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【一十口裏の「妄想危機一髪」】第74回 俺は、俺と。

俺はどこにでも居る、ごく平凡な男だ。
勿論ここにも居るし、あそこにも居る。
あの向かいのホームで電車を待っている、あれも俺だ。

俺は俺を、見るともなしに見ている。
反対方面行きのホームに居る俺を、俺は見るともなしに見ている。
そのホームとホームの間を、快速電車が通過した。
その車内にも、俺の姿が一瞬だけ、見えた。
朝寝坊をした俺はホームに駆け下りながら、見るともなしに、それを見た。

ああ、今日も俺が居る。
俺は電車に揺られ、そう思いながら、
ホームで電車を待つ俺たちを見るともなしに見送った。
そしてその先に現れた、窓の外のビルを見た。
その時ちょうど、そのビルの中で働いていた俺は、
通過する電車内の俺を、見るともなしに見送った。
その上空を、飛行機が横切った。

ああ、今日も俺たちが居る。
俺は機内食を頬張り、そう思いながら、
この街に居るだろう俺たちを、見るともなしに見下ろした。
例えばメキシコに居る俺は、ブルガリアに居る俺を見たことがない。
しかし別に見たいとは思わない。

たまたま見えたら、見るともなしに見るだけだ。
俺はどこにでも居る、ごく平凡な男。ただ、それだけだ。
地球から遠く離れた惑星に居る俺には、本当にどうでもいいことだ。
しかしそんな、どうでもいいはずの俺に向かって、俺はふいに手を振った。

俺は驚いた。
俺がホームの向こうから突然声を上げ、親しげに大きく手を振り上げた。
階段を駆け下りた勢いのまま蹴つまずき、俺は俺に、思い切りぶつかった。

そうして俺は、ホームから投げ出された。
ちょうどホームに入ってきた電車が、目の前に迫った。
ふいに振り上げてしまった手を降ろせぬまま、俺は悲鳴を上げた。
俺は反射的に急ブレーキをかけ、俺はよろめき慌てて吊革を握った。
そうして、俺の目の前は真っ暗になった。

 

「先生、到着しました!」

俺が声をかけると、すでに準備を整えた俺は、踵を返して俺に駆け寄った。

「出血が酷い」

奇跡的に電車に跳ね返された俺は一命を取りとめた。しかし傷は深かった。
俺を運び込んだ救急隊員の俺は、思わず俺に掴みかかるように言った。

「助かりますよね」
「ああ、まず止血さえ出来れば何とか…」

俺は重傷の俺を前にして、正直、面食らい、動揺した。
俺に掴みかからんばかりの俺は、頽れて祈った。なんとかしてくれと祈った。
ああ、分かっている。なんとかしたい。しなければ死んでしまう。俺が。
俺は頰を強張らせ、上がる心拍数をなんとか抑えながら、傷を診た。

 

「相次ぐ病院の不祥事や深刻な医療ミスの増加を受け、政府は今年度より、
『医療に携わる全ての者は、心から親身に、治療に当たるべし』
として、医療法の一部を、改定しました。

これにより全ての医療機関には、
医師らの『親身度』を計測する『親身計』の設置が義務づけられ、
規定の『親身度』を満たさない医療行為は、違法行為と見なされます。」

 

それは適切な設置だった。
かつて事件を引き起こし、ニュースに名前の上がった奴ら。
医師の中ではほんのごく一部だが、その存在が、俺には信じられなかった。

俺は元々どんな患者にも親身に対応していた。この制度により更に親身度は増した。
それは医師として当たり前のことであり、俺はそうした事件に心を痛めた。
しかしこれでもう、そうした事件は起こらないだろう。俺はそう、確信していた。

ポーン。

「0.4sinmです」

俺は俺の背後から、俺の数値を計って、そう言った。
0.4sinm。
しかしそれは、規定の数値を、大きく下回っていた。

「………。」

俺は、頽れたままの俺に、ただ向き直った。
向き直っただけで、何も言えなかった。
頽れたままの俺は、不思議そうに俺を見上げた。

「……どうしました? 早く止血を…」

何故なのだ。俺なのに。

俺は無意識に目を瞑った。きっとまだ動転しているのだ。
動転が治れば俺は俺に対して、もっと親身になれるのだ。

ポーン。

「0.34sinmです」

俺は俺の背後から、俺の数値を再度計って、そう言った。
頽れた俺は立ち上がり、俺の胸ぐらを掴んだ。

「何をしてるんですか…!このままじゃ、死んじゃいますよ!俺が!」
「そうだ、俺じゃなくて、俺が止血を…」

俺は震える手で、俺のその手を取って、素早く俺の数値を計測した。
計測して、俺はゾッとした。

ブーン…。

「………。」

俺は思わず、俺の手を振り払った。

「…………え。いくつなんですか、俺の数値……」

俺は俺を、見つめた。
俺と俺は、見つめ合い、ただ立ち尽くした。

何故なのだ。俺なのに。

しばらくそうして見つめ合う俺と俺を見て、俺は悟った。
呆然とする俺と俺の前に、俺は静かに歩み出て、言った。

「まずは理解を深めましょう」

呆けた顔で俺を見る俺を無視し、俺は真っ直ぐに前を向いて、言葉を続けた。

「そうして少しずつでも愛情を育んで、やがて心から親身になりましょう」

そうか。
と、俺は思った。
俺は俺のことを、全くもって、知らないのだ。知ろうとしてこなかったのだ。
だからまずは俺のことをよく知り、俺を愛さなくてはならない。

「では、自己紹介から」

俺はパイプ椅子を取り、俺のベッドの横に座った。
俺と俺も、うなずいて俺に従い、俺の周りに腰を据えた。

「はじめまして…」

さてまず俺の何を、俺に話そうか。

俺は次の言葉が見つからなかった。
それに俺は本来、とても人見知りだ。
俺も俺も、そして何を隠そう実はこの俺も、かなりの人見知りなのだ。
いざこうして面と向き合うと、なんだかとても、恥ずかしい。

俺は俺に取り囲まれ、恥ずかしくて俯きたかった。
しかし俺の体は、もう動かなかった。
初めて感じる、とても照れ臭い空気。
俺は、そして俺も、そしてこの俺も、もじもじと、頰を赤らめた。

 

【著者プロフィール】
一十口裏
いとぐちうら○ 「げんこつ団」団長
げんこつ団においては、脚本、演出のみならず、映像、音響、チラシデザインも担当。
意外性に満ちた脚本と痛烈な風刺、容赦ない馬鹿馬鹿しさが特徴。
また活動開始当初より映像をふんだんに盛り込んだ作品を作っており、現在は映像作家としても活動中。

げんこつ団公式サイト
http://genkotu-dan.official.jp/

 

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