのがいけなかったんじゃないか」とか(笑)。
坂口 ね、それで、何となく帰っちゃう。みんなが退場して、「医師 これを見送る」。
植本 エラいよ、農民も。最後「どうもありがとうごあんした」って何か知らんけど、みんながお礼を言って帰っていくんですよ(笑)。
【本文】
農民六「ほんとにひで野郎だ。」
農民二「全体、はじめの話がら、ひょんただたもな。じゃ、うな、医者だなんて、人がら銭まで取ってで、人の稲枯らして済むもんだが。」
爾薩待(うなだれる)
(農民等 黙然)
農民二(ややあって)「いま、もぐり歯医者でも懲役になるもの、人欺して、こったなごとしてそれで通るづ筈なぃがべじゃ。」
爾薩待(いよいよしょげる。)
農民二「六人さ、まるっきり同じごと言って偽こいで、そしてで威張って、診察料よごせだ、全体、何の話だりゃ。」
爾薩待(いよいよしおれる)
農民一(気の毒になる)「じゃ、あんまりそう言うなじゃ、人の医者だて治るごともあれば、療治後れれば死ぬごともあるだ。あんまりそう言うなじゃ。」
農民三「まぁんつ、運悪がたとあぎらめなぃやなぃな。ひでりさ一年かがたど思たらいがべ。」
農民四「全体、みんな同じ陸稲だったがら悪がったもな。ほがのものもあれば、治る人もあったんだとも。あっはっは。」
農民五「さあ、あべじゃ。医者さんもあんまり、がおれなぃで、折角みっしりやったらいがべ。」
農民六「ようし、仕方なぃがべ。さあ、さっぱりどあぎらめべ。じゃ、医者さん、まだ頼む人もあるだ、あんまり、がおらなぃでおでぁれ。」
農民二「さあ、行ぐべ。どうもおありがどごあんすた。」
一同退場 医師これを見送る。
(幕)
(宮澤賢治『植物医師』青空文庫より)
坂口 だから、何だろう(笑)。いい終わり方ですよ。
植本 いい終わり方ですけど、どういう想いを観客に残したかっていうのが。
坂口 どうなんですかねぇ。このやり取りの面白さで、もうお客さんも満足してるんじゃないですかね。ここで医者がとっちめられても、じゃあ殴られてチャンチャンって終わっても嫌な気持ちになるだけじゃないですか。じゃあ、まぁ、しょうがないかって終わるのが一番でしょ。
植本 一同退場。医師、これを見送る 幕。っていうことで、最後、この爾薩待さんがどういう表情をしているのか(笑)。
坂口 そうね、最後の彼の見送る表情がすごい重要だね。
植本 ペロッと舌を出すのか、反省して終わるのかでだいぶ違いますよ。
坂口 それはちょっと反省して終わるじゃないと困るかなぁ。
植本 (笑)。
*
坂口 この二作は、どっちもすぐできるよね?『ポランの広場』の方はそれなりに仕掛けがいるけど、『植物医師』の方は仕掛けは何もないし、椅子と机があればいいんでしょ。二本立てで回していけば、すごく観ている人も楽しくない?
植本 アレですかね。『ポランの広場』の方はある程度のセットを黒幕で隠しておいて、その前で『植物医師』をやってもらって休憩を入れて、次は幕を取ってセットを見せるっていうことでしょ。
坂口 それでできた!
植本 賑やかだし。『ポランの広場』の方が(笑)。
*
植本 何だろうね、これ『飢餓陣営』もそうだけど、編集長の心をくすぐる宮澤賢治の戯曲の魅力って何だろう。
坂口 とってもこのお芝居ができる過程が愛おしい。全部が。作っていく過程(見てないけど)とか、できた結果もとても素敵な出来事だって思うんですよ。これは大切にしたい!って思う。
植本 (笑)。
坂口 今、演劇をやっている方の原点になるといいなってちょっと思うんですよ。
植本 たぶん、編集長の中に「善」っていうのがあって、ちょっとでも「偽善」の匂いがするとたぶん編集長嫌なんだと思うのね? これは偽善の感じはしないじゃない。でもこれを現代人がやるときに、偽善っぽくなるのは嫌でしょ?きっと。
坂口 そうですね。今、無心でやれっていってもちょっと難しいかもしれない。
植本 なかなかそうだね。
*
坂口 だからくどいけど、またこの時に行きたいね。
植本 この時?
坂口 彼らがやってたところに、ぼくも仲間として、できればちょっと舞台手伝っうくらいのポジションでいきたい(笑)。
植本 パンフレット作りたい。
坂口 そんな大それたことじゃなくて、ちょっと大道具運ぶくらいのことで。これ全部終わったときに、校庭で舞台装置を燃やしたんだって。キャンプファイヤーみたいにして、みんなで喜んだっていうことが書いてあった。
植本 すごいね。
坂口 そこに居れたら幸せだなぁって。だからそういう演劇にはなかなか関われないけど、そういうのっていいなって。演劇だけじゃなくてね。何かみんなで一緒にやるっていうことは、そういうことなのかなってちょっと思いますよね。フフフフ。
植本(笑)。これ、どういう人たちがやればいいのかなぁ・・・。
坂口 難しいね。ピュアな人たちって自分で思っている人がやると何かくさい芝居になりそうだよね。だからって濃い人がやってもちょっとエグい。ちょっと受け止められないような物になるかも。
植本 濃いなら濃いで、good morning N°5のような人たちがやってもいいかなとも思うんだけど(笑)。
坂口 (笑)そうですね。『ポラン広場』とかね。『植物医師』はちゃんとした喜劇人が真面目にやってみたら、おもしろくなるんじゃないかな? 。
植本 うん、いいかもね。
坂口 由利徹さんとかそういう人たちが農民になって出て来て、ふざけないでちゃんとやったらいいんじゃないですかね?
植本 編集長はいつの時代を生きているの?由利徹さんがバリバリ現役みたいなことを言うけど(笑)。
坂口 今の若い人が何って…。
植本 知らないと思う(笑)。
坂口 まとまんないね(笑)。
植本 いやいや、あのー、編集長がどういうとこが好きだっていうことは分かりました。
*
坂口 植本さんはどうなのよ?
植本 賢治の作品って、何かどっちもキラキラしてるなと思って。文章から受ける印象が。
坂口 短編だけど、ちゃんと手を使ってるよね。
植本 企んでんのかなぁ。
坂口 自然にそうなっちゃうんじゃないのかなぁ。手練手管がちゃんとある!それはさすが宮澤賢治って、ぼくに言われたくないけど(笑)。でもそう思いますよ。
植本 わははは。あれだよね、宝石箱、自分のおもちゃ箱にしまっておきたいタイプの戯曲なんだけど、宣伝したいですね。
坂口 そうですね、ぜひ。とにかく、騙されたと思って青空文庫で(無料ですので)読んでみたらどうでしょう?どうせみんなくだらないことで10分、20分使ってるんだからさぁ。これ騙されたと思って読んでみたら得だと思うんだよなぁ。
植本 編集長のどこでスイッチが入るのかが分からない。わははは。
坂口 でもそうじゃん。
植本 そうですね。今回はいい二編でした。
植本純米
うえもとじゅんまい○岩手県出身。89年「花組芝居」に入座。以降、女形を中心に老若男女を問わない幅広い役柄をつとめる。外部出演も多く、ミュージカル、シェイクスピア劇、和物など多彩に活躍。同期入座の4人でユニット四獣(スーショウ)を結成、作・演出のわかぎゑふと共に公演を重ねている
坂口眞人(文責)
さかぐちまさと○84年に雑誌「演劇ぶっく」を創刊、編集長に就任。以降ほぼ通年「演劇ぶっく」編集長を続けている。16年9月に雑誌名を「えんぶ」と改題。09年にウェブサイト「演劇キック」をたちあげる。
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