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【植本純米vsえんぶ編集長、戯曲についての対談】キム・ミョンファ『鳥たちは横断歩道を渡らない』

植本 今回は、キム・ミョンファさんの『鳥たちは横断歩道を渡らない』
坂口 はい。植本さんの推薦です。
植本 韓国の戯曲ってなかなか手に入らない、っていうか読めないんだなって思って。
坂口 ただね、これは2005年に出た『韓国現代戯曲集』2巻目に入っているやつだから、もう在庫がないって。今は9巻まで出ていて、近刊はあると思いますよ。
植本 でもさ。ちょっと大きい書店の戯曲コーナー行っても韓国戯曲並んでないもん。シェイクスピアとかチェーホフとかはあるけど。
坂口 今回の本は在庫が「ありません」って言われました。
植本 日韓演劇交流センター?
坂口 はい。それで検索したら3つくらいの大学の図書館と都立図書館にあったのね。で、今便利なんですね、お願いすると近所の図書館まで持ってきてくれて。そんなわけで、少し時間がかかっちゃいました。

植本 次の対談どうしようかなって思ったときに、いま日本と韓国がこんだけ冷え込んで、仲が悪い状況で。でも演劇の人たち頑張ってるじゃないですか、国際交流とかでね。
坂口 はい。
植本 それで、韓国の戯曲をやりたいなと思いました。
坂口 この戯曲を書いたキム・ミョンファさんって、アサヒブタイ・・・
植本 キム・ミョンファさんは平田オリザさんとの共作『その河をこえて、五月』という新国立劇場で上演した作品で、2002年の朝日舞台芸術賞のグランプリを獲ってます。
坂口 有名な方なんですね。
植本 そうですね。劇評家出身なんですね。
坂口 日本の感覚だと、エリート? 本人はそうは言われたくないかもしれないけど。
植本 韓国の歴史的背景とかが、よくわかってない自分がいますけど、文章としてはとても読みやすい。
坂口 すいすい読めました。
植本 普段、僕たち結構難しいのに挑戦してるじゃないですか。「これどういう意味なんだろう」みたいな。そういうのじゃなくてドラマが流れていて。
坂口 だから良くも悪くも、なのかもしれないですね。前回の山崎哲さんのやつはなかなか読み進められなくて、面白いんだけどひっかかっちゃう何かがあったけど、これはそういう意味ではひっかからないんですよ。植本さんの感想としてはどうなの?

植本 やっぱり国民性の違いは感じるし、なんだろうな、表現の仕方とか。その時代背景? ちょっと前の日本の全共闘時代を彷彿とさせます。この本の設定が90年代なのでね。
坂口 時代を合わせていくと日本とは20年くらいのズレがありますかね。
植本 あと、先輩後輩、目上の人、目下の人の関係性? それは日本とはちょっと違うでしょ。
坂口 全然違うかもしれないですね。
植本 儒教思想からきてるのかな? 先輩をとにかく敬う、だからこそ、劇中に出てくる目上の人にたいして怒鳴ったりとか、殴りかかったりとかが余計に印象深くなるんだろうな、とは思ったんですけど。
坂口 これは韓国の大学劇研の話ですね。
植本 演劇研究会ね、早稲田大学にもありますよね。
坂口 読んで自分がイメージしたのは昔の早稲田の劇研ですね。けっこうこれに近い、今風に云えばパワハラ的な、先輩、後輩の関係がね。起こっていたと噂には聞いてました。
植本 僕も目撃したことがありますね。いつのOBかわからない人が劇研の公演だけは観にきてて、意見を色々言う。黙って飲み代だけ出してりゃいいのに、と思ったりとかもするでしょ? ふっふっふ。

坂口 今回の作品は、そういう人たちがお芝居をするにあたっての、もめ事みたいなことですね。
植本 現役の大学生達が事故で演出家を失って。じゃあ誰か演出家の代役をたてようってときに、事故にあった人の紹介でやっぱりOBを連れてくるということですよね。10年位違うのかな、80年代の時に学生だったOBと今90年代の学生ということで。
坂口 その代わりに演出を担当するという人がそれなりの過去があるんですね。
植本 そうですね。学生運動とかやっぱり、反政府運動というか、
坂口 体制を変える引き金になり、そういう成果を上げたグループの一人ではあったけど、なかなかうまく、その成果も長続きしないっていうことで彼は・・・いまグズグズしてる。
植本 恋人がね、政府に対して物申す焼身自殺で亡くなってる。
坂口 そう、ものすごい過去ですね。
植本 本当はもう演劇なんかしたくないと思ってるんですけど、依頼されてね。
坂口 「じゃあやりましょう」となるまでの過程も面白いです。
植本 テストと称して、学生側から矢継ぎ早に質問されてね。
坂口 学生側は頼んでおいて、その質問の答えしだいで演出をお願いするかを、決めたいという。
植本 先輩に対してね。
坂口 お願いしたくせに人柄を試すってことをしてます(笑)。
植本 そのテストが紆余曲折あって結局合格で演出をお願いすると、こんどは演出家になった人がすぐに立場逆転みたいに高圧的に振る舞いますよね。「お前らの精神たたき直してやる」、みたいな感じで。
坂口 おぉん?って。そんなことはあるんですかね? そんでまあ、稽古に入るんですね。その稽古している二ヶ月間くらいかな? がメインのストーリーなわけですね。

植本 上演しようとしてるのが『ゴドーを待ちながら』なんですね。
坂口 『ゴドーを待ちながら』の稽古を重ねていくと、自分たちが今置かれている状況とゴドーの話が絶妙に絡んでくる。
植本 そうね。じゃあ自分達は何を待っているんだろう、みたいな。
坂口 さすがは評論家、ですよね。決して茶化しているわけでは無く、演劇というスタイルのなかで、嫌でも考えさせていく。プレーヤーにも観客にもね。とても印象的だしおもしろい作りになってるなって思いました。
植本 だってゴドー、あれ答えなんかでないじゃないですか(笑)。やってみても、読んでみても、観てみても。そこで当然演劇サークルの研究会の一人、ゲイで吃音の子がね、できないっていうことで悩むんですけど、
坂口 というのを芝居の中に混ぜ込んでるから、とても上手な作り方だなって。
植本 後半の方になると主人公のね、ジファンっていう演出を頼まれた人と、今言ったゲイで吃音の子の関係が『カッコーの巣の上で』のマクマーフィーとビリー。外部からやって来た人と内部で悩んでる男の子っていう設定で、これは絶対意識してるんだろうなって思いました。
坂口 で、当然のごとく、外部から来た人に対して更に反発する人間が出てくる。
植本 ええ、これは青春ドラマっぽいよ(笑)。

坂口 本当に青春ドラマっぽいですよね。酒場のシーンですね。
植本 でもなんか過激ですよね。ここではクラブみたいなところで、人身売買のような。斡旋みたいなことが公然と行われていますね。
坂口 そういうところに、ジファンに反発してる人、
植本 劇研のソンテ君ね、
坂口 が出入りしてるからジファンが探しに行きます。
植本 そうするとボコボコに遭うっていうね。知らない人たちからね。まあ、よくあるけど、オジサンが若い子に説教しちゃって逆ギレされてね。
坂口 あの酒場のシーンはちょっとだけね、文章だと面白いけど、実際に見たら僕は少しひいちゃうかも。ここらへんはやっぱり頭の中で作られてるんじゃないかなっていう気がしてしまいます。
植本 逆に回想でもないんだけど、昔の仲間達が出てくるシーンはアングラっぽくて演劇的でしたね。
坂口 かっこいいですよね。机の下からとか、いろんなところから、
植本 湧いてくる感じでしょ。 昔の仲間達が。
坂口 違うモーションで出てくるでしょ。で、催涙弾にやられて引っ込んでいく、あのシーンはワクワクするし、象徴的な場面ですよね。
植本 あれは本当にアングラですわ(笑)。
坂口 (笑)。
植本 これ終わり方が二通り載ってますね。
坂口 はい。それはいつものとおり最初の方が、
植本 (被せ気味に)最初の方が、
坂口 圧倒的に面白い。
植本 絶対そう言うと思いました。うん。なんか改訂版がね、エンディングあるんですけど、上演期間中にアンケートとかお客さんの反応で、あまりに暗い終わり方だってことで変えたらしいんですよね〜。蛇足だと思うでしょ? 改訂版の方が。
坂口 すごく思いました。
植本 どうしても説明しちゃう。改訂したほうがね。

坂口 この作品は現実に根ざしたいわゆる“社会派”的な作品だと思うんですが、前回やった山崎哲さんのは、古代オリエントから現代に遡っての圧倒的な“社会派”ですもんね。その対比は面白いですね。
植本 なのに山崎さんのは表現の仕方がファンタジー。
坂口 その距離感が大切なんだと思うんです。そういう意味ではこの作品は距離感を『ゴドーを待ちながら』を使ってうまく折り合いをつけてお芝居の流れをつくってますよね。
植本 こういう戯曲読むと・・・まあね、このコーナーも長くなってきましたけど、演劇の意味を考えますね。これを演劇にする意味はどこに? っていう。映画でもいいんじゃないか、TVドラマでもいいんじゃないかっていうところでね。
坂口 映画といえば、ウォン・カーウァイが台詞にでてきたでしょ?『ブエノスアイレス』。
植本 あれ面白かったね。「シーンの切り替わりが早いんだけど、台詞はゆっくり」。ああそうかって思って。
坂口 (笑)。この作品でも、そういう映像的なシーンもけっこうありますよね。ト書きではかっこいいけど、舞台になったらたいへんかもとは思いました。

植本 面白いのは80年代、90年代の世代の中で意識が違うっていう。この舞台になっている劇研の90年代の人たちは何か無気力な、目の前の悦楽に行ってしまうっていう感じ。
坂口 全体的に誰もがなかなか上手く社会になじめてないっていうのは、逆にいえば社会がうまくいってないという。
植本 現在の韓国がどうかわからないですけど、これを読んだ限り韓国って生活しにくそうだなって思いました(笑)。
坂口 でも今日本のほうがひどくない?
植本 ひどいよ〜
坂口 どこで折り合いをつけていいのかわからない人たちが、自分を含めていっぱいいて。
植本 酷すぎてね、もう、なんかね。
坂口 なにやっても平気、っていう風になってて。
植本 皆右ならえで悪いことしちゃう。
坂口 それを肯定する人たちは論外だけど、肯定しないまでもしょうが無いって思う人が半分くらいいる訳でしょ?
植本 諦めてる人たちね。
坂口 このお芝居の台詞にもでてきますけどね。「中立はない。中立は向こう側の考え方と同じ」という。
植本 いじめと一緒だ。はたで見てる人は同罪みたいなことだね。
坂口 そのとおりだって思う。あらためて勉強になりました。
植本 韓国ならではの力強さはこの戯曲に感じます。
坂口 それとね、うまいこと歌とか入ってきたりして、可愛いシーンがありますよね。女の子がスープ作って持ってくるところとか。
植本 あるある。あとこの演劇研究会の歌がある(笑)。
坂口 そういうのは激しいお芝居の中で観客がホッとするシーンだったりしますよね。すごく工夫して作られてる。

植本 この作品、何回か日本でもリーディング公演もあったし、実際に上演してるとこもあって。
坂口 そうですか。いやこれ韓国の人がやっても大変な作品だと思います。
植本 (笑)それいったら、翻訳物はさ、
坂口 でもこれは当時の状況が重要だから、本当に難しいと思います。
植本 難しい。でもそれも近いからなんだと思うんだよな。例えばコレがナチス、ドイツとユダヤ人の話とかだとさ、それぐらい距離があるとね。
坂口 僕らが近いからってこと?
植本 隣だし。民族的にもね、とも思ったりするんだけどね。
坂口 国とかじゃなくて、体験として近すぎてうまく馴染めない部分はあったかもしれないですね。僕は日本でやる学生運動の話って一切見ないようにしてます。どんなにちゃんと作ってくれてても自分が思ってることとはちょっと違和感があるところってあるし、全然違うところもあるし、全然違ったら本当に舞台に行ってめちゃくちゃにしちゃいたいって衝動になるから。
植本 (笑)。これのせましょうね(笑)。
坂口 でも、そうなりません? そのことでなくても、こんなことやってて腹立つ、ってことないですか? 芝居観てて。
植本 腹立つって言うか、ここで客として座ってて、今立ったらどうなるかなとかは思う(笑)。
坂口 立って帰るのは普通でね。本当に・・・まあまあ、なんの話だっけ(笑)。

植本 でもこれ、1980〜90年代の話で、間もなく2020年代になるじゃないですか。ここから今の韓国の人たちがどうなっていくかな、っていうのは興味ありますね。
坂口 少なくとも日本の変化よりはましかも知れませんね。日本は大学生が保護されてるような時代ですからね。小学・中学・高校・大学、皆同じくらいの保護のされ方をしてると思いますもん。なにかあっても「この子達はかわいそう」みたいな。昔はそうじゃないですよね。時代が随分違うけど基本的なことだから。大学生はもう自立してて自分達がこの学校を管理するんだ、くらいのね。
植本 そうね、目の前のことが大変だっていうのもそうだし、がんばっている学生もいるとは思いますけど。なんだろう。そこまで切羽詰まってはいないっていうか。
坂口 社会全体がそういうランク付けになっちゃってると思うんですよ。学生は保護される立場っていうのが。でも選挙権だけはあるようになった。不思議ですね〜。
植本 日本はなんか今、薄〜いメッキがどんどん剥がれてきてるので。多くの人はもう気づいてきてるし、どんどんもっと気づいていくんじゃないかと。
坂口 ただその先の答えがない。じゃあどうなっちゃうのかは・・・
植本 大きな失敗をしないと気づかないのか、みたいな。
坂口 バブルがはじけるとかですかね。これは前回の例から見ても、かなり可能性が高いかも知れませんけどね。
植本 でもそういうの考える良い機会になりました、この戯曲読んで。本当に読んでみたかったので韓国の戯曲を。なかなか機会がないので。
坂口 特にゴドーと絡むところは本当におもしろく読めた。親近感っていうか、自分の中で気持ちが動いた。
植本 若者だからってことじゃなくて、人間ずっと続く問題なので。またぜひ韓国の戯曲は読んでみたいです。
坂口 はい。
植本 これで韓国戯曲っていうものを分かった気になりそうなので(笑)。それはだめです。
坂口 では、そういうことで、後日を期して。

 

〈対談者プロフィール〉
植本純米
うえもとじゅんまい○岩手県出身。89年「花組芝居」に参加。以降、老若男女を問わない幅広い役柄をつとめる。主な舞台に東宝『屋根の上のヴァイオリン弾き』劇団☆新感線『アテルイ』こまつ座『日本人のへそ』など。

【出演情報】
こまつ座『イヌの仇討』
1月17日(金)~19日(日)
横浜市泉区民文化センター テアトルフォンテ
※地方公演あり(会員制)

 

坂口眞人(文責)
さかぐちまさと○84年に雑誌「演劇ぶっく」を創刊、編集長に就任。以降ほぼ通年「演劇ぶっく」編集長を続けている。16年9月に雑誌名を「えんぶ」と改題。09年にウェブサイト「演劇キック」をたちあげる。

 

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