【一十口裏の「妄想危機一髪」】最終回 日本の電力
「気力発電所からの、発表です。ただいま全国民の気力が、著しく低下している模様です。そのため各地で、停電が相次いでおります。この放送は、予備気力を使って、なんとか放送しておりますが、その気力も、いつまで持つかどうか………、ぁぁ…………」
突如、街の明かりが消えまして、真っ暗闇となった駅前で、大きなスクリーンだけが点りまして、青白い顔をしたアナウンサーが、力なく、そう言ったのを、記憶している方も多いと思います。
その後、アナウンサーは、しばらく何も言わなくなりまして、その放送も、やがてぷっつりと、途絶えました。
「気力発電」とは、日本が世界に先駆けて開発した、素晴らしい発電システムであります。それは、全国民の「気力」を見事に、電力に替えて参りました。全国民の「気力」が見事に、日本を明るく照らしました。
「あなたの気力が、日本を照らす!」
「環境汚染ゼロ、コストゼロ!」
「永久的に使える、クリーンエネルギー!」
皆様の「気力」が、そうして何十年も、安定した電力を、供給して参りました。この日本を、支えて参りました。しかしながら、その気力が、尽きました。永久に尽きないと思われていた気力が、何時の間にか、徐々に力を失いまして、やがてぷっつりと、途絶えました。
何故なのでしょう。わかりません。我々は、その原因の究明に向けて、ただちに動き出しました。しかしすぐに、やる気を失いました。その予算で、美味しいものを食べました。ほろほろと解けながらも、しっとりとした喉越し。その芳醇な味わいを、よく、覚えております。とても、美味しかったです。
仕方がありません。「気力」が尽きたのです。しかしそれでも、我々は一丸となって、国民の「気力」の回復に向けて、努力をしました。もちろん全然、気乗りがしません。興味も一切、ありません。つまり言わば、努力をするふりを、懸命に、致しました。
とりあえず、色んな法案を出してみては、色んな議論を戦わせてみました。そうしてとりあえず、色んな法律、政令、省令を、出してみました。税金も、上げたり下げたり、また上げたり。時に、放り投げたり丸めたり、叩いて伸ばしたりも、してみました。
おかげで時々は、国民がほんの少し、活性化されたような、気がします。元気が出てきた、気がします。素晴らしい、成果です。そしてなんと、オリンピックの開催も、決まりました。
たいへんよく、頑張りました。涙が溢れて、まいります。やる気が全く、ないのです。なのにこんなにも、頑張ったのです。我々は、自分達をねぎらい、互いに、褒め称え合いました。美味しいものを、たくさんたくさん、食べました。
それなのに、国民の「気力」は、なかなか回復致しません。むしろ更に、低下しました。もう低下が、止まりません。
何故なのでしょう。解せません。悲しいです。もちろん我々の「気力」は、もう、1ミクロンも、御座いません。なんにもやる気が、起きません。
時々は、上手くいきます。しかし、それが何だと言うのでしょう。上手くいくことも、上手くいかないことも、本当はなんにも、やりたくありません。
なので我々は、ふて寝をしました。頭から布団を被り、耳を塞いで、ふて寝をしました。しかしそんな時ほど、色々と面倒が起こりまして、叩き起こされたり、あれこれ言えだの、あれこれやれだの言われましても、もう、癇癪を起こして、地団駄を踏むしかありません。
街の明かりは、それでも、なんとなく、心許なく、灯り続けては、おりました。どこの誰だか知りませんが、こんな時にも、いくらか気力を残す、変わり者が居るようです。
迷惑です。おかげでなんとか、街に明かりが灯っておりましたが、ふて寝を決め込もうとしましても、これではふいに、目が覚めてしまいます。眠れないから明かりを消せと、我々は各所に強く要請しましたが、それはふわふわと続きまして、我々は非常に、困りました。このままでは、寝不足です。とても身体に、良くありません。
これでは何も、出来ません。何も考えが、まとまりません。体も頭も、全く動かず、我々は、木偶の坊となりました。皆さまも、同じでしょう。
致し方ないと、我々は、日本の強制消灯に向けて、動き出しました。はい。日本は、消灯の時間です。おやすみなさい。また明日。
しかしここで、新たなエネルギーが、誕生しました。
何故なのでしょう。よくわかりません。とにかく一斉に、明かりが灯ったのです。何十年分かの真夏が、一気にやって来たかのような、ギラギラとした明かりが、全国土に、灯ったのです。
我々は、目を疑いました。かつての栄光を思わせる、いや、それ以上の、輝きと、煌めきです。
その暴力的なまでの明かりは、それまで灯っていた、ほのかな明かりを、ほとんど全部、搔き消し、追い出しました。
「気力発電」なき今、新たに産まれました、新エネルギー。
それこそは、「無力発電」で、あります。
我々の、これ以上ない「無力」さが、眩いばかりに、日本全土を照らしました。全国民の、やるせ無い「無力」さが、眩いばかりに、日本全土を照らしました。
それが照らさぬ場所は、ありませんでした。どこにも影は、落ちませんでした。それは、照らされたくないもの、照らすべきでないものまで、一様に全てを、ギラギラと照らし出します。
我々は、ふて寝の布団から、飛び出しました。誰もが布団から、飛び出しました。布団の中まで、丸見えです。下手をすれば、パンツの中まで、丸見えです。もう、寝てなどは、いられません。
なんせ全てが、丸見えですので、じっとしてなど、いられないのです。無意味に走り出す者、ジタバタする者、小躍りする者で、街中がとても賑やかになりました。何処であっても、何時であっても、だれかれ構わず、或いは一人で、喋り出し、歌い出し、笑い出し、怒り出す。そんなことが、当たり前となりました。
これは、とんでもない、エネルギーです。我々は、感無量であります。
我々の「無力」さは、留まる所を知りません。即ち、全国民の「無力」さも、留まる所がありません。
よって我が国はどこまでも、「無力」になれるのです。いくらでも、「無力」になれるのです。このエネルギーは、決して尽きないのです。
かく言う私は、今、鼻を掘っております。鼻を掘るのに、夢中であります。今や誰もが無力でございますから、何の力も、ありません。政界、財界、官界、学界、宗教界、その他、諸々の、あらゆる界。全ての誰もが、無力であります。正しい者も、正しくない者も、全てが等しく、無力であります。
何を言おうが、何をしようが、誰も彼もが「無力」ですから、今や、誰に何を言ってみましても、全く、何にもなりません。申し訳ありませんが、暖簾に腕押しです。何の成果も、得られません。何の意味も、ありません。あ。鼻血が出ました。
誰も彼もが、無力ですから、我々にも、指導力はおろか、決定力も実行力も、思考力さえ、あひまひぇん。あ。ハナに、ティッシュをつめまひて、大変ひつれい、ひたひまふ。
すなわち、わたくひ、とてもやる気が、みなぎっておりまふ。無力だのに。無力ゆへに。なんにも出来ないからこそ、なんでもやれる、そんな気が、いたひまふ。
誰より無力な我々は、より無力な国民のみなはまと共に、輝かひい未来に向かって、栄光の一歩一歩を、いっひだんけふひて、歩んでまひりだい、ほんなひょほんへ、あ、失礼。ティッシュが取れました。
えー。わたくし、今、誰も居ないところで、一人で喋っております。誰も聞いて、おりません。誰に聞かせても、おりません。
わたくしも皆さまも、全国民が、等しく「無力」。そんな我が国におきましては、今後、訪れるかもしれない困難や逆境に、完全なる「無力」さで立ち向かいまして、この世界の中での日本の役割を、
にんにく?
あ。貴重なご意見、有難うございます。はい。いってらっしゃいませ、どうぞ、お気をつけて。
えー。そうして我々は、日本の役割を、確立して参りたいと、思っております。
では、失礼致しまして、再びティッシュを鼻に、詰めさせて頂きまふ。
【著者プロフィール】一十口裏
いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長
げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。
意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。
また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。
げんこつ団公式サイト
http://genkotu-dan.official.jp/
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◆長きにわたるご愛顧、ありがとうございました!(編集部)
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